第1話 あたしは何故ここに?
2026年春。大阪はアメリカ村にある小さなライブハウス。キャパは50人程入れば満員のような広さのこの場所で、本日はマイナーなお笑いライブが開催されている。
ライブハウスの中は舞台も低く、客席側の床とほとんど変わらない高さだ。そんな舞台の上で、センターマイクを前に二人の女性が立っている。
そこへ、スポットライトが二人を照らすと、二人の様相が明らかになる。
客席側から見て左側の女性は、白のタンクトップにジーンズというラフな格好をしており、長く艶のある黒髪をなびかせ、前髪は綺麗に切り揃えられている。端正な顔立ちをした美しい顔は、子供のような満面の笑みを浮かべているようだ。
変わって右側の女性は、水色のガーリーなワンピースを着ており、茶髪のボブが良く似合う幼さの残った可愛らしい顔をしている。だが、左側の女性とは正反対の緊張した面持ちで、強張った表情のまま固まっているのが見て分かる。
「どうもー!みんなの乱子が登場したでー!」
そんな事を気にする素振りも見せず、黒髪の女性が自己紹介を始めた。すると、少ない観客席からまばらな拍手の音が聞こえる。
「なんや!えらい小さな拍手やな!スベるの嫌やから身内をようけ呼んでサクラやらすつもりやったのに!どうやらあいつら来てへんな!」
自虐のような乱子の掴みに、クスクスと客席から笑いが生まれる。
どうやら彼女達は漫才をしようとしているのだが、乱子のボケに対して、隣に立つ女性は一切反応が出来ていない。それどころか、さっきまでの強張った表情が酷くなり、顔中を汗が埋め尽くしているような状態である。
「まぁええわ!あ!うちの事知ってる人なら違和感感じてるよね!?『なんやあいついつもは一人やのに相方連れてきてるで!』って!せやねん!今日からうちらはコンビ組む事になってん!コンビ名は〜…。まだ決まってない!何故なら!この子は10分くらい前にそこの道端で拾ってきたばっかやから!これほんまやねん!この子の様子見たら分かるやろ?なんで漫才させられてるのかすら分かってないねん!そう言えば名前すら知らんわ!ほら!あんたも自己紹介しなさい!」
そう言う乱子は、茶髪の女性の背中をバンッと強めに叩く。それで我に返った茶髪の女性は、ボソボソとセンターマイクに向かって自己紹介を始める。
「へ?あ…えっと…あの…は…華って言います…。」
おどおどとした華に対して、乱子はマイクなど必要ないくらい声を張る。
「えー!?なんて!?はな!?はなって言うの!?どういう字書くん!?あ!待って!当てるわ…。鼻糞の鼻ちゃうか!?」
「ち…!違う…!華道の華って漢字です!」
「分かってるわ!ボケやがな!」
「ひっ!」
乱子のボケに対して、ツッコミどころか何の返しもできない華に、乱子が強めに自分でツッコミをする。
当然、客席から笑いはほとんど起こっていない。すると、そんなスベリを取り返すかのように、そこからの数分間は乱子の独壇場であった。隣にいる華の事を完全に無視して一人で怒涛の勢いで話し出す。すると、先程までとは違って客席からは大きな笑いが起こる。
完全に置いてけぼりを食らった華は、隣で引きつった顔で立っている事しかできなかった。
そして、華はふとこう思う。
(え…なんであたしはここで漫才やらされてんの…。あたしはただそこでこの人に道を聞いただけやのに…。)
ここで、現実逃避をするためか、華の頭の中で時間が10分前に遡るのだった。




