第33話 熟練者の漫才
娯楽室は、旅館にある大広間を模したものとなっており、畳の広い和室に、簡易的な舞台が設置されている。乱子達が舞台袖に着くと、舞台上では田中がマイクを持って司会をしている最中だった。
「みなさん!のど自慢大会お疲れ様でした!凄く盛り上がりましたね!さて!今日は恒例の行事以外にイベントを用意しております!それは芸人さんによる漫才です!これから二組の芸人さんが漫才を披露してくれますので、暖かい拍手でお迎え下さい!では!まずは一組目のデコボコカップルのお二人です!拍手ー!」
娯楽室には30人以上の入居者が居て、その人達が田中の進行に応えて大きく拍手をしてくれている。
それと同時に出囃子が流れ、田中が舞台袖へと捌けてきた。
華は、舞台袖の端に立つ美幸と太郎の背中を見ると、それに筆舌に尽くしがたい格好良さを感じる。これから戦場の最前線へと赴く戦士の背中を見ているようだった。
そして、田中と入れ替わるように美幸と太郎が舞台へと出ようとした所で、乱子と華が激励の声を掛ける。
「みゆ姉!たろ兄!いつも通り頼むで!」
「美幸さん!太郎さん!頑張って下さい!」
「はは!任せとき!ちゃんとあんたらに繋いだるわ!」
「さて〜ボチボチいってくるわ〜。」
二人は、何の示し合わせも無いのに、進み出す一歩目のタイミングは寸分違わず合っていた。
そして、美幸だけではなく、あの普段は常に気怠そうな太郎の表情が明るい芸人の顔に変わる。
その瞬間を見ていた華は、プロの芸人の本当の姿を見た気がした。
「どうもー!デコボコカップルですー!よろしくお願いしますー!」
「はいはい、よろしくお願いしますね〜。」
二人は拍手を促すように手を叩きながらセンターマイクの所へと行く。そして、挨拶をしながら手際良くセンターマイクの高さの位置を合わせる。テレビなどでも良く見る光景で、これぞ漫才師と言わんばかりの所作であった。
「いやぁー初めましてー!みなさん驚いてるでしょ!こんな青やら黄色やら赤やらの派手な髪に加えて、キラキラな服装の女なんやねんって!」
「そらそうや、こんなん町中では中々おらんで。」
「でもね、みなさんもう分かってるはずですよ。私が誰なんか…。」
「いや、分かるわけないやろ。」
ここで美幸は一呼吸だけ間をあける。
「そうです。信号機です。」
「『そうです。』やないわ!誰もそんな事考えてなかったわ!確かに青、黄、赤で信号機やけども!」
「ちょっぴり乙女な信号機です。」
「気持ち悪いな!恋とかしそうな感じが!」
デコボコカップルの掴みにより、『アハハハハ!』という笑い声が上がる。
それを舞台袖で見ていた乱子が、悔しそうに笑いながら唸る。
「くーーっ!やるな!みゆ姉!あのちょっとした間が絶妙やったわ!」
「そうなん?確かに嫌な間じゃなかったもんな。」
「あの間は、観客に考える時間を与えると同時に、どんな答えがくるんやっていう期待感を煽るのに必要やったんや。」
「なるほどー!それで予想外の答えとかが返ってきたらもっと面白くなるんやな!」
乱子の解説を聞き、華も美幸のテクニックに感心する。そして、舞台上ではデコボコカップルの漫才が順調に進行していく。
「恋するで思い出したけど、この私の隣のヒョロガリくそメガネは私に惚れとるんですよ。」
「口悪いな!こんな女に惚れるわけないやろが!俺は別でちゃんと素晴らしい女性を探してるんです!」
「はぁ!?腐りかけのモヤシみたいな男がどうやって出会いがあるんや!」
「誰が腐りかけじゃ!今の世の中、スマホのアプリを使えば簡単に出会いがありますねん。」
「そんな横文字の言葉言うたら、年配の方は『ちょっと美味しそう』って勘違いしてまうやろ!」
「『炙り』やない!『アプリ』や!あと年配の方々ナメてんのはお前や!」
美幸と太郎は、ゆったりとしたテンポでそのまま漫才を続け、大きな笑いは無いが、確実に一つ一つのボケとツッコミで笑いを取っていく。それは、爆笑が無いからといってスベっているわけではなく、漫才を観ているお年寄りのみんなは楽しそうに笑顔になっている。そして、漫才は終盤に差し掛かる。
「分かった分かった!これからは私があんたの恋愛に的確な指示を出したるわ!『イケ!』とか『ちょい注意せーよ!』とか『待て待て!』とか!」
「ほんまに出来るんかいな!?凄い自信やけども!」
「当たり前やがな!私は信号機やからな!」
「もうええわ!」
「「どうも!ありがとうございましたー!!」」
美幸達はきっちりオチを作って漫才を終える。そんな二人が舞台を捌ける時、客席側からは盛大な拍手が鳴り止まなかった。拍手をするお年寄りの顔は、みんな楽しげで幸せそうだった。
そして、全身が汗でびっしょりになった美幸と太郎が舞台袖に帰ってくる。
「ふーー!!なんとか無事終わったな!」
「あ〜疲れた。喉が渇いて死にそうや。」
やりきった二人に、乱子と華が労いの言葉を掛ける。
「みゆ姉!たろ兄!お疲れ!さすが熟練者の漫才やったで!」
「はい!本当に参考になりました!凄かったです!」
「いやいや、私らは大した事ないって。それになー、前列の右端に座ってるイカつめのじいさんだけはピクリとも笑わんかったわ。さすがに悔しいな!まぁ、ちゃんとバトンは繋いだで!頑張りや!」
美幸に言われて、乱子が舞台袖の端からその人物を見ると、搬入時に喧嘩になりそうになった強面の老人であった。
「あのじいさんか…。見とれよ…。」
乱子が遠くからその老人を睨みつけていると、舞台の田中が次のガーリー・ロックの紹介に入っている。
「さて!次は可愛い若手の女性コンビのガーリー・ロックの登場です!それではどうぞ!拍手ー!」
「よっしゃ!行くで!華!」
「え!?もう!?」
心の準備が整う間もなく、緊張したままの華は、前を行く乱子を慌てて追うように舞台のセンターマイクへと向かう。
ガーリー・ロックとして初めての舞台は、華の想像の斜め上を行く結果が待ち受けているとは知らずに…。




