第18話 弱肉強食
乱子と華が作った流れは、もう誰にも止められないと思われた。だが、紫音は作られたアイドルの笑顔で華へと近付くと、わざとらしく抱きついた。
「あはは!やっぱ華奈さんは凄いなぁ!さすが紫音の一番の憧れの先輩です!みんなもそう思うやんな!?二人に拍手してあげてー!」
紫音がそう言うと、フロアから乱子達へ盛大な拍手が送られた。これは、一見盛り上がっているように見えるが、紫音によって強制的に卒業ライブがフィナーレを迎えるように仕向けられている。
アイドルとして華が終わるには、まだ後少しライブを続けなければならないし、華自身も紫音に奪われた時間を取り戻したかった。このままでは、中途半端に卒業ライブが終わってしまう。
この様子を見ていた小林が、悲しそうな表情を浮かべていた。
「やっぱり…紫音ちゃんのせいで…華奈ちゃんがアイドルとして花道を飾る事がでけへんのかな…。」
「あの子の承認欲求は相当なもんらしいな。常に自分が一番じゃないと気が済まんのやろな。芸をするにはそれぐらいの根性無いとあかんけど、あそこまでのは珍しいな。」
「せっかく鉄平さんが連れてきてくれた子が、こんなに助けてくれたのに…。でも、私達スタッフじゃどうしようもなくて…。」
「まぁ!大丈夫やろ!」
「え?大丈夫…なんですか?」
不安そうな小林とは違い、鉄平はこの状況に何の心配もしてなさそうだ。
「乱子がおるからな。」
「あの子が紫音ちゃんよりも上なんですか?」
「紫音って子も才能はあるんやろな。そこにとんでもない承認欲求が重なって、必死で努力して怪物並みに成長したタイプやろ。でもな、乱子は違う。あいつは天才や。」
「天…才…。」
「まぁ見とき。承認欲求の怪物如きが、天賦の芸の才を持つ者に、人を惹きつける力は敵わんって所をな。」
「じゃあ私!華奈ちゃんが最後に歌えるように準備してきます!」
「そうやな!頼んだで!」
しかし、鉄平の予想とは裏腹に、観客はみんな紫音に注目しており、乱子と華の存在感は薄れていくばかりであった。
(あは!やっぱり私が一番やな!ちょっと焦ったけど、無理矢理終わらしたったらこの女でもどうにもでけへんやろ!)
勝ち誇った紫音が、何も言葉を発しない乱子の方をチラリと見る。焦った表情の彼女を想像していたが、それは違った。
乱子は可愛らしいアイドルのような笑顔を作ったまま、華に抱きつく紫音の隣へと無言で移動すると、その紫音に寄り添うように抱きついたのだ。
「はっ!?何してるんですか…!?」
驚く紫音を置いて、乱子と華が紫音を挟み込むような体勢になると、乱子は飛びっきりのアイドルスマイルでピースサインを観客に向けた。
「いやいや!『実はあたしもピンキースカイでーす!』みたいなポーズ取るなよ!無理あるって!」
乱子の行動に、華がすぐに反応してツッコミを入れる。すると、また流れが乱子と華に戻り、劇場では笑い声が上がる。
(な…なんなん…!?この人!私がした行動の美味しい所を全部奪っていく!有り得へん!こんなんに負けたくない!)
紫音は、乱子に負けまいと、キラキラとした笑顔で前に出るが、自分の両隣から、それを超える気配と輝きを感じる。その光は、紫音の輝きを飲み込もうとしてくる。
(嘘や…。私が負ける…。この女にだけじゃない…。華奈さんにまで負ける…。嫌や…嫌や…私が一番なはずやのに…。)
2人の輝きに飲み込まれる紫音からは笑顔が消え、絶望の色が顔を覗かせる。
そんな紫音を心配そうに見ているファンの奥で、鉄平は憐れんだように呟いた。
「舞台の上では喰うか喰われるかや。可哀想やけど、相手が悪かったな。アイドルとしての舞台なら君の勝ちやったかもしれん。けどな、乱子が劇場中を笑いの空気にした時点で君は詰んどったんや。残念やけど、もう終わりやな。」
そして、乱子は輝きを失って呆然とする紫音を舞台袖へと連れて行く。紫音はそれに抵抗する事はなかった。
「ほな後は卒業ライブの続き楽しんでなぁ!」
舞台袖へ消える所で乱子がそう言うと、暖かい拍手が鳴り響く。
そのタイミングで、小林がラストの曲を流し始めた。それに合わせて、完全に復活した華がマイクを手に取る。
「みんなー!色々あったけど今日はほんまにありがとぉー!最後の曲!『パイン&アップル』!盛り上がっていこぉー!」
『ワァーーーー!!』という歓声と共に、華は精一杯のパフォーマンスを始めるが、曲名を聞いた乱子が苦い顔をしている。
「うわ…『パイン&アップル』て…。ダサ過ぎるやろ…。うちには無理やわ…。」
ブツブツと乱子が言っていると、横に居た紫音にTシャツの裾を引っ張られる。
「ん?なんや?文句か?」
「お前は一体…何者なん…?」
完敗を喫した紫音は、乱子を睨みつけながら涙を流していた。




