第44話 乱子の心の傷
ここは鉄平のライブハウス。そこに、ココがタバコを吸いながら入っていく。オープン前に音響の調節をしていた鉄平が、入ってきたココに気付くと、面倒臭そうに対応をする。
「なんやココか。まだオープン前やぞ。それにタバコを吸いながら入ってくんな。相変わらずマナーも悪いし、愛想も悪い顔してんのー。」
「放っておいて下さい。愛想悪い顔は生まれつきなんで。」
ココは、入口近くのテーブルの上に置かれた灰皿でタバコを消した。そして、作業をしている鉄平の近くの椅子に腰を下ろす。
「今日、乱子が華ちんを連れて希子の所に行ってるみたいっすよ。」
「そうか。あいつもやっと覚悟を決めたんか。」
「乱子はちゃんと全部話す事出来るんっすかね?」
「出来るかどうかやない。話さなあかんねや。じゃないとこの先コンビとしてやっていかれへんし、乱子も変わる事でけへんやろ。」
そこで、鉄平が音響チェックのために、80年代の洋楽ロックを流す。それを聴いたココは、心地良さそうに目を瞑りながら軽く頭を揺らす。
「女性のロックも良いっすね。」
「せやろ?80年代アメリカで、史上初めて女性のロックシンガーとして天下を取った〝ニーナ・リンカーン〟やからな。」
「へ〜。乱子達も女芸人として天下取れるっすかね?そのために鉄平さんはあの子らを引き取ったんっすよね。」
「そんなためにあいつらの面倒見てるんちゃう。こんな風が吹けば飛ぶような事務所からそんな大層な芸人が出るわけないやろ。」
「え?そうなんっすか。」
「まぁ、あいつらが売れるために手を尽くす。ちゃんと計画も頭にあんねん。」
「ほんま、相変わらず面倒見良いっすね。あ、ビール貰いますね。」
ココはそう言うと立ち上がり、勝手にバーカウンターの中に入るとジョッキにビールを注ぐ。
「おい!お前はほんまに…。ココこそ相変わらず下ネタを肴にビール飲んどんねんの…。」
「当たり前っすよ。私の師匠はボブさんっすから。」
「師が師なら弟子も弟子やの…。あいつは乱子達のコンビ名決める時に『ポコチン乙女』とか言うとったからの。」
「アハハハ!さすがボブさんや、天下取れそうなコンビ名やないっすか!」
「アホか。華ちゃんは愕然とした顔をしとったわ。」
「華ちんが?それは猫被ってるんで、あの子らが帰ってきたら乱子に動画見せて貰ったら良いっすよ。」
「動画?何かよく分からんけど…何事もなく帰ってきてくれたらええな…。あいつらやったら、ほんまに天辺目指せると思うんや…。」
「大丈夫っしょ。華ちんなら…。」
乱子の過去の事を詳しく知っている2人は、この遠い場所から、2人がコンビとして帰ってくる事を祈るしか出来なかった。
――そして、場所は山中の墓地へと戻る。華は、目の前の光景に、驚きでしどろもどろになるだけだった。
「は?え?ちょっと…乱子…ここって…。あ!希子さんはお寺の娘さんとかなん!?」
「あいつが寺の娘なわけないやん。とりあえずうちについておいでや。」
理解が追いついていない華の方を振り返りもせず、乱子は墓地の中を進んでいく。
先程まではあれだけ晴れていた空が、暗く重い雲に覆われていく。
本当は、華も少し考えればこの場所に来た意味は理解出来るはずなのだが、本能がそうしようとしない。電車の中で妄想していた明るい未来が、音を立てて全て崩れてしまうと思えたからだ。
そして、乱子はほんの少し中を進むと、ある墓石の前で足を止める。その墓石の横には青々とした葉をつけた木が立っている。
「久しぶりやな。希子。しばらく時間空いてもうてごめんやで。ほら、希子の好きなケーキ買ってきたったで。」
墓石に向けて〝希子〟と語りかける乱子を見て、全てを察した華の胸が激しく鼓動を刻みだす。
乱子は、ケーキの入った袋をそのまま墓石の前に置いた。そして、鞄から線香を取り出すと、それに静かに火をつける。
すると、乱子は華にも線香を渡す。受け取った華は何も言わず、同じ様に線香に火をつけて墓石の香炉にさした。
そして、2人はお墓に手を合わせる。乱子は長い間手を合わせているが、華は理由や状況が分かっていないので、ほんの少し手を合わせただけで終わらせた。
ふと華が隣を見ると、まだ目を瞑って手を合わせている乱子がいる。彼女は何を心の中で語っているのだろうか、その心の内をこれから全て話してくれるのだろうか―そんな事を華が考えていると、乱子は目を開けて大きく息を吐いた。
「ごめんな、華…。希子がもうこの世におらんって言えてなくて…。ビックリしたやろ…。」
「うん…ビックリした…。でも、言われへんかった理由も何となく分かる…。病気で亡くなりはったん?」
華のその質問に、乱子は空を見上げながら答える。
「今から…全部話すわな。この場所じゃないとあかんかった理由はな、希子の前じゃ…うちがいつもみたいに嘘ついたり…誤魔化したりでけへんって思ったからやねん。だから…ちょっと長くなってまうけど…。」
「長くなっても全然良いから!本当の事を全部話して欲しい!」
華が必死でそう言うと、乱子は華の顔を見て微笑んだ。
そして、乱子は重たそうに口を開く。過去に一体何があったのか、希子の死は何故訪れてしまったのか…。
乱子の心に深く刻まれてしまった傷の原因が、今彼女の口からぽつりぽつりと語られる。




