第59話 乱気流
フラッシークラウンの二人は出番が終わると、ライブの終了を待たずにタクシーで次の現場へと向かう。その車内で、大場が名残惜しそうな顔で荒木に話し掛ける。
「あーあ、結果だけでも聞いて次の現場行きたかったなー。」
「ちゃんと結果はすぐに連絡くるようにしてるから大丈夫や。」
「僕達ちゃんと1位取れるかな?」
「当たり前やろ。同期には…いや、他にも俺らの敵はおらん。このまま上まで登るだけや。」
「でも、ほら!あの女の子コンビのらんきりゅうやっけ?あの子らおもろいやん!」
「勝負する前に消える奴らに興味なんか無いわ。それに、俺らがあんな女に負けるわけないやろ。ええからお前はちょっとでも寝とけ。次の仕事の方が大事なんや。」
荒木の眼中に、もはやらんきりゅうですら入っておらず、ただただ荒木は笑いの天辺を虎視眈々と狙っているだけだった。
――一方フレッシュハウスでは、フラッシークラウンの漫才が終わると、荷物を持って席を立とうとするお客さんがチラホラ見えている。
そんな最悪の状態だが、出囃子が鳴る中、乱子と希子はその流れに逆らうように舞台に向けて歩いている。
そして、MCから紹介され、出囃子が流れても出てこないプリッツーに、観客も出演者も、果てには鉄平さえも不思議に思いだした時だった。
とうとう乱子と希子が舞台に辿り着く。そのまま二人は舞台に手を掛けよじ登ると、センターマイクの前に立ち、スイッチを入れて笑顔になるといつも通り漫才を始める。
口火を切ったのは乱子だった。
「どうもー!うちは乱子って言いますー!」
「私は希子ですー!二人合わせて〝らんきりゅう〟って言いますー!」
舞台袖からではなく、客席側から突然現れたコンビがプリッツーではない事に、観客は理解がついていかず、当たり前のようにどよめきが起きる。
それは鉄平も同様で、勝手に舞台に上がってきた乱子達に対し驚きを隠せていないようだ。
「あんのアホ二人は何をしとんねん!引きずり降ろ…いや…。」
そこで、鉄平はニヤリと笑い、ある考えが頭の中で生まれる。
(ある意味ナイスやな。あいつら二人が、もしかしたらこのライブの嫌な流れを断ち切ってくれるかもせーへん。信じてみるか…もう一組の天才コンビを…。)
すると、どうすれば良いか分からないスタッフが、今回のライブの責任者である鉄平に向けて、意見を求めるように視線を送ってくるが、鉄平はこのままらんきりゅうにネタを続けさせるために、全員にGOサインを出した。
そして、嵐の如く始まったらんきりゅうの漫才に、全員が釘付けになっていくのである。
「突然うちらが現れてみなさんビックリしてるやんねー。」
「そらそうやわ。全く知らんやつが乱入してきたんやもん。」
「プリケッツーの二人はちょっとお尻のコンディションが悪いみたいで出られへんようになったんですわ。」
「プリッツーな!そんな『お尻のプリッと具合が今日は納得でけへんから出ません!』みたいなコンビおれへんねん!」
はじめは何が起こっているのか理解できていなかった観客だが、らんきりゅうの漫才にクスクスと笑いが上がり始める。
「あれ?なんか希子の方から変な音が聞こえんねんけど…。」
「え?なになに!?何も鳴ってないって!」
「にょ〜ん…にょ~ん…って微かに聞こえる…。」
「私のお笑いメーター上昇してないわ!」
『アハハハハハハ!!』
乱子が、先程のフラッシークラウンのネタを被せると、客席は爆笑に包まれる。それは、フラッシークラウン本人達の時よりも大きな笑いであった。乱子がフラッシークラウンのネタを、イジるようにボケを被せたのが功を奏したのだ。
「お笑いメーターで思い出してんけどさ…」
「ん?何を?」
「最近〇〇キャンセル界隈ってのが流行ってるやん?」
「うん。そんなに下手くそなネタの切り替えしかでけへんねんやったら二度とアドリブせんといてな。」
『ワハハハハ!』
いつの間にか、帰ろうとしていたお客さんも席につき、らんきりゅうの漫才を見て大笑いしている。
まさに乱気流が暴れ狂うかの如く、フラッシークラウンが作り上げた空気を一気に入れ替える。
その様子を見ていた同期の人間達の身体に自然と鳥肌が立つ。あともう一人、鳥肌が止まらない人物が一人いた。鉄平である。
彼は、らんきりゅうが巻き起こしたこの奇跡のような劇場の状態を見て、心が熱くなってきている。
(やりおった…!乱子と希子が…!後でどつき回さなあかんけど!あの空気を変えてくれたわ…!
ざまぁみさらせ!フラッシークラウンを喰う奴らが出てくるって言うたやろ…!目ん玉ひん剥いてよう見とけよ!天才はまだおるっていう所を!)
そして、鉄平や同期が見守る中、らんきりゅうの漫才は、1分半という短い時間がどんどんと過ぎていき、とうとうラスト30秒を迎えるのである。




