第12話 何度も崩される夢への道
次の日から、華は劇場スタッフとタイムテーブルや、ライブ内容の話し合いなどをたった一人でこなし、自分で出来る精一杯の事をしようと奮闘した。これらの事は、勇気を与えてくれた乱子のおかげだと、心の底から感謝をしながら前へと進んでいた。
そして、ライブ前日の夜、ピンキースカイが借りているレッスン場で、華が卒業ライブの練習を一人でしていると、そこへ紫音がやって来た。
「華奈さん。何をしてはるんですか?」
「何をって…卒業ライブの練習やけど…。」
華を見下すように話し掛けてきた紫音から、凄まじい圧力を感じ、華は押し潰されそうになる。
「紫音こそこんな時間にどうしたん?」
「私はただ忘れ物を取りに来ただけです。そしたら音楽が聞こえたんで。」
「そうなんや。お疲れ様やね。」
華は、紫音との会話を早めに切り上げたく思い、そう言うと、鏡の方へ振り返ってダンスの練習の続きを始めようとする。
「お疲れ様って…。それは華奈さんじゃないですか。アイドル…ほんまにお疲れ様でした。」
嘲笑を含んだような紫音の言い方に、頭にきた華は、珍しく怒りを滲ませた表情になる。
「どういう意味?あたしは確かにピンキースカイは卒業するけど、アイドルを諦めたつもりはないんやけど。」
「あー…。怒らんといて下さい。そんな深い意味で言ったわけじゃないんです。でも…ほんまにアイドル続けられるんですか?」
「続けるよ!あたしがちゃんと輝ける場所でアイドルをする!小さい頃からの夢やった『みんなを笑顔にする』アイドルになるんや!」
「そうですか。じゃあ私はこれで失礼します。」
華の熱い想いに全く興味がないのか、紫音は華の発言をスルーして、そそくさとレッスン場の出口へと向かう。そして、紫音はドアノブに触れた所で、ゆっくりと華の方へと振り返り、またさっきの様に見下す笑顔を見せる。
「華奈さんはもう…アイドルにはなれませんよ。桐原さんがおる限り…。」
「ちょっ!どういう事なん!?」
紫音の発言の意図が分からず、華が怒りに任せて勢い良く問うが、それを無視して紫音はドアの向こうへと消えていった。
「ほんまに!なんなん!最後の最後まで!あたしは絶対にアイドル諦めへんから!!」
華は、自分に関わる人達を笑顔にするという夢を必ず叶えると、心の中で強く誓うのだった。
――卒業ライブ当日、華は会場である日本橋にある小さな劇場へと足を運ぶ。劇場は小さいが、ピンキースカイが初めてライブを行った場所であり、それからも度々お世話になった思い出深い場所である。
14時開演に向けて、リハーサルを行うためにお昼前に劇場へと到着する。すると、劇場の入口前に、紺のスーツを着た爽やかな若い男性が立っている。
その男性は華を見つけると、笑顔で大きく手を振って挨拶をしてきた。
「おーい!華ちゃん!おはよう!」
「おはようございます!木村さん!」
華が木村と呼ぶその男性は、3つの地下アイドルグループを扱う中規模事務所の敏腕マネージャーだ。ピンキースカイを卒業した後の事を、華は木村に相談していたのである。
「木村さん、来てくれてありがとうございます!」
「何を言ってんの!華奈ちゃんの卒業ライブやったらすぐに駆け付けるに決まってるやんか!」
「ほんまに嬉しいです…。それで、相談してた事ですけど…。」
「あー…。うちの事務所のどれかのグループに移籍する話やんな…。実はな…。」
木村の明るかった顔が、みるみるうちに暗く沈んでいく。
「実は…社長に華奈ちゃんの事を頼んでみたんやけど…。うちで受け入れるのは無理やと断られたんや…。」
「え…。そ…そうですか…。仕方ないですよね…。年齢も年齢で…目立った結果を残したわけでもないですし…。」
「いや、ちゃうねん。華奈ちゃん自身に問題があるわけやないねん。ほんまやったらすぐにでも移籍して欲しいのが本音や。でもな…ある男が裏で糸を引いてるみたいなんや…。」
『ある男』と聞いて、華はすぐに桐原の顔が浮かぶ。
「桐原…さんですか…?」
「うん…。大小関わらず、色んな地下アイドル界隈の人間に声掛けてるみたいやわ…。『華奈を入れるな』って…。ほんま、何の力にもなれんでごめんやで。」
桐原はどこまで人の人生を無茶苦茶にすれば気が済むのか。巨大な権力の壁に、また夢の道を防がれた華は、怒りを通り越して恐怖の気持ちが芽生えだす。
だが、木村に迷惑や心配を掛けまいと、必死で笑顔を作って空元気で華は答える。
「木村さんは謝らんといて下さい!あたしはあたしでどうにかアイドルを続けますから!その代わり、何かあった時は相談に乗って下さいよ!」
「も…!もちろんや!今日も精一杯応援してるからな!諦めたらあかんで!」
「ありがとうございます!じゃああたしはリハ行ってきます!」
「いってらっしゃい!」
そして、華は木村に背を向けると同時に笑顔が消え、溢れそうになる涙を必死で堪える。そして、何とか劇場の中へ入ろうとした華が入口を見ると、彼女にはそれが、禍々しい悪魔が大きく口を開いているかのように見えた。




