第42話 下ネタの有用性
乱子は、華から目を逸らすと、頭の後ろを搔きながら、直ぐに話し始めるでもなく下唇を噛んでいる。
「あのさ、華。ビール1杯奢ってや。」
「え、良いよ。飲んで飲んで。良ければココさんもどうぞ!」
「おー、サンキュー。」
普段は注文を受ければ、ココではなく乱子がドリンクを入れるのだが、今は気を遣ったココが何も言わずにビールをグラスに注いでいる。
そして、ビールを入れ終わると、ココの音頭で3人は乾杯をする。
「生中あざっす。乾杯。」
「生中キュンキュン!乾杯!」
「いやいや!乾杯やあらへん!生中でしょ!変な読み方せんといて下さい!」
「下ネタBARやから。」
「華も意味分かってるやん。好きもんやな。」
「乱子黙って!あたしそんなんちゃうから!」
「あ、そういえば華ちんにお通し出すの忘れてたな。」
「その華ちんって呼び方…男性の…あの部分の…〇〇チンってのとイントネーションが一緒やから嫌なんですけど…。」
華の訴えを無視して、ココが冷蔵庫から小鉢を取り出して華の前に置く。
「どうぞ。〝イカ臭えイカの塩辛〟です。」
「わざわざイカに〝イカ臭え〟って付ける必要あります!?しかも〝チン〟の話した後に!」
「華さ、もう別に普通におちんちんって言うたらええやんか。変に誤魔化しながら喋ってる方がムッツリみたいでキショいで。」
「絶対嫌!!」
「あは!やっぱおもろいな、華ちん。イジりがいがあるわ。チンなだけに。」
「上手い事言わんといて下さい!」
乱子とココによる下ネタ爆撃に耐えるために、華はゴールデンハイボールを一気に飲み干した。
「プハーーッ!」
「華ちん、良い飲みっぷりやん。おかわりはどうする?次も金玉系でいく?それとも他のがええ?」
「卑猥なもので系統分けせんといて下さい!おかわりで良いです!」
「金玉がお気に入りのようで。よっしゃ、4つ入れたろ。」
「増やさんといて下さいよ!なんであたしが2人分相手にせなあかんのですか!」
「ガハハハ!どうや!?ココさんはめっちゃおもろいやろ!」
「ココさんはずっと無表情で淡々と下ネタ言うてくるから怖いの!」
そして、ココはゴールデンハイボールに5つの金の玉を入れて華の前に出した。
「いや…玉が増えてるし…氷より数多くなってるし…。」
「どう?下ネタって凄いやろ?」
ココは、華と出会ってから初めて口角を上げながら聞いてきた。
「どう?って聞かれても…。」
「だってさ、さっきまであんだけ空気重たくなって話しにくい感じになってたのに、今は2人共肩の力抜けて笑ってもうてるやん。まぁ、下ネタは諸刃の剣やけどな。上手に使わんと痛い目みるから気を付けや。」
ココにそう言われて、初めて華は空気の変化に気付く事が出来た。あのままの空気では、乱子も中々話を切り出す事が出来なかっただろう。
ココなりに気を遣ってそうしてくれたんだと、華の中で下ネタに対して感謝の気持ちが生まれた。
「あの、気を遣っていただいたみたいで…ありがとうございます。」
「おちんちんやで。」
「『別にええんやで』みたいなニュアンスでおちんちんって使わんといて下さい。おちんちんはそんな万能な単語やないです。」
「ぶっ!?」
そこでココは、華のツッコミを聞いて思わず吹き出してしまった。
「アッハハハハ!めっちゃおちんちんって言うたやん!ってか華ちんツッコミ上手いやんか。」
「そうでしょ!?ここまで上手くおちんちんツッコミ出来る奴いないっすよ!達人っすよ!」
「誰がおちんちんツッコミの達人なんよ!ってか違う意味に聞こえるし!」
華をイジって大笑いしている乱子とココにつられて、華もいつの間にか一緒になって下ネタで笑っていた。
「さて、空気も緩んだ事やし、乱子どうすんねん。」
ココが真剣な顔に戻って乱子に問う。
「うん…。華さ、今週の土曜日空いてるか?」
「え?別に予定は無いけど…。何でなん?」
「うちの過去の事、今年中にO.A.B優勝を本気で目指す理由。ここでは話されへん。だから、土曜日にうちと一緒に行ってほしい場所があんねん。そこで全部話すから。」
いつもみたいに面倒臭い事を先延ばしにする感じではなく、今までの乱子から感じられなかった真剣さが眼差しから伝わってくる。
「分かった。話してくれる覚悟決めてくれてありがとう。」
「まぁ別にええねんけど…。もう華はうちから逃げられへんようになるで。」
「それこそ別にええわ。全部受け止めるからって言うたやろ?それに、乱子はあたしの恩人やから…。」
乱子と華、お互いが相手の気持ちを理解し、コンビとしての絆が強くなり始めていく。
すると、ココが急に冷蔵庫の中から塩辛の小鉢を大量に取り出してカウンターに置き始める。その謎の行動に、乱子ですら疑問を抱く。
「ココさん、何をしてるんっすか?」
「いやな、友情的な臭さが店に充満し出したからな、イカ臭さで相殺したろって思ってな。」
「下品なもんで良い空気を相殺しようとせんといて下さい!」
「華ちんが変な想像するからイカ臭いが下品に感じるだけやろ。」
ココの最もなツッコミをもって、乱子と華の話は一旦落ち着きを見せた。
その後は、華がベロベロに酔っ払い、心底楽しそうに下ネタを言いまくってこの日はお開きとなったようだ。
当の本人は記憶をなくして覚えていないが、華の黒歴史は、乱子のスマホの中で動画として保存されている事を彼女はまだ知らない…。
そして、ガーリー・ロックにとって、最も重要なターニングポイントとなる運命の土曜日が訪れるのであった。




