第57話 大人の事情
2025年、KCS35期生のプリッツーが、とある漫才の新人賞を受賞した時に、雑誌の取材を受けた事がある。その時の記者がプリッツーの二人にある質問をした。
『KCS35期生といえば、〝豊作の35期〟と呼ばれる程、売れっ子芸人が輩出されました。その理由に、同じく35期生のフラッシークラウンに負けまいと全員が奮起したからだと聞いた事がありますが、プリッツーのお二人もそうなのでしょうか?』
記者のその質問に、プリッツーの中島が『またか』といった感じで呆れ笑いをしながら答える。今まで何度も同じ質問を飽きる程されてきたからだろう。
「あはは〜…、またその質問ですか。よくされるんですよねー。」
『やはり噂は本当だと?』
「まぁあながち間違っては無いんですけど、ちょっと大事な所が抜けてるんですよね。」
『大事な所とは?』
「フラッシークラウンはね、確かに入学当初からめちゃめちゃおもろかったんですよ。こんな奴らにどうやって勝つねん!みたいなね。」
「ほんまほんま、葬式みたいな空気やったな!」
中島が話していると、里中もその事について話したそうに会話に入ってきた。
「僕も里中もフラッシークラウンの天才具合に嫌気が差してたんですけど…。」
「あるコンビが現れて、そんな空気を一気に変えてしまったんですわ。しかもそれは俺と中島も大きく関わっててね。」
『あるコンビですか?』
記者の質問に、意気揚々と中島が答える。
「そうなんです。そのコンビが起こした『ある出来事』がきっかけで、35期のみんなは立ち上がる事が出来たんですわ。『フラッシークラウンに負けてられるか!』ってね。
だから、ほんまはそのコンビが現れへんかったら、他の35期生はフラッシークラウンに心を折られたまま、早々に辞めていって、〝豊作の35期〟なんて呼ばれる事は無かったんですよ。」
お笑いに詳しい記者でさえ、聞いた事の無い真実であった。そして、記者はその『ある出来事』と、それを起こしたコンビが誰なのか、プリッツーに質問をした。
『その出来事と、起こしたコンビとは一体?』
その質問に、懐かしむように遠い目をして、中島が軽く微笑みながら答えた。
「ほんま暴風みたいな出来事でしたよ。僕ら同期の中ではね、『乱が起こって希望が生まれた』ってよく言われてるんですけどね。
ほんで…そのコンビの名前は…。」
――らんきりゅうの前のコンビのネタが終わり、とうとう乱子達が乱入する時がやって来た。
だが、舞台上の完熟Tバックから、思いもよらない事態が発表される。
「えーっと、ここでですね、少し順番の変更があります。ほんまでしたら次はプリッツーの予定やったんですが、フラッシークラウンに変更となります!ちょっと時間が押してましてね、別件の仕事のあるフラッシークラウンが今から登場となります!その後は予定通りの進行となりますのでご安心を!」
「ほー!もう別件の仕事ですか!さすが期待の新星ですな!彼らが目的って人も多いでしょうし、盛大な拍手でお迎えください!」
突然の出演順の変更に、劇場内にいた他のKCS生は大いにざわついた。同期で既に別件の仕事を持っていて、特別待遇のような順番の変更―フラッシークラウンがカンサイからとてつもない期待をされているという事を、同期は改めて分からされてしまった。
だが、フラッシークラウンの出番の前倒しには、もう一つ大きな力が働いていた。その一部始終は、ほんの数分前に審査員席で起きていた。
――少し前、審査員席で鉄平が座っていると、グレーのスーツを着た50代の男が声を掛けてきた。その男はフレッシュハウスの支配人を任されている〝篠田〟という男だった。
「おい鉄平。全然盛り上がってへんやないか。」
「篠田さん…。お疲れ様です。僕はまだまだこれからや思いますけどね。」
そして篠田が、細い眼鏡の奥から鋭い目つきをさせながら、鉄平に指示を出してきた。
「出番を変えよか。次はフラッシークラウンを出せ。」
「え?いや…フラッシークラウンは今回のトリなんですけど…。」
「ええんや。あいつらはこの後に、このライブよりも大事な仕事が入ってるんや。上から早めにそこに向かわせろって言われてるから出番を早めさせろ。それにな、丁度ええがな。あいつらが出てきたら劇場も盛り上がるやろ。」
「しかし、出演順はKCSでの成績も含め、ライブが盛り上がるように組まれたものなんですわ。フラッシークラウンだけ特別っちゅーわけにはいきません。」
篠田の無茶な要望を、鉄平は真正面から拒否する。だが、篠田は一層語気を強めて鉄平に命令を下す。
「俺がやれって言うとるんや。早くやらんかい。むしろこんだけ盛り下がるようなライブになってんのはお前ら講師陣の責任ちゃうんかい。」
元は関西芸能の重役であった篠田に、鉄平と並んで座っていた他の講師達は俯いてしまって何も言い返せない。鉄平も、篠田の指示が抗いようの無い強制的な命令だと思い諦めた。
「分かりました。スタッフにその事を伝えます。」
「それでええんや。どうせこのライブはフラッシークラウンを世に知らしめるためのライブになるやろ。これだけ金になりそうな奴らは久々やからな。本社も浮き足立っとるわ。」
「そうですか。僕はそうは思いませんけどね。」
「あん?何か言うたか?」
「いえ何も…。フラッシークラウンを喰ってまう奴が出てくるかもしれませんって言うただけです。」
「はっはっはっ!そんな奴出てくるわけないやろが!寝言は寝て言え!」
篠田は、鉄平の言う事を全く聞こうともせず、劇場の裏へと去っていった。
それを見送った鉄平は、目の前の採点表が置かれたテーブルに、拳を強く打ちつける。
「くそっ!好き勝手ばっか言いおって!カンサイの中身は腐る一方やの!フラッシークラウンを先にやらせたら、後続の奴らがやりにくくなってまうやろ!お客さんもようけ帰ってまうわ!ボケが!」
鉄平は、そんなカンサイへの不信感をあらわにするも、どうする事もできず、ライブは篠田の筋書き通りになっていく。
――そして、そんな事が裏で行われた後、舞台上には完熟Tバックが紹介したように、盛大な拍手の中、フラッシークラウンが舞台に現れるのであった。




