第49話 怪物級
希子からすれば、大事なネタ見せという場なのに、見切り発車の漫才が始まってしまう。
「ほんま酔っ払いって鬱陶しいよなー。」
「そら酔っ払いは鬱陶しいもんやろ。」
「昨日もうちらが公園でネタ合わせしてたら酔っ払いのおっさんが絡んできたやんか?」
乱子の返しのセリフの意図に、希子はいち早く気付く。
(あ、昨日の流れをそのまま漫才にするって事か。)
乱子の意図に気付いた希子は、とりあえず昨日の酔っ払いに絡まれた時の会話を必死で思い出しながら漫才を続ける。
「そうやったな。確かにネタ合わせの邪魔されて鬱陶しかったわ。」
「あ、ごめん…。昨日の事…希子は思い出したくないよね?」
「ん?別にそこまで嫌な思い出ではないけど。」
「だって、酔っ払いのおっさんに貧乳認定されてたもんな…。」
「それはあんたや!どっからどう見ても私の方がデカいやろ!あんたより3倍はあるわ!」
「3倍!?悟空でも『カラダ!もってくれよ!』って言わなあかんレベルやで!?」
「ベジータとの初戦の時の界王拳の話してないねん!そんなギリギリの状態でこの乳を保ってないわ!」
たまたま希子が言った『3倍』という数字に、すかさずボケを入れてくる乱子のアドリブ力に、希子は少し驚く。
「まぁまぁ、デカ乳女の話は置いといて。」
「あんたが始めたんや。」
「でさ、その後あのキッショい振りしてきたやんか?」
「「何かおもろい事せーや。」」
ここで、息ぴったりのタイミングで二人は同じセリフを言う。希子も負けじと乱子のセリフを先読みし、乱子が求めている漫才の筋書きに必死で食らいついたのだ。これには、乱子も思わず『やるやんけ』と満足気に笑ってしまう。
「この振りだけは勘弁してほしかったわ!」
「ほんまにそれな!」
「お前のためになんでうちらがおもろい事せなあかんねんって話や!」
「そうそう!」
「どつくぞ!って話や!」
「せやな!」
「ぶっ殺したろか!チンカス!って話や!」
「え…あ…うん、せやな。」
「こう…!ほんま…!頭に巻いてるネクタイを首に巻いてやな!うちが締めてる間に…!希子がおっさんの股間をやな…!握ってからグッチャグチャにやな…!」
「キレ過ぎやしやり過ぎや!しかも何で私が下半身担当やねん!おっさんの股間なんか触りたくもないわ!」
「あれ?希子の夢はおっさんの股間に付随するものじゃなかったっけ?」
「おっさんの股間関係の夢持ってる乙女はこの世におらんわ!」
この時、重苦しかった教室の空気が少し緩んだ。乱子と希子の漫才が、教室内の人間に影響を及ぼし始めたのだ。
その最たる理由は漫才だけではなく、二人の人を惹きつける輝きによるものが大きかった。
「でもな、あの『おもろい事せー!』ってので簡単に笑いが取れるぐらいじゃないと芸人としてあかんと思うねん。」
「そらそうやわ。」
「なぁなぁ希子、おもろい事せーや。」
「あんたクズか!?よく今の流れでしれっと振ってきよったな!」
「だってさ!だってさ!希子にはあれがあるやんか!『お尻大魔神』って一発ギャグが!」
「だってさ!やあらへんわ!なんやねんそのギャグ!しかも大魔神ってえらい位の高い奴指名してきたな!」
「ほなお尻二等兵でいく?大丈夫や!スベってもうちがお尻衛生兵するから!」
「なんやねん!その痔専門の衛生兵!私は下っ端過ぎるしな!」
乱子は、昨日の出来事をそのままではなく、アレンジを加えながら漫才に昇華していく。希子も、それに合わせて絶妙なツッコミを瞬時に入れる。
二人は漫才をしながら思った。『自分達二人なら天辺を目指せる!』と。
その証拠に、笑い声は上がらないものの、乱子達の漫才を見ているほとんどの人間が笑いを堪えている状態になっている。
「あーあ、やっぱりうちはおもろいボケばっか思い付いてまうわ!ほんま才能に満ち溢れてるっていうのも悩みの種やな!」
「あんたも自分に酔うてる鬱陶しい酔っ払いやがな!もうええわ!」
「「ありがとうござーしたー!」」
ここで、何とかオチを付けて終わらせた乱子達に、教室から拍手などはない。当たり前である。どれだけ相手が面白いとはいえ、同じ芸人で上を目指すライバルだからだ。
そして、漫才を終えた乱子と希子は、ドヤ顔で鉄平の方に体を向ける。それはこの漫才の評価を貰うためだ。二人はなんだかんだでこの漫才に自信を持っており、鉄平からのお褒めの言葉は今か今かと心待ちにしているようだ
しかし、鉄平の口から出た言葉は、二人が思っていたのとは正反対のものだった。
「お前らは0点や!」
少し怒り気味に聞こえた鉄平の評価は、乱子と希子にとっては納得のいかないものであった。
だが、鉄平からその『0点』の理由と共に語られるこの漫才の真実に、この教室内にいるほとんどの人間が衝撃を与えられるのだ。『怪物が現れた』と…。




