第43話 希子のいる場所へ
時刻は午前8時、南海難波駅の前で華は乱子を待っている。前回の下ネタBARでの一件の後、乱子から詳しい連絡があり、現在に至るのである。
土曜日ということもあり、往来する人の数も凄まじく、人混みが苦手な華は、今か今かと落ち着かない様子である。
「ほんまに!乱子がまともに待ち合わせに来た事一回もないやんか!」
そうやって華が悪態をついていると、眠そうに欠伸をしながら『うぇ〜〜い』と手を振る乱子がやって来た。
「うぇ〜〜いじゃないわ!乱子って時間守られへんの!?」
「あー、ごめんごめん。ちょっとこれを買わなあかんかったから。」
乱子は手に持っていた某有名ケーキ屋さんの袋を華に見せる。
「え?ケーキ?何でなん?」
「ん?これな、希子が好きなケーキやねん。」
「へ〜、希子さんが好きなやつなんや。」
あまりにも自然に乱子の口から出た『希子』という名前に、華は頭が追いつかず反応が出来なかった。
しかし、『希子のためにケーキを買ってきた』という乱子の行動から導き出される答えが何なのか、徐々に頭の中で整理され、一つの結論が華の中で出る。
「えっ!?希子さんへのケーキって事は、今から希子さんに会いに行くの!?」
「そうやで。やっぱ希子も交えて話さんとあかんと思ってな。言ってなかったっけ?」
「聞いてないわ!もう!それやったらもっとちゃんとした服着てくれば良かったわ…。」
「なはは!希子はそんな細かい事気にせーへんから大丈夫やて!ほな行くか!」
突然希子と会う事が決まった華は、今まで味わった事のない緊張感で胃がキリキリとしだす。
2人は、南海電鉄の電車に乗り、難波を出て南へとひたすら電車に揺られながら目的地を目指す。
乱子との会話がほとんど無い中で華は、希子が一体どんな人なのだろうか、どんな人生を乱子と歩んだのだろうか、そして―何故芸人を辞めたのか、そういった事をグルグルと頭の中で考えている。
色んな事を考えていると、窓の外にはいつの間にか海が広がっていた。まだ梅雨前で、海に入れる季節ではないが、いつか乱子や鉄平など、最近出会った大切な人達と海に行けたら良いなと、華は真っ青な海に思いを馳せる。出来ることなら、今日会う事になる希子も交えて…。
そして、海が見えてしばらくした後、乱子はゆっくりとした動きで席を立つ。
「華、次の駅で降りよか。」
「あ!もう次の駅なんや!何か色々考えてたらあっという間やったわ。」
華が乱子に続いて立ち上がると、電車はゆっくりと停車する。電車から降りて駅に立つと、ほんの僅かに海の香りがした。
改札を出て辺りを見渡すが、民家などが立ち並んでいるだけで、目立った建物があるわけでもない小さな駅だった。最近はずっと難波に居た華からすれば余計にそう思うのだが、この小さな駅と静かな町の空気が、都会に疲れた自分を癒してくれているように感じる。
「ちょっと歩くと遠いからタクシー呼んで行こか。」
乱子はそう言うとスマホを取り出して、アプリでタクシーを呼び出す。
大阪市内ならすぐ来るはずのタクシーも、この場所では来るまでに20分程かかった。
そして、やって来たタクシーに乱子と華が乗り込むと、乱子はスマホの画面を運転手に見せる。
「あの、すんませんけどここまでお願いします。」
運転手は、掛けていたメガネをズラして画面を確認すると、すぐに車を発進してくれた。
「若い子2人でこんな山の中に行くなんて珍しいな〜。何か用事あんのかいな?」
「まぁまぁちょっとね…。」
いつもならうるさいぐらいに人と絡む乱子が、運転手からの問いを避けるように受け流す。
そんな乱子の態度を華は不思議に思っていたが、今は刻一刻と迫る希子との初対面に対する緊張でそれどころではなかった。
そして、2人を乗せたタクシーは山道に入り、順調に狭い道を走り抜けていく。華が緊張を紛らわせるために窓を少し開けると、そこから心地良い山の風が吹き込んできた。
すると、乱子が運転手に向けて『ここで止まって下さい』と言った。華が車内から見える範囲で見渡すが、民家どころか建物すら無い場所だった。
運転手も『本当にここで良いのか?』と確認をするが、乱子は『はい。』とだけ答えてタクシーから降りる。続いて華も降りると、タクシーは少し先の広いスペースでUターンをして、乱子達の前を通り山を下っていった。
「この辺に希子さんが住んでんの?凄い所に住んではるんやな。」
「まぁそうやな。ほら、あそこに細い階段あるやろ。あれで少し登った所がゴールや。」
乱子の指差す方を見ると、山の斜面に古びて苔の生えた細い階段があった。
そこを、乱子を先頭に2人は登り始めた。昼間なのに薄暗い階段を、背の高い木々の間から差す木漏れ日が、点々と進む道を照らしてくれている。
そして、階段を登り切った乱子が急に立ち止まると、下を向いてついて行っていた華はぶつかりそうになる。
「ビックリしたー!急に立ち止まらんといてよ!」
華がそう言いながら乱子を避けて前を見ると、そこには華が全くもって想像していなかった景色が広がっていた。
目の前に広がるのは、山の中にある住宅街でもなく、ましてやオシャレな別荘でもなく、ただただ整然と墓石の並ぶ墓地だったのだ。




