第30話 5分と15分の違い
乱子達を乗せた車は、目的地の老人ホームへと向けて順調に走っている。その車内で、華は最も重要な事を乱子に質問する。
「なぁ乱子、今日のネタってどうすんの?何するか決めてんの?」
「勿論や!そこは任せて!」
「良かった〜…。アドリブでなんとかしようとかやったらどうしようかと思ったわ!で、ネタを書いたノートとかあんの?あるんやったら貸して!すぐ覚えるから!これでも歌詞とかダンスの振り付け覚えるのめっちゃ早かったんやから!」
「お?そんなんないで。」
「は?ほんならスマホとかにデータで入ってんの?それやったら送ってよ。」
「お?だからそんなんないって。」
「その『お?』っていうのやめて!あたしがアホな子みたいやんか!って…まさか…。」
「アドリブで任せろって意味な。華、うちについてこいや。」
「太郎さん。車停めて下さい。あたし帰ります。安心して下さい、歩くの得意なんで。」
華が冷静に素の顔でそう言うと、美幸が大笑いする。
「アハハハ!!華ちゃ〜ん、あなたの相方は乱子やで!こんなんまだまだ序の口やんかー!」
「ガハハハ!!さすがみゆ姉!分かってんなぁ!」
「なんで乱子も一緒に笑ってんのよ!あたしはアドリブで漫才なんか無理やで!」
「いけるいける!華のツッコミセンスがあればジジババの相手なんか楽勝やわ!」
そこで、美幸が後部座席にニヤリと笑いながら振り返って、ふんぞり返る乱子を見る。
「ほんまにいけるか?今日の各コンビの持ち時間は15分やで。」
「え…。15分…。」
ネタの持ち時間を聞いた乱子は、先程までとは打って変わって少し焦りの表情を見せる。
「アハハ!分かりやす!そらそうやわな、乱子は長尺の漫才は得意じゃないもんな!見知った顔が多い舞台ならともかく、あんたの事を知らんお客さんばっかやったら特にな!そこがアドリブ頼みのあんたの弱点やわ。」
「う…うるさいわ!そんなんうちの力でなんとかしたるわ!」
笑いに関して怯んだ乱子の姿を初めて見た華は、その持ち時間について疑問に思った。
「でも、5分と15分ってそんなに違うんですか?乱子やったらそんな変わらなさそうな気がしますけど。」
そんな華の素朴な疑問に、美幸は後ろを向いて車酔いしてきていたため、前へ向き直って答える。
「おえ…。えっとな、たぶんこれはやってみた人間にしか分からんと思うねんけど、3分と5分でも正直全然違うねん。これがな、10分とか15分ってなってくるとそらめっちゃ長いネタを書かなあかん。5分のネタを3本やってやっと15分1本分やで。華ちゃんさ、15分喋り続けてって言ったらできる?」
「いや…それは…ちょっと難しいです。」
「やろ?しかもその15分の間はずっと面白くないとあかんねんで。きっちりとしたオチ付きでな!」
そう説明されると、素人の華でも想像しただけで背筋がゾッとする。そこでもう一つ、乱子が長尺を弱点とする理由を美幸は付け加える。
「乱子の喋りって早いやろ?スピード感バリバリで漫才を進めよるから。そんなスピードで15分もやってみ、喋りが早い分、他の人の何倍も喋らなあかんから終わりのない時間を過ごしてる感覚になるはずやわ。だから乱子は長尺のアドリブ漫才やってると必ず途中で息切れしよんねん。」
「みゆ姉にそこまで細かく言われんでも分かってるって!うちだって成長してんねんから!なんやったら昔は長尺も出来てたし!」
「あんた…それは…。いや、ええわ。」
美幸が何か言いかけたが、彼女はその続きを話さずに、一通りの説明を終わらせた。それを聞いた上で、華はこれから待ち受ける試練を思うと胃が痛くなってきた。
「じゃあ!あたしらは今日…どうしようもないって事なんですかね?」
華が、助けて欲しい一心で美幸にアドバイスを求める。それに、一呼吸置いてから美幸は答えてくれた。
「一個だけ方法はあるで。」
「え!?ほんまですか!?教えて下さい!」
「15分間、フルスロットルでアドリブ漫才で笑い取り続ける事やな!まぁ、そんなんできんのなんか大御所レベルで、尚且つ凄まじい天才だけやけどな!」
「そんなん…。それを回避する方法が知りたいのに…。」
あからさまに落ち込む華の横で、大人しく美幸のアドバイスを聞いていた乱子が、運転席と助手席の間から身を乗り出すと嬉しそうに笑う。
「大御所レベルの大天才って!うちの事やろ!?なぁ!?みゆ姉!」
「お!おもろいボケやな!よっしゃ!正拳突きでツッコんだろ!」
「うお!それはやめてって言うてるやんか!その正拳食らったら一瞬だけ死んだじいちゃんがカットインするんやって!」
「父方?母方?」
「そこはどっちでもええやろ!」
乱子のこの行動は、呆然としている華を元気づけるためのものだったのだろう。そのおかげか、華の心に少し余裕ができて、二人のやり取りを見て笑顔が戻っている。
しかし、今まで黙っていた太郎が、華をもう一度緊張の渦に叩き落とすセリフを放つ。
「お〜い。もう着くぞ。」
心の何処かで、『このまま一生目的地に着かなければ良いのに』と思っていた華の足は、不安と緊張で小さく震えだすのであった。




