第36話 乱子の最後っ屁!
順調に盛り返してきた様に見えるガーリー・ロックの漫才だが、徐々にあるものが二人の心を蝕んでいく。先にその症状が現れだしたのは華であった。
(な…長い…。もうめちゃくちゃ喋ってるはずやのに…まだ終わらへん…。)
華は、さっきから何度も腕時計をチラチラ見ているが、漫才が始まってまだ8分程しか経っていない事に絶望する。
(嘘やん…もう無理やって…語彙力も無くなってきた…。アイドル時代に4曲ぐらい連続で歌うなんて一瞬やったのに…。美幸さんの言ってた通りや…心が折れそう…でも…)
気持ちが途切れそうな華が隣を見ると、心底楽しそうに漫才をする乱子が居る。乱子も限界が近付いているのは確かなはずだった。しかし、彼女はこれでもかと言わんばかりに輝きが増していく。
(でも…乱子の隣に居ると、自然と力が湧いてくる!今まで感じた事の無い無敵感!乱子がこんだけあたしを引っ張ってくれてるんやから、あたしだってまだやれる!)
乱子のおかげで、華は心を奮い立たせ―がむしゃらにひたすら前へと進む。
そんな華を見て、乱子も同じ様な事を考えていた。
(ブハッ!華が必死に食らいついてきてくれてるわ!いや、ちゃうな。うちも華に助けられてるんや!こんな無茶苦茶なうちを支えてくれてるんや!
やっと…出会えたな…。ほんまもんの相方に…。希子…以来やな…。よっしゃ!残り後少し!飛ばしていくで!)
乱子と華の気持ちは共鳴し、益々観ている人達を惹きつけていく。
そんな輝きが増していく二人を、強面の老人は笑う事なく見つめている。しかし、それは仏頂面などではなく、どこか懐かしむような眼でガーリー・ロックの漫才を観ていたのだ。
(懐かしいのぉ…。わしらもあんなんやったな。ただひたすら真っすぐに目の前の相手を笑わせるために漫才してたわ。どことなく、あの乱子っていう小娘は、わしの元相方とよう似とるわ。まぁまだまだやがな、結局わしを笑わす事はできんかったんやからの。)
そんな昔に思いを馳せる強面の老人の事を、乱子は漫才が始まってからずっと意識していた。しかし、どれだけボケようが、ピクリとも笑わない老人に、彼女はとうとう負けを認めなければならない状況に追い込まれた。
(チッ!くそ!結局あのじいさんを笑かす事でけへんかったな!大口叩いてこれやから、ほんまうちはダサいわ!もう残り時間は無い…けどな!うちはタダでは終わらんぞ!道連れじゃ!)
そこで、乱子は漫才の流れを違う方向へと舵を切る。
「いやぁ!今日はほんまにええ経験になったな!華の『え…』とか『ちょっ…』とか『は!?』とか『こふ…』とかいっぱい見れたしな!」
「ちょっと待て!『こふ…』は乱子やんか!スベリ散らかしたん効きまくってたやないか!」
「ガハハ!そうやったか!でもな…ええ経験になった今日やけど…始まる前に…凄い嫌な事があってな…。」
「え、なんかあったっけ?」
「機材の搬入してる時に…あるおじいさんに話し掛けられてな…。『わしを笑わされへんかったら、裸になって抱きしめたるからな!』って言われててん…。ほんで…とうとうその人は最後まで笑ってなかった…このままじゃ…うち…うち…。」
「えー!そんな事あったん!?その人って…この会場におんの…?」
「うん…あの人やねん…。」
そう言って、嘘泣きを始めながら、乱子は強面の老人を指差す。嘘を交えたいらん事を話された老人は、『は!?え!?おま…!』と言うだけで、突然振られたからか、すぐに言葉が出てこないようだ。
そうこうしている内に、会場にいる全員が老人の方を見ながらヒソヒソと話し出した。
『えー…あの源さんがそんな事言うたんか…。』
『厳格な人やと思ってたのに…あんな若い子にセクハラするなんてなぁ…。』
『そういえば、介護士の田中ちゃん見る目も、今思ったらエロい目つきやったかも…。』
『人は見た目によらんなぁ…。』
真っ逆さまに自分の評価が下がっていく『源さん』と呼ばれている強面の老人は、急いで立ち上がって反論し始める。
「な…!何を言うとるんじゃ!小娘!わしが言うたんはな!『わしを笑わせる事が出来たら、褒美に裸になって抱きしめたる』や!適当な事を抜かすな!
……ん……?は!?いや!違…!」
正直者の源さんは、焦った勢いで事実をそのまま話してしまう。それが、乱子の言った事よりも酷いという事に気付いておらず、分かった頃には時すでに遅し状態だった。
『源さん…何を言うてはんの…。』
『褒美に裸で抱きしめたるって…どの位置から言うてはるんやろ…。』
『引くわぁ…。私、80歳にもなってこんなに引く事があるとは思ってなかったわ…。』
どんどん状況が悪化していく中、源さんは白目を向いてそのままドサッとへたり込んでしまう。
その様子を見ていた乱子は、嘘泣きをやめ、ケロッとした顔で漫才の続きを始める。
「あ…華じゃなくて、うちがおじいさんを殺してもうたわ。えっへへっ♪」
「『変態じいさん討伐完了♪』みたいに言うな!もうええわ!」
「「どうも!ありがとうございましたー!」」
こうして、波乱の幕開けであったガーリー・ロックの漫才は、たくさんの笑顔と拍手に包まれて、無事終わる事ができた。
ただ、乱子の『転んでもタダでは起きない精神』による、意地の悪い爆弾発言で爆死した源さんを除いてだが…。




