第17話 形勢逆転
乱子は、一旦紫音から視線を外し、笑顔で華へと手を伸ばす。そして、乱子のおかげで元気を少し取り戻した華は、その手を取ってフラつきながらも立ち上がった。
「ほんで、もう1回聞くけど…お前なんやな、華をこんなんになるまでイジめたんは?」
「イジめ?泣かせる?一体何の事なんですか?私は華奈先輩を応援しに来ただけですけど?」
「それやったら何でうちの相方がこんな事になってんねん!ええ加減にせぇよ!」
「さっきから相方相方って言うてますけど、ほんまなんですか?華奈さんアイドル辞めて芸人になるんですか?」
「あ…いや…まだ相方とかではない…かな…。」
華が相方に関して拒否すると、シーーーンという音が聞こえるぐらいの静寂が劇場を包む。
『付き合ってると思っていたのに、実は自分の勘違いだった』的な感覚になった乱子は、この静寂の中、恥ずかしさで徐々に顔が真っ赤になっていく。
それを見ている紫音が、乱子を指差し笑い出す。
「あははは!顔真っ赤ですけど大丈夫ですか!?物凄く恥ずかしそうですけど!」
「う…うるさいわ!華も華でここは素直に『うん!』って言うとけよ!さっきまでの格好良いシーンが台無しやないか!『うちの相方を泣かせたんは…』とか言うてもうてたのに!」
「ごめんて!乱子がこんな事でそんなに顔真っ赤にするとは思わんかったから!」
3人のやり取りを見て、またフロアから笑い声が上がる。
(また笑いが起きてる…。私が作り上げた空気があの女のせいでおかしくなったやんか…!このままやったら今までやってきた事が無駄になってしまう!)
乱子のせいで乱れた空気を自分の物に戻すために、紫音は早急に乱子を排除しようとする。
「あー。めっちゃ笑かせて貰いました。じゃあ、完全に部外者って分かったんで、さっさと舞台から降りて貰えますか?」
「部外者ではないわ!華を助けに来た友達や!」
「友達て…そんなん部外者と変わりませんから。」
「じゃあお前は何でこんな事するんや!関係者であり、同じグループのメンバーやろ!今までお前らがやってきた事なんかどうでもええ!でもな!華がアイドルグループを卒業する最後ぐらい……ん?アイドルグループ…。あれ?グルー……。」
乱子は、突然変な所で言葉に詰まり出す。
「乱子!?どうしたん!?大丈夫!?」
心配した華が、乱子に寄り添うように身体を近付ける。そこで、乱子は疑問を抱いた顔で華に質問した。
「え?何で華は一人なん?グループじゃなかったっけ?他のメンバーは?」
「嘘やろ!?今このタイミングで傷口抉ってくる!?あたしが独りぼっちなんは察してよ!」
乱子のボケに、華はさっきまでの暗い気持ちを忘れて自然とツッコんでしまう。
『ハハハハハハハハハハハッ!!!』
すると、とうとうフロアから『ドッ!!』という爆笑の渦が巻き起こった。少しずつ、乱子が変えてきた空気が一気に爆発したのだ。
このたった一つのやり取りで、敵だらけだった劇場は一変し、ほとんどの人が乱子と華に注目するのである。
そこで、味を占めた乱子が、自信に満ちた顔で喋りを続ける。
「ってかな!さっきから華とか華奈とかややこしいねん!だからもう間を取ってやな…」
「間を取って…。何にすんの…?」
「………………。」
「いや思い付いてないんか!『とんでもないボケ思い付きましたー!』みたいな顔してたから期待してたのに!」
「待って待って!『な』が最後に付いたらええんやろ!?イケるからイケるから!
えっとー…〝バナナ〟…とかどう?」
「おもんなっ!!」
『ハハハハハハハハハハハッ!!!』
華は、自分の口から出てくるツッコミに驚いていた。乱子のおかげとはいえ、ここまですんなり言葉が出てくるのが不思議でたまらないのだ。
そして、初めて乱子と漫才をした日と同じ様に、客席側から笑いが起こると、熱い風が自分を吹き抜けていく感覚になる。これほどまでの気持ち良さは、アイドルをしていた頃にも味わった事がなかった。
その様子を、フロアの一番後ろで見ていた鉄平は満足気に笑っている。
「ガハハ!やっぱ華ちゃんのツッコミええなぁ!乱子とピッタリやないか!一発目のボケの時、華ちゃんが真剣に心配してたのが効いてるから余計おもろかったな!」
するとそこで、1人の女性が恐る恐る鉄平に話し掛けてきた。
「あの〜、鉄平さんですか?」
「ん?おー!君は確か俺のライブハウスに何回か手伝いに来てくれた子やな!」
「はい!そうです!音響の小林です!」
小林と名乗るその女性は、舞台袖でずっと華に付き添ってくれていた人である。
「鉄平さんが来た時はビックリしました。」
「あー…。あのアホをここに送り届けなあかんかったからな。」
「ありがとうございます。」
「ん?急に何でや?」
「本当に…華奈ちゃんが危なかったんです…。突然紫音ちゃんが乱入してから無茶苦茶やったんで…。」
「あの悔しそうに乱子達を見てる子やな。確かに人を惹きつける凄いオーラ持ってんな。」
「鉄平さんにそこまで言わせるなんて、やっぱり紫音ちゃんは本物なんですね。」
鉄平が紫音に視線を移すと、彼女はこの状況の中でも不気味な笑顔を浮かべているのであった。




