第15話 地獄に射す光
華は、無意識の内に乱子へと電話を掛けていたが、乱子は出なかったため、スマホを棚の上に置いて、その場でうずくまった。舞台の方から、鬱陶しいほどの歓声が耳に入ってくる。
(ダメ…だ…。乱子も今日はお笑いライブがあるって言ってた…。あたしで…なんとかしなきゃ…。でも…こんな状況でどうしたらええの…。)
どうにもならないこの状況に、華が打ちひしがれていると、馴染みの女性スタッフが心配して声を掛けてきた。
「華奈ちゃん、大丈夫?これは一体どういう事なん?突然紫音ちゃんが現れて、サプライズイベントだから対応してって言われたから私らも動いてるけど…。」
「なんなんですかね…。あたしも分かんないです…。」
「華奈ちゃん…。この後どうするか聞いてる?当然また舞台に戻るやんな?」
女性スタッフのその質問に、この先が分からない華は答えられない。
その時、棚に置いた華のスマホが着信を知らせるために光っているが、マナーモードにしているため、華は気付かない。
「とりあえずこっちの椅子に座り!少し休んだらタイミングを見て舞台に戻れるようにしよ!」
「は…はい…。」
見かねた女性スタッフが、華を舞台袖の椅子へと座らせる。憔悴しきった華は、スタッフの肩を借りなければ歩けない程だった。
そして、椅子に座って落ち着こうとするも、様々な感情が渦巻いて、華は冷静さを取り戻す事ができないでいる。
(分からん…。分からん…。あたしは今なんでこんな所で座ってんの…!あたしの卒業ライブやのに…!どんな事されてもここまでやってきたのに…!)
恨み、嫉妬、怒り、それらが華の心を蝕んでいく、このままでは負の感情が合わさって殺意に変わるのも時間の問題であった。
華が、自分を抑えるために頭を抱えていると、曲が終わったのだろうか、舞台の方から聞こえていた音楽が止んだ。
「華奈さーーん!そろそろ戻ってきませんかぁ!?」
耳障りな声が自分を呼んでいる。それに反応した華が、虚ろな目でゆっくりと舞台の方へと歩いていく。
「華奈ちゃん!大丈夫なん!?」
付き添ってくれていた女性スタッフが心配して声を掛けるが、声が届いていないのか、それを無視して華は舞台上の紫音の隣へ向かった。
華が舞台に戻っても、フロアからは歓声は無く、どよめきが起こっただけだった。
「あ!来た来た!華奈さん!もうライブも終わりの時間が近付いてきましたよ!どうするんですか?グダグダじゃないですか!しっかりしないと!」
「どう…する…?グダグダ…?しっかりしろ…?」
紫音の人をバカにしたそのセリフに、とうとう華の抑えていた感情が爆発する。
「全部!全部あんたのせいやんか!今日のライブをグチャグチャにしたのもあんたやし!あたしのアイドル人生を壊したのもあんたや!何がしたいん!?もうええやんか!あんたの前からあたしは消えるんやから!最後ぐらいそっとしててよ!」
「え…怖…。何なんですか…急に大きな声出して…。紫音はただ華奈さんの最後を盛り上げたかっただけやのに…。」
ここぞとばかりに、紫音は華の怒声を受けて泣き始める。それを近くで見ている華には、紫音が演技をしている事が丸分かりだった。
「また…そうやって…あたしが悪者みたいに仕立てて…」
このままでは、また紫音の術中にハマってしまう。それだけは避けなければと、華は必死に考えを巡らせるが、それよりも早く、フロアから紫音を庇う声が上がり始める。
『紫音ちゃんを泣かせるなぁーー!!』
『そうだそうだ!謝れ!!』
『しおーーん!頑張れぇ!!』
悪魔の所業であった。死に体の華に向けて、まだこれだけの攻撃を促すなんて、人間には到底できないだろう。
もう、どうにもできない状況に華は立ち尽くしていた。そこで、紫音から視線を感じ、ふと彼女の方を見る。
すると、顔を覆う手の隙間から、紫音が悪意に満ちた笑顔を見せてくる。
それがトドメとなり、華は糸の切られた人形のように、無表情でその場でへたり込んだ。
この地獄のような様子を、フロアの後方から隠れるように見ている女性が居た。深々とニット帽を被り、マスクにサングラスをかけているその女性は、華を心配して駆け付けていた里菜であった。
周りに気付かれてはならないため、里菜は静かに涙を流しながら、その様子をただ見ている事しかできなかった。
(華奈を助けなあかん…!この場であの子の味方は私だけやのに…!でも…私が今出たらどうなるか…。ピンキースカイが終わってしまう…!それでも…友達の私が手を伸ばさな…華奈が…!)
現在を取るか、未来を取るか、里菜の中で大きな葛藤が起きる。そのせいで、里菜が行動に移せないでいると、周りの華を罵倒する声がどんどんと大きくなっていく。
このままでは、暴動に近い事が起きるのではと思われた瞬間だった。
「お前ら全員うっさいんじゃーー!!!1回黙れやボケカス共ーー!!!金玉蹴り上げんぞ!!!」
フロアの罵声を全て掻き消すような女性の大きな声が、無法地帯となっていた劇場中に響き渡る。
とんでもない力の籠もったその声は、一気にこの場を支配した。
その声が聞こえてきた方角へ、華はゆっくりと顔を向ける。そして、そこに立っている女性を見て、虚無により無表情だった華の顔が、段々とクシャクシャになり、涙が溢れてくる。
「…乱子…。」
華がポツリとそう呟くと、彼女の真っ暗闇だった心に、ほんの小さな光が灯る。




