第58話 女王の風格
出囃子が鳴る中、大場は愛想よく拍手をしながら舞台袖から出てきたが、荒木は普段と変わらない無愛想な顔でゆっくり歩いてセンターマイクへと向かう。
ここで、待ってましたと言わんばかりの拍手と歓声が二人を迎える。やはり、ほとんどのお客さんは、どこから聞いたのか分からないが、フラッシークラウンの噂を聞きつけてやって来ていたのだろう。
そしていつも通り、大場だけが丁寧に自己紹介と挨拶をして、フラッシークラウンの漫才が始まった。
「どうもー!フラッシークラウンですー!よろしくお願いしますー!」
「あれ?なんやもうお客さん入ってたんかいな。」
「そらそうやろ!急に何を言い出しとんねんな!」
「いやいや、さっきまでえらい静かやったからまだリハやってんのかなって思ってたわ。」
「静かちゃうかった!君は毎回毎回いらん事言うな!こっちは気まずいねん!」
「そうやったんやな。ではみなさんおはようございます。」
「おはようございます?」
「いや、本番始まってるのに静かやったからみなさん寝てはって今起きたんかなって。」
「ええ加減にせーよ!君は敵を作りに来たんか!?ほれ見ーや!色んな所から同期の殺意まみれの眼差しがすごいわ!」
スタートから、盛り上がりに欠けていたライブをイジる荒木に、本当に焦った大場が慌てて当たり障りなくツッコミを入れる。
本来なら客席からも反感を買うような行為だが、お客さんもライブのレベルの低さに薄々気付いていたため、荒木のそれに対するイジりに同調してしまい、『ワハハハ』と笑っている。
「ほら、お客さんも笑ってしまってるやん。もう安心して下さいね、僕らが来ましたから。」
「ハードルを自分でグイグイ上げていくな!」
「大丈夫や、俺はスベった時の保険に入ってるから。」
「そんなんあんの!?そんな素晴らしいものは相方の僕には教えといてくれる!?どんな感じの保険なん?」
「ほな俺が教えたるから、お前今からスベってみ。」
「何か…シミュレーションとはいえ嫌やな…。まぁええわ!爆笑を取ってもうてもええんやろ!?」
「ええよええよ。」
ここで自然と元のネタへと路線を戻し、漫コンへと入っていく。
「じゃあ何かボケてみて。」
「えっと〜…ほんなら…。」
大場は両手を挙げてクネクネと気持ち悪い動きをする。
「にょ~んにょ~んにょ~ん!大場のお笑いメーター上昇中〜!にょ~んにょ~んにょ~ん!」
シーーーーーーーン。
大場が見事に美しくスベった所で、助けを求めるように荒木に視線を移す。荒木は、そんな泣きそうな大場の肩をポンッと叩くと、戦場で仲間を失った兵士が悲しみを押し殺しているような表情になる。
「保険適用外です。」
「なんでやねん!そんなスベってた!?」
『ワハハハハハ!』
「死亡事故には対応してないんですよ…。」
「僕今ので死んでたんやね!確かに死ぬほどスベってたけど!もう二度と今のギャグやらんとくわ!」
『ワハハハハハ!』
ライブが始まってから一度も起こっていなかった大きな笑いが劇場を包む。分かりやすいボケとツッコミ、そこにフラッシークラウンの前評判が重なった結果だろう。
この状況を裏から見ていた篠田も満足そうに笑っている。
「ほんなら俺がお手本見せたるわ。」
「おぉ!見せてくれや!」
「にょ~んにょ~んにょ~ん!荒木のお笑いメーター上昇中〜!にょ~んにょ~んにょ~ん!」
「それ保険適用外!!俺が今さっき死んだやつ!自分で言うのもなんやけど死ぬほどおもんないからな!」
大場がツッコんで笑いが起きると、荒木は彼に対して軽くお辞儀をする。
「な…なんやねん!急に!」
「お前のツッコミが俺の保険やねん。ほんま助かったわ。」
「保険は僕かい!もうええわ!」
「「ありがとうございましたー!」」
フラッシークラウンは、難なくこの重たかった劇場でしっかり笑いを取って捌けていった。
その実力を見せつけられた他の同期達は、序盤でイジられた悔しさや怒りよりも、感嘆の感情が大きくなっている。それに伴い、『やはりフラッシークラウンには歯が立たない』という現実も突きつけられ、余計に心を折られる者も増えてしまった。これから出番の者達は、さらに沈んだ表情になってしまっている。
そんなフラッシークラウンの漫才と、劇場の様子を見ていた鉄平は、歯を食いしばり、拳を強く握りしめて静かに憤っている。
(クソが…!だから言ったやろ…!こんなもん、フラッシークラウンのためのライブやないか…!こんな事になるんやったら…乱子らを…!)
鉄平が、何とかライブを盛り返す算段を考えている時、一部始終を静観していた乱子と希子の元にプリッツーの二人が心配して駆け寄ってきた。そして、中島が乱子達に声を掛ける。
「お…おい…。大丈夫か?もしあれやったら俺らが出るけど!」
中島が全て無かった事にする提案をしたが、乱子は今の状況を全く意に介していない様子で答える。
「へ?何が?全然うちらが出るけど。」
「え…ええんか?劇場の空気は完全にフラッシークラウンが持っていったぞ!」
「何かそれが問題なんか?今から取り返せばええやろ?なぁ?希子?」
乱子の問いかけに、希子もこの空気に臆していない態度で答える。
「うん。やれる気しかせーへん。それに、私らがフラッシークラウンをギャフンって言わせるとこ見たいんやろ?」
「き…君ら…どんな心臓してんねん…。」
あのフラッシークラウンが作り上げた空気に、全く気圧されしていない二人を見て、中島と里中が驚いていると、舞台上ではそんな事を気にする事なくライブは進行していき、完熟Tバックからプリッツーの紹介が始まる。
「いやぁ!フラッシークラウンはさすがに盛り上げたなぁ!」
「さてさて!後続のみんなも頑張ってや!ほな次は!プリッツーのお二人です!」
完熟Tバックが捌けると出囃子が流れる。それを聞いた瞬間、乱子と希子は堂々とゆっくり立ち上がった。
「ほな行ってくるわ!」
乱子が、すぐそこのコンビニに行くかのような軽い挨拶を中島達にすると、客席の間の通路を通って希子と舞台へと向かっていく。
舞台上の輝く場所へと向かう〝らんきりゅう〟の後ろ姿は、中島と里中が一生忘れられなくなる程に格好良く、最高に勇ましい光景であった。




