第26話 踏み込めない場所
「華、やっぱり解散しよか。」
「はぁ!?何で!?まだコンビ名決めただけやで!ヤリチンが目的済んだら女捨てるみたいやん!」
「華…アイドル辞めたら卑猥な言葉バンバン言うようになったな…。」
「そ…!そんなんちゃうもん!下ネタ好きとかじゃないから!」
お昼過ぎ、乱子と華はアメ村にある古びた喫茶店で話をしている。鉄平から乱子の過去について聞いてから3日経ち、華が乱子に呼び出されていたのだ。
「ほんで!急に呼び出されたと思ったら何でなん!?」
「ごめんごめん、解散は冗談やねんけどさ…この前言ってた事務所をどうするかが全く目処が立たんくてさ…。」
「それはカンサイに戻るって選択肢はないの?」
「それだけは絶対に嫌や!!何があっても戻らへん!!」
鬼の形相でそう言う乱子に、さすがの華もこれ以上この案を押し通す事が出来なかった。鉄平から話を聞いてしまっていたのも原因だろう。
「ほんなら他の大きめの事務所にお世話になるとか?」
「う〜ん…。それが難しいねんな〜…。」
「なんか重大な事情があんの?」
「そうやねん。後から入ったらさ、ほんまはうちの方が芸歴長いのに、しょーもない後輩に敬語とか使わなあかんやん?それは絶対に許されへんやん?」
「しょーもな!!そんなんどうでもええわ!!小さ過ぎるて!!じゃあどうすんの!?アマチュアでやっていくん!?」
「それはそれで、鉄平が言うように限界があんのよなー。アマチュアでは出られへん賞レースが多いからさ。事務所には入っとかな不利やな。」
「ほなどこでもええから事務所入ろうや!!」
「いや、さっきから華の声でかないか…。うっさいおかんみたいやで…。」
これからの芸人人生へのやる気が空回りしているのに加えて、乱子の煮え切らない態度に華は変なテンションになっているのだ。
「だって…詳しい事は分からんけど…乱子にはフラッシークラウンに勝って欲しいし…。」
あわよくば、鉄平から聞けなかった事件の概要を聞こうと、華はフラッシークラウンの名前を出して呟いた。その言葉を聞いた乱子は、舌打ちをしてから天井を見上げる。
「チッ!あのボケカス鉄平め。いらん事喋りおったな。」
「そんな事ないって!乱子がどういう風に芸人の道を歩んできたか…ほんのちょっと話してくれただけで、詳しい事は話してくれへんかった…。」
「そんなんどうでもええ話や。」
「どうでも良くない!あたしも乱子の事もっと知りたいし!あたしだって元相方の希子さんみたいに、乱子を支えていけるような相方になりたいし!」
「希子みたいにはならんでええ!!絶対!!」
華は、本気で怒った乱子の顔を初めて見た。卒業ライブで紫音へ向けていた怒りとはまた違うものであり、怒りの奥側に深い悲しみが隠れているようだった。
「……ごめん……。言い過ぎたわ…。」
華が怯えている事に気付いた乱子は、顔を伏せるように謝ってきた。
「ううん…。あたしも触れられたくないとこに触れてもうたみたいやし…ごめん…。もう聞かんとくな…。」
華も、これ以上乱子の闇の部分に踏み入ってはならないと思って追求するのをやめる。
そこで気まずい空気が流れ、しばらく沈黙が続いたが、乱子が手を『パンッ!』と鳴らして話の仕切り直しをしてくれた。
「よし!1回話を戻そか!まずは事務所や!最終手段で置いてた所をあたってみよか!」
「そんな所あったんや!じゃあそこにお願いしてみよ!」
すると、乱子は早々と目の前にあったコーヒーを飲み干すと席を立つ。華もそれに倣ってすぐに乱子を追いかけた。
そのまま喫茶店の会計は乱子が手早く払い、華がお金を払う隙も与えてくれなかった。それはまるでさっきの希子の話から逃げ出そうとしているように華には思えた。
このままではどこかしこりが残ったままになってしまうと思った華は、先を行く乱子の背に向けて、勇気を出して自分の気持ちを投げかけた。
「いつか…聞かせてな…。これまでの乱子の話…。楽しかった事も…辛かった事も…。あたし…待ってるから。全部受け止めるから。それを信用できるようになったら…話して…。」
それに対して、すぐに乱子から返事は無かったが、しばらくすると乱子は前を向いたまま小さく答える。
「分かった。ありがとう。」
どこか感情のこもっていない返事であったが、今の華には十分であった。
(乱子の傷はやっぱり深いんや…。だから今はまだこれで良い…。ちょっとずつでも近付いていけたら…。)
そして、二人は会話も無く15分程歩く。すると、華の目の前には見知った建物が現れる。
「へ?ここって鉄平さんのライブハウスやんか。」
「そうやで。あいつに話があんねん。」
その言葉を聞いた華は、勝手に話をした鉄平と揉める気で、乱子がここにやって来たのではないかと焦る。
「ちょっ!あかんって!鉄平さんはあたしに気を遣って話してくれただけやから!喧嘩とかしたらあかん!」
「は?何を言ってんねんな。ええから早く行くで。」
「あー!待ってー!」
華の制止など気にする素振りなど見せずに、乱子はライブハウスの中へと進む。
ズカズカ進む乱子に続いて華が中に入ると、そこにはオープン準備のため、バーカウンターでグラスを拭いている鉄平が居た。
乱子と鉄平の二人は目を合わせているが、お互い言葉を発しない。二人の間で静かに歪んでいく空気が、これから起きる波乱を華に感じさせるのであった。




