第16話 憤怒の乱子
劇場に居る人達全員が乱子の方に注目する。何かのイベントが始まったのかと勘違いする者も居るが、激怒した乱子の顔を見ると、その考えの間違いに気付く。
「お前らなぁ!うちの…!」
バチーーーーーンッ!!!!
「痛ったぁーーーー!!」
肩で呼吸するほど息の荒い乱子が、また何か叫ぼうとするが、鉄平に頭を後ろから叩かれて邪魔される。
「このボケ乱子!チケットも買わんと飛び込みやがって!お前の分まで払わされたやんけ!払えよ!きっちりチケット代!払えよ!」
「ケチケチすんなや!男やったら女に奢るのが当たり前やろが!ハゲ!」
「ハゲちゃうわ!坊主じゃ!シャンプーもパンテーン使ってるわ!」
「パンティで洗ってるとか…ほんまもんの変態やな…鉄平…。長い付き合いやけど…警察…呼ぶわな…。」
「パンテーンじゃ!どうやってパンティが泡立つねん!」
乱子と鉄平の罵り合いが始まると、周りはザワつきが激しくなる。
その様子を舞台の上から見ていた紫音は、顔付きが先程とは変わり、少し怒りが垣間見える。
「誰やねん…あいつら…邪魔しやがって…。」
紫音は、誰にも聞こえないようにそう呟くと、華の方へ視線を移す。
(チッ!バキバキに心を折ったのに…!あいつらが来てから、また華奈に生気が戻りだしたやんか…!どうにかせんと…!)
そこで、紫音は表情を泣き顔に戻すと、マイクを通して話し出す。
「その人達は誰ですか!?セキュリティの人!早くつまみ出して下さい!」
その紫音の訴えにすぐ反応したのは、セキュリティではなく、紫音のファン達だった。
『紫音ちゃんをまた泣かせやがって!』
『お前誰やねん!どっかいけ!』
『ブスが!』
『みんなでこいつらを外につまみ出すぞ!』
数人の男達を先頭に、紫音のファン達がぞくぞくと乱子と鉄平の所に迫ってくる。
しかし、こんな事で乱子が恐れたり、引いたりするはずがなかった。
「やかましいわ!オタク共!そこをどかんかい!うちは華の所に行くんじゃ!ほんでな、ブスっていうシンプルな悪口言うた奴。そういうのが一番効くねん。だから後でブチ殺すからな。」
乱子から漏れ出る殺気に、元は気弱なオタク達は後退りをしてしまい、自然と舞台へと続く道を作ってしまう。
そこを堂々と歩く乱子は、ある男性の前で足を止める。そして、その行動に驚いて目を逸らす男性を、乱子はそのまま思いっ切り睨みつけた。
「え…なん…ですか…?」
「お前やな。うちの事ブスって言うたん。」
「ち…!違います!僕じゃないです!」
「お前みたいなメガネで天パで細身な奴はな、今みたいにコソコソと後ろから悪口言うんや!」
「そ…そんなん!む…無茶苦茶やないですか!」
「で、どないやねん。近くで見た乱子ちゃんの顔は?」
「か…可愛いです…。」
「やろ?しゃーない、許したろ。でも次言うたらその天パをシルバーに染めて、『スチールウールたかし』って名前でデビューさせるからな。」
「僕…ひろしです…。」
「たかしでもひろしでもどっちでもええわ!横山か!」
この辺りから、少しずつ劇場内の空気が変化し始める。初めは乱子に敵意剥き出しであった紫音のファン達からも、クスクスと笑い声が上がり始めていたのだ。
そして、また歩き始めた乱子の前に、3人の男が道を阻んできた。
「なんや?」
彼らに警戒した乱子が睨みを利かすと、一人が前に出てきて悔しそうな顔をしながら話し出す。
「僕ら、華奈ちゃんを初期の頃から推してきたオタクなんです。でも、さっきから責められる華奈ちゃんを救う事がでけへんくて…!どうか…どうかヘタレな僕らの代わりに華奈ちゃんを助けてあげて下さい!」
そう言うと、とうとう3人共涙を流し、悔しさで拳を握りしめている。
「任せなさい。」
そんな彼らに、乱子は一言だけ告げて、男性の肩をポンッと叩くと前へ歩き出した。
そして、乱子は舞台に着くと、迷わず舞台に上がり、すぐに華に寄り添った。
「華…大丈夫か?」
「乱子…来てくれたん…?お笑いライブは…?」
「うちの代役を先輩に頼んできた。だからこっちは何も心配せんでええから。それよりも、何回掛け直しても電話でーへんからこっちが心配したやんか!」
「ごめん…。もう…頭ゴチャゴチャになってて…。」
そこで、華と乱子の会話に、不機嫌そうな紫音が割り込んでくる。
「あのー。どちら様か知りませんけど、部外者は出ていってくれますか?せっかくのライブが台無しじゃないですか。」
その言葉に、乱子はゆっくりと立ち上がると、振り向きざまに、今までで一番怒りの籠もった目で紫音を睨みつける。
「お前か…うちの相方を泣かせたんは…。」
乱子の放つ凄まじい怒気に、さすがの紫音もいつもの憎まれ口は出てこなかった。




