第3話 華、初めて漫才をする
ニヤリと笑った乱子の顔は、華から見れば何かを企む恐ろしい悪魔の笑みに見えた。
(ひ…!ひー!!やってしまった!あたしはこの怖いお姉さんを怒らせてしまったんか!?)
しかし、乱子はもう一度客席に聞こえない声で華に声を掛ける。
「やるやんか。見込み通りや。ほないくで。」
「へ?」
そう呟いた乱子は、話が何も飲み込めていないキョトンとした顔の華を置いて、さっきまでと同じような勢いと声量で漫才を続けだした。
「あーー!ごめんな!はなちゃんやったな!鼻糞の!」
乱子の鼻糞イジりにムカついて我に返った華は、また怒りに任せて言い返す。
「何で鼻糞やねんな!別に鼻水でもええやろ!その揺るぎない糞に対する執着心は一体なんやねん!ってかまずその鼻ちゃうねん!」
『はははははははは!!!』
また華のツッコミによって笑いが生まれる。無意識
が故に、華は何故自分が怒って言い返しているだけなのに皆が笑うのかが理解できていない。
分かっているのは、笑いが起きる度に胸が大きく鼓動を打ち、身体が熱くなっていくという事だけだった。
(うちが一人で2分弱喋ってたから…後1分ないぐらいか…十分や!)
そうやって、乱子が頭の中で残り時間を一瞬で把握し、この先の漫才の形を整える。そして、また華をイジるように漫才を続け始めた。
「ごめんごめん!冗談やんかー!ってか何でここにおんの?ちょっとさっきから狭いなって思っててん。」
「狭いて言うな!あんたが無理矢理連れてきたんやろ!ただそこで道を聞いただけやのに!」
「そうやったっけ?その割にはノリノリやないっすか。」
「ノリノリちゃう!ほんまさっきからムカつく
!」
「ほんまかいな!?だからいつも言うてるやんか、油っぽいのはちゃんとキャベツと一緒に食べなあかんでって。」
「胸焼けのムカつくちゃうねん!もう帰らせてもらいますから!」
「あ、ほな道教えたるわ。そこの階段登ったらな、陽気な初老の黒人がおるからな。」
「また目印が黒人の特殊な道案内!もうええわ!!」
「どうも!ありがとござーしたー!!」
「は?」
華の『もうええわ!』に合わせて、乱子は客席に向かってお辞儀をする。すると、二人を照らしていた照明は消え、音楽が流れ始める。それと同時に状況が飲み込めていない華を、乱子が手を引っ張って舞台袖へと連れて行く。
舞台袖に向かう間、華の耳には、お客さんが笑いながらする拍手の音が暗闇の中から聞こえ続けていた。
どうやら自分たちの漫才は成功したみたいだという事が、その音のおかげで華にも理解できた。
そして、そのまま乱子は無言でライブハウスの外に出て、外階段から華を引っ張りながら2階へと上っていく。
「ちょ…!ちょっと!どこに連れて行くんですか!?まさか…!?出来が良くなかったからってあたしをしばくんですか!?仕方ないやんか!漫才なんかやった事もないのに急に舞台に上げられて!」
無言で自分を引っ張り続ける乱子に恐怖を覚えた華は、必死で言い訳を繰り返す。自分が悪い訳では決して無いのは分かっているが、いち早くこの場所から逃げ出したかったのだ。
そして、2人が階段を上り切ると、そこには銀色のアルミのドアがあり、乱子がそのドアを勢い良く開けた。
すると、ドアの先には数名の男の人や女の人が、タバコを吸ったり、薄汚れた小さい鏡に向かって化粧などをしている。
どうやら、この部屋はライブハウスの楽屋のようだった。
「どうやーー!うちらの漫才!めちゃめちゃウケてたやろ!?」
「乱子!うっさいぞ!俺らはまだこれから本番やねん!集中途切れてまうやろ!」
「あん!?どうせスベんねんから集中とかどうでもええやろが!それよりうちらを褒め称えんかい!」
「おい!俺は先輩やぞ!」
入るなり、大声で叫び散らした乱子に、30代前半ぐらいの青いスーツを着た小太りの男性が怒っているが、乱子も負けじと言い返している。
あわや喧嘩になるのではないかという空気の中、乱子の手が華の身体から離れた隙に、コソコソと華は背を向けて逃げようとする。
だが、その瞬間、乱子が華に向かってガシッと勢い良く肩を組んできた。
「うちらは最強のコンビになるんや!な!華!!」
「は!?何の話!?」
突然の乱子によるコンビ結成宣言に、この悪夢はまだまだ続くのだと、苦笑いをしながら華は思うのであった。




