第13話 悪魔は悪夢を見せ続ける
華は、気持ちがザワついたままリハーサルを終える。紫音が前夜言っていた事が、木村からの情報により合点がいった。桐原によって、華がアイドルがもう続けられないという事を示唆していたのだと。
(飲み込まれたらダメだ…。あたしはこの卒業ライブを成功させて、必ず違う場所でアイドルを続けるんや。負けたく…ない…。)
華は、舞台裏で座りながら意識を集中させる。そうしていると、いつの間にか華の両手は、神に祈るかのような形で握られていた。
そして、開演10分前になり、華は舞台袖からコッソリと劇場のフロアを覗き込む。そこには、華の予想を超える人数のファンが駆け付けてくれていた。だが、華はある違和感に気付く。
(初期の頃からずっと応援してくれてたファンのみんなが来てくれてる。でも…知らない顔も多い…。いや…あたしのファンより多いかもしれへん…。SNSを見て来てくれた新規の人達なんかな?)
古参のファンに混じって、見知らぬ顔に不安を覚える華であったが、その謎が解ける前にスタッフから声が掛かる。
「華奈さん!もうすぐ開演します!準備よろしくお願いします!」
「はい!分かりました!」
そして、華は暗闇に包まれた舞台の中央に立つ。目を瞑り、今までの努力と思い出に力を貰う。
(よし!先の事を今あーだこーだ考えたって仕方ない!あたしは今このライブを成功させる事に集中するんや!)
その瞬間、ピンキースカイの初オリジナル曲のイントロが劇場に鳴り響くと、それと同時に照明が華を照らす。華が初めてセンターを飾った思い出深い曲だ。
舞台でキラキラと輝く華の姿を見て、フロアからは大きな歓声が上がった。しかし、先程華が確認した人数にしては、少し物足りないと感じてしまう。
その理由が気になったが、華は深く考えないようにして、今は全神経をアイドルとしての自分に注いだ。
そこからは、何事も無く順調に進んでいき、とうとうライブは終盤に差し掛かる。
そこで、予定通り一旦音楽は止まり、照明も華を照らす一つだけになって薄暗くなる。そして、華は舞台のギリギリ前まで進むと、流れる汗を拭うこと無く、自分の気持ちを伝えるためにファンへ真っ直ぐな気持ちをぶつけた。
「みんな…今日は来てくれてほんまにありがとう…。そして、こんなあたしをずっと応援してくれてありがとう…。たった一人で…こんな形の卒業ライブになってしまったけど…」
『ワーーーーーーーッ!!!!』
華がまだ話している最中に、何故かフロアから大きな歓声が上がる。それは、今日ライブで起きた中でも一番大きな歓声だった。
その出来事に、華は目を大きく見開き、驚きながらフロアの方を凝視する。すると、歓声を上げているのは見知らぬファンばかりであった。華のファンは、その歓声を上げている人達に向けて怒りの眼差しを向けている。
華は、自分を見ずに盛り上がっている人達の視線をゆっくりと辿る。
「え…ちょっと…どうしたん…?…はっ!?」
そこで、やっと華はこの異常事態の原因に気付いた。それは、舞台袖から顔を覗かせる紫音によって起こされていたのだ。
「あー!!バレちゃった!?ごめんなー!先輩の華奈さんのライブをコッソリ見届けに来ただけやのにー!」
「し…紫音…。なんでなん…。」
落胆、絶望、喪失、恐怖、様々な負の感情が一気に押し寄せて、華の両手はダラリと力が抜けてしまい、マイクも床に落としてしまう。
マイクの落ちた『ガガーーン!!』という音で、劇場が一瞬静寂に包まれる。
そして、そのタイミングで紫音は舞台の上へと出てくると、マイクを片手に放心状態の華へと近付く。その姿は、私服などのプライベートの服装ではなく、新調された紫色のアイドル衣装であった。この姿からして、この事態は最初から企んでいたのだと分かる。
「なんでって事はないじゃないですか!先輩の花道を飾るのが後輩の務めでしょ!」
「心にも…無い事を…!」
マイクを通していない華の声はフロアに届かないが、紫音の献身的な言葉はファンへと伝わり、また劇場が歓声に包まれる。
「さて!この話はちょっと置いといて!ここで紫音から重大発表があります!なんと!私が里菜さんとダブルセンターを務める新曲のサプライズライブが!この後18時からストロベリーホールで行われます!みんな来てねー!」
ストロベリーホールとは、大阪で活動するアイドルがみんな憧れる大型のコンサートホールである。
『し!お!ん!し!お!ん!し!お!ん!』
紫音の突然の告知により、ファン達の紫音に対しての盛り上がりは抑えきれなくなっている。逆に、華のファン達はその勢いに押されて小さくなってしまった。
そんな中、呆然としたまま、フラフラとした足取りで華は舞台袖へと消えていく。その姿を、紫音がバカにしたようにニヤつきながら見送る。
「あ!華奈さんは少し休憩に入るみたいでーす!そしたらぁ〜ここは私が歌って盛り上げようかな!良いやんな!?」
『良いよーーー!!!』
ここで、紫音に卒業ライブを完全に乗っ取られ、台無しにされた華は、全くの無意識で、舞台袖に置いてあったスマホを手に取り操作する。
「誰か…助けて…。お願い…。」
スマホの画面に表示された『乱子』という文字の上に、ポタ…ポタ…と、華の悔し涙が零れ落ちる。




