第46話 気の合う二人
翌日、乱子は希子との待ち合わせのため、18時にKCSの入口前にやって来た。本当は14時からダンスと発声の授業があったのだが、乱子はごく当たり前のようにそれらをサボったのだ。
KCSは、総合レジャービルの地下にあり、授業を終えたKCS生がどんどん階段を登ってくる。そのKCS生達のほとんどが、乱子を見ると軽蔑の眼差しを向け、コソコソと陰口を言い合う。
『お…おい…見ろや。〝暴虐の女王〟がおるぞ。』
『やめとけって…!もう10人以上病院送りにしてるみたいやぞ…!』
『特に男に対しては執拗に金玉狙ってくるみたいやから気を付けな…!』
『待て待て…。ほんまは男って話もあるみたいやぞ…。男の娘っていうなら…俺はありかな…。』
『アホな事言うな…!とりあえず関わらんとこうぜ…。触らぬ乱子に祟りなしや…。』
入学してたった一ヶ月で、悪い意味とはいえ〝女王〟の称号を手に入れているとは乱子自身は全く知らなかった。むしろ、自分の方をチラチラ見ながら噂話を囁かれている状況を見て、それを良い方に勘違いした乱子は上機嫌になっている。
〝暴虐の女王(男の娘)で金玉ハンター〟などと言われているとは知らずに…。
「くくくく…。なんや、みんなうちの顔見て恐れおののいとるな!とうとううちの隠しきれてない天才的なオーラが認知されてきたんちゃうか!」
「ちゃうに決まってるでしょ。金玉ハンター。」
「のわー!なんや!急に話し掛けてくんなや!ほんで最後の意味分からん職業なんやねん!」
乱子がヘラヘラと勘違いしている所に、希子が後ろから呆れた感じでツッコミを入れたのだ。
「あなたね…嫌でもちゃんと授業出な知りませんよ…。」
「うっさいな!余計なお世話や!」
「はいはいそうですか。じゃあネタ合わせに行きましょか。ついてきて下さい。」
子供みたいな対応をしてくる乱子の相手をせず、希子はスタスタと無表情で歩き出す。
不満ながらも、下位クラスだけは避けたい乱子は、希子の後を素直についていった。
しばらく歩くと、繁華街のど真ん中に普通の公園が現れた。ここは、後に乱子と華が訪れたあの公園と同じである。
「へ〜。こんなとこに公園あるとか知らんかったわ。」
「意外と穴場なんですよ。まぁ、たまに他の芸人さんがネタ合わせしたりしてますけどね。」
「なあなあ。敬語止めてくれへん?なんかしっくりこーへんわ。」
「ごめんなさいね。育ちが良いもんで、ついつい敬語になってしまうんです。」
「絶対無理。こんな距離感あったらおもろい漫才もおもろくなくなるわ。じゃあ、〝敬語使ったらお尻大魔神のモノマネするゲーム〟しようぜ。」
「なんなんですか…その地獄みたいなゲーム…。それにあなたは絶対負けないやないですか。」
「はい!お前負けー!!お尻大魔神入ります!」
「きっつ!!初見殺し止めてよ!まだスタートしてないでしょうが!」
「しゃーないな。ほな今からスタートな!」
希子からすれば、全くメリットの無いゲームを無理矢理始められた状態でネタ合わせが開始する。
「それじゃあ、はいこれ。ネタ書いてきたから目を通してや。」
「お前なんでうちにタメ口やねん。」
「あんたの記憶力ダチョウレベルなん!?お尻大魔神ゲームがスタートしたんちゃうん!?」
「え…。なんなんそのキショいゲーム…。よくそんなん思い付くな…。」
「ほんまこいつ…どついたろかしら…。」
そこで、乱子と希子は目を合わせる。すると、一瞬間が空いてから、お互い笑いを堪えきれず吹き出してしまう。
「ガハハハ!アドリブやったのにツッコミやるやんけ!」
「アハハハ!中々良いボケするんやね!ちょっと楽しかったわ!」
乱子も希子も、こんなに素直に大笑いしたのはKCSに入って初めてであった。入学してからずっと肩肘張ってきた二人は、たったこれだけの会話でその緊張感がほぐれて解放されたのだ。
「あー…久々によう笑ったわ。改めてよろしくな、乱子。」
「こちらこそよろしくやで、ピーコ。」
「誰がおすぎのお兄ちゃんやねん!希子や!〝おすぎとピーコ〟なんて最近の若い子が知らんボケやめてくれる!?」
「うぇ〜い!!」
「ちょっと!テンション上がってきたか知らんけど!陽キャっぽく肘でツンツンしてくんの止めて!っていうか!さすがにそろそろネタ覚えてや!」
そこで希子は、ネタを書いたノートをバンッと乱子の胸に押し付ける。
「明日のネタ見せはさすがにこんな適当なアドリブじゃあかんからね。」
「へいへい…。分かりましたよ…。」
乱子は、渋々ノートを開いてネタを熟読し始める。その目は真剣そのもので、おそらくさっきの会話の流れで、希子の事をちゃんと認めたからだろう。
希子から見ても、その真剣にネタを覚えようとする彼女の姿には目を見張るものがあった。
臨時とはいえ、コンビとして一歩を踏み出した二人に、フラフラと揺れる怪しい影が忍び寄ってくるのであった。




