第24話 乱子の過去
鉄平は、グラスに入った残り少ないビールを飲み干す。それを見たボブが、空いた食器などを持つと、一言だけ残してキッチンへと戻ろうとする。
「ほな俺は戻るわ。おかわりのビールは…すぐに持ってこん方がええな。タイミング見て持ってくるわ。」
「気を遣わせてすまんな。まぁ、乱子が残していきよったビールでも飲んどくわ。」
鉄平とボブのしんみりとした表情を見ていると、華は胸に不安という影が広がるのを感じた。
「あの…なんかめっちゃ重たい話なんですか?」
「重たいっちゃ重たいな。でも、俺が話すのはほんの上澄みの話だけやから。」
そして、鉄平はタバコに火をつけると、ゆっくりと乱子の過去を語り出した。
「あいつはな、高校を卒業してすぐにカンサイの運営する芸人の養成所に入ったんや。」
「あ!知ってます!KCSですよね!カンサイ コメディ スクールでしたっけ?」
「そうや。日本で芸人になって売れたろって思ったらほとんどの人間が行くとこやな。」
カンサイ コメディ スクール、通称KCSは、日本最大の芸人事務所である関西芸能が運営する芸人養成所である。開校してから40年の歴史を持つ養成所からは、数多の売れっ子芸人を輩出し、今でも芸人で頂点を目指す者達にとって欠かせない、重要な出発地点となっている。
「そこで乱子は相方の『希子』と出会うんや。」
「希子さんですか…。どんな人か知ってるんですか?」
「知ってる。俺はその頃KCSの講師をしてたからな。元々俺はフリーで構成作家をやっててな。それでカンサイにおる知り合いに頼まれて数年間だけKCSで働いとったんや。その時、乱子と希子と出会ったってわけや。」
「構成作家さんだったんですか!だから笑いに詳しいんですね!今はやってないんですか?」
「俺も色々見てきてな。あの世界に嫌気が差して辞めたんや。それで今は自分の趣味みたいなライブハウスをしてるんや。若手の芸人のネタの試し斬りとか、バンドマンの練習に丁度ええ場所になればと思ってな。まぁ俺の話はええわ。」
鉄平は、渋い顔をしながらタバコの火を消して話を続ける。
「乱子は天才やった。入学当時から頭一つ抜け出てたわ。笑いの才能だけじゃなく、人を惹きつける才能やな。華ちゃんもそれを感じたはずや。じゃないと、全く畑違いの芸人の世界にすぐ飛び込んでこれるはずない。」
「はい。乱子からは何か凄い輝きを感じるんです。『あ、この人とおったら大丈夫。凄く楽しくなるはず!』って。なんとなく自然と頼ってしまうというか…。」
「そう、それや。その才能っていうのは、努力でどうにかなるもんやない。生まれ持った稀有な才能や。後から手に入れようと思っても手に入らん。」
「じゃあやっぱり乱子は芸人として順風満帆やったんですか?」
華のその質問に、鉄平は悲しそうな小さい溜め息をつく。
「はぁ…。まぁ最初の頃はな…順調やった。乱子と希子は出会ってすぐに『らんきりゅう』ってコンビを組んでん。そら凄かったわ、なんせ希子は乱子を超える天才やったからな。」
「そ…そんなにですか…。」
「希子の才能はな、なんちゅうか…人の心と同化するのが上手かったんや。ツッコミはな、言わば観てる人の代弁者なんや。ボケに対して、観客は心の中で無意識のうちに自分でツッコんどるもんなんや。その言葉に近い言葉でツッコむとドカンとウケる。それが希子はすこぶる上手かった。それに加えて語彙力もあったからな、観客が心の中で思ってる事を上手く言語化する天才やったわ。」
「天才ばっかりやないですか!」
「あの年が異常なだけやったんや。KCSはな、夏が過ぎた頃に実力に応じてクラス分けされるんや。上位、中位、下位ってな。普通はその3クラスだけなんやが、10年に一組だけ現れよんねん…そんなもんに収まらへんような化物がな。そんな奴らが現れた時だけ作られるカーストのトップの事を〝スペシャル〟って呼んどった。」
鉄平が話す内容に、華は自分の胸が高鳴ってきている事に気付く。子供心をくすぐる、王道少年漫画のような話のせいだろう。
「じゃあ乱子達はそのスペシャルやったんですか?」
「そうや。」
「やっぱ乱子は凄いです!」
「スペシャルはな、在学時から色んな賞レースにも出れるし、ヘタすればテレビのバラエティーなんかにも出れるぐらい特別やったんや。」
「順風満帆じゃないですか!どこが最初だけなんですか?」
「さっき、この年だけは異常やったって言うたやろ?乱子らの他に、もう一組スペシャルがおったんや。そいつらのコンビ名は〝フラッシークラウン〟。」
「フ…フラッシークラウン!?あのフラッシークラウンですか!?」
「そらさすがに知ってるわな、飛ぶ鳥を落とす勢いで売れとるから…。そいつらが原因でな…らんきりゅうは解散する事になるんや…。」
鉄平から語られた名前は、芸人にはあまり詳しくない華でさえ知っているコンビ名だった。
そのフラッシークラウンとらんきりゅうに一体何があったのか…続けて話そうとする鉄平の表情は曇っていく一方であった。




