第34話 大失敗
出囃子と観客側の拍手の中、乱子と華はセンターマイクの前へと到着する。華は美幸達に習い、拍手を促すように手を叩きながらマイクの前まで歩くが、乱子はあえて静かに動いているように見える。
その違和感に華は気付かないまま、ただただ乱子の掴みを見逃さないように集中する。
(頼むで!乱子!あれだけ自信満々やった掴み、あたしが絶対に拾うから!)
センターマイクの前に着くと、華は大きく息を吸い込み、そして漫才開始の合図を告げる。
「どうもー!ガーリー・ロックでーす!よろしくお願いしまーす!」
華が緊張の中、見様見真似で精一杯自己紹介をするが、それを乱子は肩を掴んで制止した。何も聞かされていなかった華は驚いて乱子の方を見る。
「え!?何!?」
「コラ!何を考えてんの!?」
「何をって!元気良く挨拶しただけやんか!」
「そんな大きい声出したら!ビックリしてじいさんばあさんの心臓止まってまうかもしらんやろ!」
「へ!?は!?ちょっ!そんな事言うたら…!」
シーーーーーーン……。
乱子は掴みのボケで言っただけなのだが、観ている入居者にはその意図が伝わらなかったのだろう、とてつもない静寂がこの場を支配する。
その様子を舞台袖で見ている美幸と太郎は、二人の気持ちが分かるため、苦笑いしか出来なかった。
「あちゃ〜、やっぱりやってもうたか…。乱子やったらこうなるって思ってたわ。だから私らは出番を先にしたんや。こんな地獄のような空気でバトン渡されたらたまったもんじゃないからな。」
「これはエグいわ〜。スベるだけならまだしも、客の怒りを買ってもうたらほぼほぼ取り返す事なんかでけへんからな。それに…」
「そうや、ここの入居者の人達は普通の人らやない。鉄平さんから乱子達には伝えるなって言われてたから教えてないけど、ここの入居者のほとんどの人が特殊な人らなんや。さて、乱子と華ちゃんはどうする?ここから盛り返せるんか?」
美幸の期待とは裏腹に、乱子と華は次へと進めないでいる。アドリブが故の弊害だろう。
(やばいやばいやばいやばい…!絶対に拾おうと思ってたけど無理やった…!これはあたしの責任や…!でも、さっきの乱子の自信なら何かまだ次の策があるはず…!それは逃さへん!)
華は、折れかけた心を奮わせて、乱子の顔をチラッと見た。だが―
「こふ……。」
―と、乱子はひくついて、意味の分からない単語が口から漏れる。
(えーー!!こふって言うたやん!もう手詰まりですって顔してるー!さっきまでの自信はどこにいったん!?―は!?あたしが何か喋らな…!)
ここまで盛大にスベった事が無かった乱子のダメージは大きかったのか、それをカバーするために華が前を向く。すると、最前列のおばあちゃんが小刻みに震えながらゆっくりと手を挙げた。
「あ…えっと…はい!おばあちゃん!何か言いたい事があるんですね!どうぞ!」
何とかこの最悪な空気を打破しようと、華が挙手したおばあちゃんに喋らせようとする。
そして、穏やかで―まるで孫を見るかのような顔のまま、おばあちゃんはゆっくりとした口調で口を開く。
「ぶ…ぶ…ぶち…」
「え?ぶち?何ですか?」
「ぶち殺すぞ…ガキ共…。」
「へ…?」
とても目の前の、上品そうで優しい笑顔のおばあちゃんから出た言葉とは思えず、華は一瞬自分の耳を疑った。
「アハハハハハハ!!」
「おい美幸、そんな笑ったら外まで聞こえるやろ。」
美幸は、おばあちゃんの爆弾発言と華の面食らった顔を見て腹を抱えて笑っている。
「い…いや…だってさ…ハハハ!こんなん面白過ぎるやろ!漫才中に『ぶち殺すぞ』って初っ端に言われるとか!ブハハハ!しかも、優しそうなおばあちゃんにやで!ブハハハハハハ!」
「まぁ確かにな。やられたらたまったもんじゃないけど、見てる分にはおもろいな。」
「あーあ…ようけ笑ったわ。さてさて、二人はどう出る?」
「まさか、逃げてくるんとちゃうか?」
「アホ言え、んな事あるかい。あの乱子やぞ。私らがどう足掻いても敵わん才能持ったあいつがこのまま終わるかいな。でも…そのきっかけを生むのは華ちゃんやで。」
しかし華は、美幸達が大笑いしていた事にも気付かないほど混乱していた。
(今…ぶち殺すって…言われた…?あれ?芸人ってスベったら即死刑やったっけ…。)
そこで、先程のおばあちゃんがもう一度プルプル震えながら手を挙げてきた。
「あ…おばあちゃん…まだ何かあります?」
「ぶち殺すぞ…ガキ共。」
もう一度同じ優しい笑顔のまま、同じトーンで同じセリフをおばあちゃんはぶつけてきた。
(2回目!?嘘やろ!?いや…待って…このお客さんと近い距離の間隔…アイドルの時にも経験してきた…。それやったら…!!)
そこで、華は覚悟を決めた顔である選択をする。それは、アイドル時代にお客さんとの距離が近い時にしていた『客イジり』である。乱子が調子を取り戻すまでの間、それで時間を稼ごうと思ったのだ。
「いや!聞き間違いやなかった!ほんまにぶち殺すって言うてはったんですね!2回言われな信じれませんでした!小刻みに震えてたんは年齢からじゃなくて、怒りで震えてらっしゃったんですね!ほんまごめんなさいね〜、相方がいらん事言うてもうて!
ほら!乱子もみなさんに謝りなさい!」
華の『小刻みに震えていたのは怒りに震えていた』という部分で、ほんの小さくではあるが、クスリと誰かが笑った。
「お!華ちゃん頑張るやん!首の皮1枚でつながったか!?後は、華ちゃんから振られた乱子次第やな。これがラストチャンスとちゃうか!」
美幸の言う通り、華ががむしゃらに喋って掴んだ最後のチャンスだったが、肝心の乱子は、口が半開きの追い詰められたままで、華の振りに反応できていない様に見えるのだった。




