第27話 鉄平へのお願い
乱子と鉄平の空気が歪んでいくほど、華の背中に冷や汗が流れる。
(ひ…ひ〜!ももも…もし…二人が喧嘩始めたらあたしに止める事なんかでけへんってー!い…いや!大丈夫!あたしだって動けるもん!だからシュババババーって素早く動いて二人の首を『トンッ』てしたらええねん!ほな解決や!あはは!シュバババーからのトンッでこの場を制圧や!)
華が、極度の緊張で厨二病のような妄想を始め、カタカタと手が震え出した時、鉄平が先に口を開いたのであった。
「なんや。乱子か。今日めちゃくちゃ可愛いから誰か分からんかったわ。」
突然わざとらしく褒めだした鉄平に、華は心の中でツッコむ。
(なんで!?そんな適当に心にも無い事言うたら、余計乱子が怒ってしまうやんか!さすがに乱子を簡単に見過ぎや!)
しかし、乱子は鉄平の言葉を真に受けて、表情が一気に緩んで照れた笑顔に変わる。
「え?ほんまに?鉄平さすがやなー。うちの可愛さに気付くなんてー。リップをピンクから薄ピンクに変えたんよなー!」
(いや簡単やったー!乱子はアホやったー!おっさんがそんな微妙な変化に気付くわけないやん!それに!薄ピンクのリップにそこまで劇的に可愛くさせる破壊力は無い!)
一言も喋っていない華が、心の叫びにより、何故かこの場で一番呼吸が荒くなっていく。
もう我慢できなくなった華が、二人の間に立ち、この場を収めるために動いた。
「あ!あの!二人共!喧嘩は無しで話を進めていきましょうね!」
「華さ、さっきから何を言うてんの?うちが鉄平と喧嘩なんかするはずないやんか。」
「え!?そうなん!?だって…喫茶店での話の流れで今やから…。」
「ちゃうちゃう。ここに来たんはな、鉄平の事務所にうちらを在籍させろって言いに来ただけや。」
「そっかー…良かったー…って!鉄平さん!事務所してるんですか!?」
鉄平は、拭いていたグラスを一旦置いてから華の質問に答える。
「事務所って言うても、所属してる芸人は3組だけやし、芸人の墓場みたいな事務所やぞ。俺が適当に運営してるだけの零細事務所や。」
「そ…そうなんですね…。」
「鉄平!それでもええからうちらガーリー・ロックを入れてくれや!」
「アホか!そんな勿体ないことすんな!素直にカンサイに戻ったらええんや!お前らやったらすぐに結果出して、カンサイもお前らを売り出す路線で対応してくれるがな!」
乱子は鉄平へと近付いていき、カウンターを両手で思い切り叩きながら言い返す。
「それはでけへん!鉄平だって分かってるやろ!華にも勝手に話したみたいやし!」
「華ちゃんにはサラッとしか話してへんわ!それに!お前は絶対いつまで経っても話さんと思ってたからな!」
「そんなもん放っとけや!うちだってちゃんと考えてんねん!」
「いーや!考えてない!どうせお前が考えてる事なんてな!『自分』と『食物繊維』の事だけじゃ!」
「はぁ!?食物繊維!?うちが便秘で悩んでる事を勢いでバラさんといてくれる!?ツルッパゲボーイ!」
「ボーイ言うな!一気にダサくなるやろ!後ツルッパゲやない!坊主や!」
(あかん!このままじゃまた喧嘩になるかも!くそ!あたしも芸人になるんや!笑かしてこの流れを止めたる!)
そう心の中で誓った華は、段々とヒートアップしていく二人を笑いで止めるため、精一杯の変顔で二人の間に無言で割り込んだ。それを見た鉄平と乱子は、可哀想な子に同情するような表情になって黙ってしまう。
「華…どうしたん?なんか…嫌な事あったんか?」
「華ちゃんがおかしくなって全力の変顔するぐらいや。よっぽどの事があったんやろ…。ちょっと待ちや、今優しい飲み物いれたるからな。」
あまりにもスベリ散らかし、華は変顔のまま固まって涙を流している。
笑いが起きると思って実行した作戦であったが、言い合いは止まったので結果オーライだろう。余談だが、この出来事が華の心に大きなトラウマを与え、彼女は死ぬまで変顔をしないと強く誓ったそうだ。
そして、気を取り直して華が話を元に戻す。
「どれだけ小さくても良いんで、あたし達を事務所に入れて下さい!」
「いやな、さっき言うたやんか…勿体ないって。なんでわざわざしんどい道を選ぶんや。」
「違うぞ!鉄平!うちらがカンサイに行ったら余計時間が掛かる!鬱陶しいぐらいの数の芸人が所属してるからな!そんな中、順調にうちらが売れるなんて甘い世界じゃないのも分かってんねん!だから!鉄平の力が必要なんや!『笑いの大教授』と呼ばれた男の!!」
「えっ!?そんな通り名あったんですか!?」
「あるかー!!そんな呼ばれ方した事ないわ!適当に話作んな!何やねん!プロフェッサーて!!」
「なんや…ガッカリ…。」
また王道少年漫画みたいな話になるのかと思って胸高鳴った華だったが、あっさり否定された事により肩を落としている。
すると、鉄平が頭を掻きながら、観念したように乱子に最終的な答えを出した。
「はぁ〜…。しゃーない。仮でええんやったら面倒見たるわ。」
「よっしゃー!」
「ただし!条件がある!ええな!?」
喜んだのも束の間、鉄平から突きつけられた条件が、彼女達をこれから苦しめる事になるのだ。




