第39話 赤髪のお姉さん
華はエレベーターで5階に向かう。建物の外見と同じ様に、エレベーターも古く、中の電気は薄暗くて落書きも目立っている。どことなく怪しい雰囲気に、華は緊張と警戒によって呼吸の速度が徐々に速くなっていく。途中で止まって誰かが乗ってくる事がないよう願っていると、古びたエレベーターは『ガコン!』と揺れると、やっと5階に到着したようだ。
「乱子は何でこんな所で働いてんの…。ほんまに怖いんやけど…。」
ゆっくりと襲ってくる恐怖を紛らわせるために、華は独り言を呟く。
エレベーターを降りて廊下に出ると、いくつもの同じドアが並んでおり、一通り見て回るが、お目当ての看板は見つからなかった。
「う〜…。ほとんどのお店が看板とか表札にお店の名前書いてないからどこか分からへん…。一つ一つドアを開けて確かめる勇気なんかあたしにはないし…。乱子に連絡してるけど電話でーへんし…。」
薄暗く、繁華街の雑居ビルにしてはやたらと静かな廊下で華が立ち尽くしていると、背後のドアが開いて二人のスーツを着た男性が出てきた。
そのサラリーマン風の男性に、華は勇気を出して声を掛けた。
「あ…あの…すいません…。」
「ん?おー!こんな可愛い子がこのビルにおるなんて!どこのお店の子なん?」
華の顔を見ると、テンションの上がった男性が食いつくように近付いてくる。
「あ!いや!違います!知り合いの働いてるBARがこの階にあるんですけど、どこか分からなくて…。」
「何て名前のBARなん?良かったら俺らと一緒に飲みに行こうや!」
「そ…それはちょっと…。店の名前はどう読むのか分からないんですけど、たぶん〝てぃん てぃん〟だと思います…。」
そう言って、華はスマホの画面を男性に見せると、男性は一瞬苦い顔をした後に、ニヤニヤと笑いながら答えてくれた。
「あー…マジか…。お姉さん、うぶな感じやのにそういう趣味なんやな。」
「へ?どういう意味ですか?」
「またまた!見かけによらず好きなんやね!お探しの店はこの廊下の突き当たりにあるドアやで!俺らはちょっとそこには行きたくないからごめんやで…。ほなね!」
男性は、華を好奇の目で見ながらそう言い残して、連れと一緒にエレベーターの方へと向かっていった。
「何かよく分からんかったけど、店の場所は分かったし良かった!」
そして、華は教えてもらったお店のドアの前に着くと、恐る恐るドアを開けて中に入った。
すると、入口のすぐ目の前には5〜6人が座れるカウンターがあり、壁際には小さな丸テーブルが一つだけ置かれている狭い店内が現れた。
しかし、そんな店内を細かく見渡せない状況が華に訪れている。それは、バーカウンターの中に居る女性のせいだ。その女性とはドアを開けた時から目が合っているのだが、その彼女の風貌の特異さから、華は言葉が出てこなかったのだ。
(イ…イカつ過ぎる…!後ろでアップした髪から見える首元には真っ赤なバラのタトゥー…黒のタンクトップから見えてる腕も、肩から手先までカラフルなタトゥーが彫られてる…。髪も目もめっちゃ赤色やし…。顔と耳には所狭しとピアスが…。
はっ!?まさか!?ここは…殺し屋の集まるBARなのでは!?店名のティンティンにも何か暗号が隠されているのでは!?だからさっきここを教えてくれたスーツのお兄さん方も変なリアクションやったんや!)
華がたまに見せるアホみたいな妄想が膨らんでいくのを、バーカウンターに居るお姉さんが止める。
「誰?」
酒ヤケなのか、ハスキーボイスで静かに一言だけそう聞いてきたお姉さんに、華は現実へと引き戻されて慌てて答えようとする。
「は!へ!ほ!あ…あの!こ…ここに乱子って子が働いてると思うのですが!決して怪しい者ではありませんので!殺さないで下さい!」
「いや、君を殺しはせーへんけど、乱子の友達?あいつやったらまだ来てへんで。毎度お約束の遅刻かましてんねん。だからあいつは殺してもええかな?」
お姉さんは、目にかかりそうな前髪をかきあげながら、冷静に華へと質問をする。妖艶な空気を纏ったお姉さんに対して、その質問が冗談には聞こえず、華は心の中でまた妄想を始める。
(やっぱり殺し屋や!乱子が殺される!あ…あたしがこのお姉さんと戦わねばならない…!)
妄想で頭が変になった華が、変なファイティングポーズをとった瞬間だった。華の後ろのドアが勢い良く開き、それにぶつかった華は前の方へとふっ飛ばされてしまう。
「ココさん!!すんません!!遅刻してしまいましたぁーー!!」
ドアを開けたのは、店内に入ってくるやいなや、深く頭を下げる乱子であった。
そして、乱子が頭を下げたまま床を見ると、潰された蛙のようにうつ伏せで倒れている華がいた。
「あら?華やん。もう来てたんや。大丈夫か?」
(乱子…あたしの事はいいから…逃げて…。殺し屋の…お姉さんが…。)
意識が遠のく中、乱子を心配する華であったが、このBARの真の姿を知った時、彼女は自ら死にたくなってしまうとは思ってもいなかった。




