第2話 ムカついてきた!
乱子と華が舞台に立つ10分程前。華は肩を落としながらアメリカ村の通りを歩いていた。
(はぁ…。まさかこんな形であたしのアイドル人生が終わるなんて…。何のために6年間も尽くしてきたんやろ…。)
心の中で、人生で起きた最悪な出来事を反芻しながら歩いていた華は、気付けば自分が知らない場所に居る事に気付く。
「あれ!?ここってアメ村やんか!変な人が多いイメージあって来た事なかったから道が分からへん!どうしよ…。」
困った華は、キョロキョロと辺りを見渡すが、自分が話し掛けやすい人が見つからない。
どこを見てもオシャレな人や、タトゥーの入った人ばかりの中、陰キャ寄りな華が声を掛けれず恐る恐る歩いていると、後ろから女性の声で呼び止められる。
「おーい。そこの女子。道に迷ったんか?」
そんなハスキーな女性の声に反応して華が振り返ると、そこには銜えタバコをした黒髪の綺麗な女性が立っていた。その女性とは、この時初めて出会った乱子である。
「あ…。はい。そうなんです。心斎橋の方に向かいたいんですけど、どう行けば良いですか?」
「それやったらな。この先を真っすぐ行ったらイカつい黒人の男が立ってる交差点があるから、そこを左に曲がる。ほんで次は3人ぐらい黒人がたむろしてる突き当たりがあるから、そこを右や。そのまま歩いてたらウンコぐらいぶっといドレッドの黒人がおるからそこを左。そしたら御堂筋に出るから心斎橋はすぐ分かるわ。」
華は、真顔で変な道案内をする乱子に対して、深く絡んではダメだという本能に従い、流すようにお礼を言ってその場を逃げようとする。
「あはは。ありがとうございます。その通り行ってみますね。」
相手を嫌な気分にさせないよう、愛想笑いを交えながら華は歩き出す。しかし、そこで思わず華の心の中の声が口から出てしまった。
「目印が黒人だらけのそんな特殊な道案内、夜やったら分かりにく過ぎるやろ。」
言った瞬間『ハッ!』となり、その呟きがマズイと思った華は、急いで両手で自分の口を塞ぐ。だが、時はすでに遅かった。その華の呟きが聞こえてしまった乱子は、驚いたようにポカーンと口を開いて銜えていたタバコをポトリと地面に落とす。
『怒られる!』そう思った華は、しどろもどろになりながら言い訳をしようとした。
「ち…!違うんです!その!何か口が勝手にですね!悪気はないんです!」
あわあわと狼狽える華に向かって、乱子は突然無理矢理華の手を握った。
「うちは乱子って言うねん!ちょっとこっち来て!」
そう自己紹介をすると、乱子は華を強引に引っ張って目の前にあったライブハウスへと連れ込もうとする。
ボコボコにされると思った華は、大声を出しながら半泣きで許しを請う。
「や!やめて!ごめんなさい!ほんまに勝手に口から出ただけで!しばかないで下さいー!!」
しかし、華の必死な抵抗も虚しく、乱子に引きずられるようにライブハウスの中へと連れ去られるのであった。
――そして、そのまま華は舞台に立たされ今に至るのである。乱子が横でベラベラと漫談のようなものをしている中、今思い返すと華は段々と腹が立ってきた。
(ぐぬぬ…。そらあたしがいらん事言うたのがあかんけどさ!何で無理矢理こんなお笑いの舞台に立たされなあかんの!ムカつく!めちゃめちゃ恥もかかされてるし!)
怒りが込み上げてきた華は、ジッと睨みつけるように乱子を凝視する。
その視線に気付いた乱子が、華の方を見つめ、困った表情をしながら一言告げる。
「え…?誰…?」
「こっちのセリフや!!」
さっきまでとは違い、華は怒りに任せてすかさず乱子のボケにツッコミを入れる。本人はツッコミのつもりはなかったが、華のツッコミを起点に大きな笑いが生まれた。
突然起こった笑いに驚いている華に向かって、客席からの笑いが熱風になり、自分を突き抜けていく感覚に襲われる。
それはとてつもなく熱く、熱気に包まれた華の全身に鳥肌が立つ。その現象は、言葉にできない程の気持ち良さであった。
「やっぱりな…。」
乱子は、客席には聞こえない程小さな声でそう呟くと、華を見ながらニヤリと笑うのであった。




