第31話 謎の老人
とうとう華達を乗せた車が目的地の老人ホームに到着する。緊張を抑えるため、華は大きく深呼吸してから車から降りた。
5階建てのマンションのような建物は、想像していたよりも大きく、入居者の住居も兼ねているのだろう。その建物の屋上付近の大きな看板に、『SUNS シニアホーム』と書かれている。
「あれ…サンズって読むんかな…。めっちゃ縁起悪くない…?」
「ブハッ!ほんまや!ジジババの住処やから三途の川をイメージしてんかな!?」
「乱子!さすがに言い方悪過ぎるから!」
「おい…華…隣見ろ…メイドカフェの看板あるぞ…。」
「ほんまや!何でこんなとこにあんの!?新しめやから後から看板ができてるよな!?よく許可しはったな…。」
「3キロ先やって、まぁまぁ近いやんけ。冥土。」
「ちょ…やめーや乱子…。ちょっとおもろい…。」
乱子と華が老人ホームをイジりまくってる横で、美幸と太郎が車から荷物を降ろしている。
「ちょっと!あんたらも手伝ってや!音響関係は私らで用意しなあかんねんから!」
「あ!はい!分かりました!」
「えー…。うちらでやらなあかんのか…。めんどくさ。」
美幸の指示を受け、キビキビ動く華に対して、乱子はダルそうに手伝っていると、老人ホームの入口からスタッフと思われる女性と男性が出てきた。
「どうも初めまして!SUNSシニアホームの介護士をしております田中と言います!」
「お疲れさまです。同じく介護士の下田です。よろしくお願いします。」
「今日懇親会の余興をお願いしているアイアンオフィスの芸人さんですよね?私達もお手伝いさせていただきます!」
元気な女性の田中と、大人しいが仕事ができそうな下田が荷物を担いで中に運ぶのを手伝い始めてくれた。
「あら〜!ほんまありがとうございます!ほら!私らもどんどん運ぶで!」
美幸の指示が飛ぶ中、華と太郎は一生懸命スタッフの二人に続いて荷物を運ぶ。しかし、乱子だけは動いている振りをして軽い荷物を選んで運んでいるようだ。
そんな乱子の前に、長身で白髪のオールバックをした、強面の70代ぐらいに見える男性が立ちはだかった。和服を着こなすその男性からは、只者ではないオーラを感じる。
しかし、自分の行く道を阻まれた乱子は、臆すること無くその男性を見上げるように睨みつける。
「なんや?じいさん邪魔やねんけど…。」
「…………。」
乱子の威嚇に、何の反応も示さず、男性は無言で乱子を睨み返している。
本来ならばすぐにでも華達が止めに入るのだが、今は荷物を運ぶため、全員この場には居なかったのだ。
「チッ!なんやねんな。」
さすがの乱子も、これから仕事をする場所で揉め事を起こしてはならないと思い、男性を避けて通ろうとする。
だが、通り過ぎようとした乱子に、男性はキツイ口調で話し掛けてきた。
「待たんかい。クソガキが。礼儀もしらんのか?」
「あん!?じいさんこそなんやねん!うちが何かしたんか!?」
「コソコソと軽い荷物ばっか運ぶような小者が何を偉そうに口利いとんじゃ!」
「み…見んなや!変態!」
自分の格好悪い所を見られていたと知り、図星を突かれた乱子は恥ずかしそうに言い返す。
「お前らが今日漫才をしよるって芸人か。大した事ないのー。こんな小娘なんぞたかがしれとるわ。」
「はぁ!?うちらの漫才を見た事ないくせによくそんな事が言えるな!ナメとったら笑かし殺すぞ!」
「笑かし…殺す?おもろいやんけ、わしを笑わせる事ができたら全裸でな…」
「全裸で何してくれるんや!?おう!?」
「お前を抱きしめたるわ。」
「それ誰が得すんねん!気持ち悪いじいさんやの!」
男性と乱子の言い合いがヒートアップしそうになる時だった。建物の入口から、こちらの様子を伺いながら急ぎ足で華と美幸が出てくる。
「乱子!何してんの!揉め事!?」
二人がこちらに向かってくるのを乱子は確認すると、男性にだけ聞こえるように呟く。
「おい、じいさん。救急車の手配しとけよ。それもぎょーさんな。うちらの漫才見て、笑い過ぎでジジババがぶっ倒れるかもせーへんからな。」
「何を抜かしよるんや。大口だけは御立派やの。」
「黙れ。ここはこっちが引いたるけどな。じいさんも、腹よじれるぐらい笑ってもて、そのままよじれ過ぎて腸が千切れてまうかもな。そうなったら手ぐらい合わせたるわ。」
そう言い残し、乱子は満面の笑みを作って、こちらに走ってくる華達の方へと歩き出す。
「揉め事ちゃうちゃう!ここのおじい様と仲良く話してただけやんかー!うちが美人過ぎて声掛けてもうたんやって!照れるわー!」
「それがおもいっきり嘘なんは分かったけど、揉めてなくて良かったわ…。」
ほっと胸を撫で下ろす華の横から、般若顔の美幸が割り込んでくる。
「それはそうと!あんたは何でそんな軽い荷物ばっか運んでるんや!ボケ!」
そして、美幸の正拳がまたもや乱子の胸に打ち込まれ、乱子はその場で『へばっ!!』という情けない声と共にその場に沈む。
そんな三人の様子を、先程の男性が遠くから見つめている。
「鉄平のドアホが…とんでもない奴送り込んできおって…。どうなっても知らんぞ…。」
男性は、独り言を呟くと、そのまま別口から建物の中へと消えて行った。
乱子の行いのせいで、始まる前から嵐の予感を感じさせる営業が、今幕を開けるのであった。




