第48話 ネタ合わせはほどほどに。
鉄平から指示を受けたネタ見せの授業当日、朝の8時を少し過ぎた頃、KCSの入口で希子が乱子を待っている。
すると、珍しく乱子が大きな遅刻もせずに、ほぼ時間通りにやって来た。
「へぇ〜。ちゃんと来る事あるんや。」
「余裕…余裕…。」
「乱子…寝てへんやろ?」
「ちょっとは寝たで。でも遅刻しておじゃんになったらたまらんからな、深くは寝られへんかったわ。朝4時ぐらいから10分間隔でずっと目覚まし鳴ってたからな。」
「なんという頭の悪いやり方や…。」
「うるさいわ!ほら!行くで!」
そして、二人は階段で地下に降り、授業の行われる教室へと入る。
横開きのドアを開けると、中に居た人達が乱子と希子に注目する。二人が一緒にやって来た姿を見て、少し教室内がザワついたようだった。
「なんやねんこいつら。うちらみたいな爆乳コンビが誕生して興奮しとるんか。」
「乱子はちっぱいやろが。あんたまだ昨日の酔っ払いの発言引きずってんの?」
「まぁ乳も芸人としても、成長はまだまだこれからやな!」
「乳は諦めなさい。その年でそれならもう頭打ちや。」
そうやって、二人は教室内からの視線を気にする事なく、教室の一番前に設置されているホワイトボードの前まで向かった。
これは、授業でネタ見せをしたい者達が、コンビ名や個人名を書き込むのだが、臨時でコンビを組んだ乱子と希子は何と書けば良いか迷っている。
「なぁ希子、コンビ名何にする?」
「別に、自分達の名前だけでええんちゃうの?」
「そんなん味気ないやんか!やっぱ名前から相手を威圧していかんと!〝笑福亭 乱子希子〟とかにする?」
「なんで見栄張ってそんなデカい屋号にすんのよ!虎の威を借り過ぎやろ!普通に〝希子 乱子〟で良いって!」
「何で自分の名前を前にしようとするん?」
「それは乱子もやろ!」
「ここはやっぱ譲られへんな、この名前の順番は重要や。」
乱子が小さい事でグチグチ言い出していると、ホワイトボードに名前を書きたい人間がどんどん後ろに並び出した。それで恥ずかしくなった希子が、乱子からマジックを奪って雑に自分達の名前を書いた。
「ちょっ!字汚っ!」
「うっさい!ほんま恥ずかしいわ!」
希子は、『らんこ きこ』と書いたようであったが、グチャグチャ過ぎて〝こ〟の文字が読みにくくなっている。
そして、エントリーが済んだ二人は教室の一番後ろへとやって来た。
「じゃあさっそくネタ合わせしよか。授業まであと30分弱しかないし。」
「希子。うちはちゃんとあんたが書いてきたネタを覚えてきた。だからネタ合わせは必要無い。」
「はぁ!?ぶっつけ本番でやるって事!?そんなん無理やろ!」
「あんまりネタ合わせってやり過ぎてもあかん気がすんねん。ネタ合わせをしてる内に、自分達がネタに飽きてきて、ほんまにこのネタがおもろいんか分からんくなる事あるやろ?特にネタを書いてる希子は尚更やと思うわ。」
「言いたい事は分かるけど!一回もネタ合わせやらんのは聞いた事ないわ!」
「大丈夫。うちを信じてや。笑いにだけは妥協したくないねん。」
真っ直ぐ綺麗な目で、乱子は希子を見る。その目を見た希子は思わず目を逸らし、渋々乱子の意見を聞いてしまう。
「…分かった…。」
「お!分かってくれて良かった!」
「その代わり!失敗したらどつくで!」
「なはは!任せなさいて!」
そして、時間はあっという間に過ぎ、授業開始の時間に鉄平が入ってくると、全員で『おはようございます!!』と挨拶をする。その後は、号令も何も無いまま淡々とネタ見せが始まっていく。
鉄平の隣には、あのいけ好かない男がおり、その男がホワイトボードに書かれた名前を読み上げている。
名前を呼ばれた者は、返事をして前に出るとネタを始める。しかし、劇場などとは違い、非常に重たい空気が教室には流れている。
それは当然、全員がライバル同士なのだから当たり前なのだが、そこそこ面白いネタをしても、誰もクスリとも笑わない。その空気に耐えられなかった者が、ネタを途中で止めてしまう事もチラホラある。
そんな中で、ネタ見せはどんどん進んでいき、とうとう乱子と希子の順番がやって来る。
ホワイトボードに書かれた名前を、手元の男が読もうとするが、字が汚過ぎて読みあぐねている。
「えっとー!これ何て読むねん…。らん…き…。は?マジで分からんねんけど!この最後は…りゅうって書いてあるんか?もうええわ!〝らんきりゅう〟!」
男が読んだ〝りゅう〟の部分は、隣に書いてあったコンビの頭文字だったのだが、繋げて読んでしまい、乱子と希子の名前は〝らんきりゅう〟となってしまった。
「あれ私達の事ちゃうかな?」
「は!?なんか勝手にコンビ名決められてるやん!まぁ臨時やから何でもええけど。」
ブツブツ言いながらも、二人は一番前へ行くと、講師席に座る鉄平に一礼する。そして、センターマイクを模した棒の前に行き、客側から見て乱子が左、希子が右に立って漫才の形を取る。
(さぁ…乱子のセリフからやで…。『なんたら界隈って言葉が流行ってるやんか?』からスタートや…!)
希子が相手のセリフを待っていると、息を整えた乱子が驚きのひと言目を発する。
「ほんま酔っ払いってマジで鬱陶しいよなー。」
台本と全く違うセリフで始める乱子に、希子は衝撃を受け過ぎてブッサイクな表情になってしまう。
(こ…!こいつ…!さてはネタ覚えてきてないな…!さっきのキラキラした真っ直ぐな目は、これを隠すためやったんや…!シレッとした顔で始めやがって!こんのボケ〜…!!)
乱子の暴走から始まったこのネタ見せは、果たしてどうなってしまうのか。希子は、覚悟を決めて『そら酔っ払いは鬱陶しいもんやろ。』と乱子へ返した。




