第41話 Tin Tinの真の意味
乱子の言う『下ネタBAR』の意味がよく理解できず、華の頭の中は混乱している。
「あの…何て言ったん?何が散りばめられてるって?」
「金玉。」
「もう!その単語やめて!このお店来てから一生分のそれ聞いた!」
「聞いてきたん華やんか。ちゃんと周り見てみーや。」
乱子に言われて、華が改めて周りを見渡してみると、卑猥な言葉などが書かれた張り紙やポスターが壁いっぱいに貼られている。店内の照明が薄暗かったため、普通のオブジェに見えていた物も、よく見れば言葉で表すのも憚られる物ばかりであった。
「な…!何なん!この世の地獄みたいなお店やんか!」
目のやり場に困った華は、カウンターの一点だけを見ながらツッコむと、それに対してココが仏頂面で反論する。
「何て失礼な子や。私が努力して積み上げてきた店の歴史をそんな言い方するなんて。」
「だ…だって!何のためにこんなエッチなお店してるんですか!」
「おもろいからやん。」
「おもろないです!」
「ガハハハ!華はお子ちゃまやからな!」
そこで、華はある事に気付く。それは店名についてであった。
「店名の〝Tin Tin〟って…てぃんてぃんって読むんですよね…?」
華が冷や汗を流しながらココに聞く。
「そうやで。」
「その…てぃんてぃんって…もしかして…。」
「ちんちんの可愛い呼び方やな。ええやろ?」
「良くないし可愛くない!最悪や!あたし…さっきそこでお店の場所聞く時に…。」
華は、エレベーターを降りてスーツの男性に店の場所を聞いた時の事を思い出す。その時に自分が〝てぃんてぃん〟と言ってしまっていた事と、スーツの男性のリアクションの真意が分かってしまった事により、恥ずかしさから両手で顔を覆って叫び出す。
「ぐおぉぉぉぉ!!何という失態をあたしはしてしまったんだぁぁぁ!!死んでしまいたい!!」
「お…おい…華…急にどうしたんや…。」
「あたしは…淫らな女です…。」
華は、達観した顔で涙を流しながら、どうにもならない事を受け入れた。
「ははは、おもろ。」
「おもろくないです!はぁ…もう良いや…。本題に入ります!乱子!これからネタちゃんと書いてくれんの!?らんきりゅうの頃は書いてたんやろ?だって、鉄平さんから話を聞いた時、『乱子は気持ち良くなるとアドリブを入れたがる』って言ってた。という事は、その時はちゃんとネタを作ってやってたって事やんな?」
全く感情のこもっていないココの乾いた笑いを流しつつ、ここに来た本来の目的を果たすために、華は乱子にネタ作りの件に関して釘を刺す。
そんな真剣な華の質問に対して、乱子は目を泳がせながら答えた。
「う…うん…。任せてや。ちゃんと書いてくるから…。」
「もう絶対書いてこーへん顔してるやん…。何でなん?」
乱子はすぐに答えようとせず、誤魔化すためにタバコに火をつけていると、横からココが会話に入ってくる。
「あれ?乱子がネタ書くって?そんなん無理やろ。」
「あ!ちょっと!ココさん!それ以上はダメですって!」
事情を知っている感じで話し出したココを、乱子が慌てて止めに入る。それを不思議に思った華は、あえて乱子ではなく、話の続きを聞くためにココへ向けて質問をする。
「ココさん何か知ってるんですか?」
「知ってるも何も、こいつは漫才のネタなんか書いた事ないで。っというか、乱子は書かれへんねん。」
「えー!?そうなんですか!?」
「あちゃー…。バレてもうた…。」
ココのネタバラしに、バツが悪そうに顔を伏せる乱子。意味が分からない華は、ココに続けて質問をする。
「じゃあ、らんきりゅうの時にネタを書いてたのは…?」
「その当時の相方の希子やな。私はこいつらからしたらKCSの5期上の先輩やってんけど、こいつがネタなんて書いてるとこ見た事ないわ。」
「ココさんもカンサイで芸人してはったんですか!?いや、今はそれよりも乱子や!なんでネタ書いてくるとか嘘言うてたん!?」
「う〜ん…。それは…な…。」
乱子がネタを書いてこない衝撃の理由に、さすがの華も感情的になってくる。
それでも、乱子は歯切れ悪くちゃんとした答えを話そうとしない。それに見かねたココが、乱子の頭に結構な力で拳骨を食らわせる。
ゴチーーーーンッ!!
「ぐほぁ!!何するんっすか!ココさん!」
「あんた、この子と本気で芸人やる気なんか?」
「勿論っすよ!」
「ほな全部話したれ。それがこれから苦楽を共にする相方への礼儀やろうが。」
「で…でも…。話したってどうにも…。」
ここまで言っても渋る乱子に、ココは無言で手を思いっ切り振りかぶった。それを見た乱子は、焦ったように両手を挙げて観念する。
「わ…!分かりました!華に全部言います!」
「初めっからそうせぇ。ドアホが。」
「なんなん…。ココさんだってどぎつい下ネタしか書かれへんくて相方に逃げられたくせに…。」
「あん?何か言うたか?」
「言ってません。ご指導ありがとうございます。」
そして、二人のやり取りを黙って聞いていた華と、観念したように苦笑いをする乱子の目が合う。
華は、今まで触れてこれなかった乱子の闇に触れる時が来たのだと、静かに覚悟を決めるのだった。




