第26話 初心者向け異界:辛口 八日目 専用施設1 その6
「さて、農場の作物とレストランはまだかかるから、次は釣り堀と牧場かな」
「その二つだと、基本的にまだ何もないはずの牧場が先かしらね~」
「そうですね。釣り堀は釣りを始めると、いくらでも時間を使いそうですし」
売店の確認を終え、次の施設を決める正樹たち。
とはいえ、方向性は違えど何をするにも時間を取られるのが正樹の専用施設だ。
それを踏まえて、設定関係が必要そうな牧場から確認することにする。
「牧場って、どんな動物を飼育できるんでしょう?」
「今のところは普通の牧場と同じ、らしい」
「あの、普通の牧場の定義が分かりません……」
「だよね……」
思っていたことを、佑梨に突っ込まれる正樹。
一口に普通の牧場と言っても、観光牧場と畜産を行っている牧場とでは違う。
さらに言えば、日本とアメリカとヨーロッパでも違うし、ヨーロッパと言えどもスイスのような高山地帯や北欧諸国のような豪雪地帯と地中海沿岸ではまた違うだろう。
それらをまとめて普通の牧場とひとくくりにするのは、さすがに乱暴すぎると言わざるを得ない。
「何をどう設定できるか見て、どういう感じか判断するしかないでしょうね~」
「うん、まあ、それはそう」
命の当たり前かつざっくりした言い分に、苦笑しながら同意する正樹。
将来的にどうかは不明だが、現時点では専用施設内にある各種施設は、直接中に入らないとどんな仕様になっているかも分からず、設定も操作もできない。
ヘルプも一度操作してみないと情報が更新されないので、結局は直接見てみないと何も分からないのだ。
「うーん……。牧場で本格的に何かやろうと思ったら、次のレベルまで上げてから、素材を使って設備をいくつか解放しないと厳しいみたい」
「そうなんですか?」
「うん。今できるのは、鶏かヤギの平飼いぐらいっぽい。効果としては、鶏は肥料として鶏糞が手に入るのと、ごく低確率で卵が手に入ること。ヤギは農場公園内のアイテムにならない雑草の発生率低下らしい。で、飼育できるのは現状、どっちか一種類だけ」
「その組み合わせだと、鶏のほうが丸いかしらね~」
「だよね。ちなみに、牧場のレベルをあげないと、つがいができても増やせない」
ざっとチェックした仕様をもとに、そんな話をする正樹たち。
結局、初回の家畜は素直に鶏を選ぶ。
「鶏糞の処理とかはどうなってるのかしら~?」
「……自動っぽい。餌も、今の時点では勝手にあっちこっち行って、いろんなものをついばんで腹を満たすみたい」
「なるほどね~。となると、卵は当面、質のほうも期待できないわね~」
「だろうね。ちなみに、サルモネラ菌とかは発生しない、安全安心な卵だって」
「そこは専用施設の強みね~」
鶏を指定したことで増えたヘルプを読み、命の質問に答える正樹。
農場もそうだが、基本的に持ち主である正樹の手を煩わせることはほぼない代わりに、品質を上げるにはとにかくジョブとスキルを取得し、施設ともどもひたすらレベルを上げつつ繰り返し多数の生き物を育てて熟練度を伸ばすしかない。
施設の使い方そのものは甘やかし仕様なのに、結局持ち主は楽をさせてもらえないようだ。
「で、鶏を指定した時点で特殊機能がアンロックされて、農家と酪農家のジョブが固定される代わりに、セットした時点でジョブソケットが固定された分だけ増えるっぽい」
「その流れだと、レストランで料理人が固定されそうですね」
「そうだね。多分、神様がレストランを優先しろって言ったのも、そのあたりが理由じゃないかな」
「ああ、そうかもしれません。まあでも、たぶん他にも理由はあるでしょうけど」
「あの神様だしなあ……」
追加機能を見て、そんな推測をする正樹と佑梨。
推測通りレストランで料理人が固定された場合、正樹のジョブソケットは丸々全部未使用となる。
こうなってくると、いい加減どんなものでもいいから、本気で新しいジョブが欲しいところである。
「この種の大型専用施設は、生産関係もだけどジョブを維持したままソケットが空くのが本当に強いのよね~」
「どう考えても、そのうちジョブソケットは足りなくなりますからねえ……」
「そうそう。しかも大抵、やりくりが必要になりだしたころには、どれもヘタに外せないぐらい育ってる上に、フリーソケットも結構ぎりぎりだったりするのよね~」
他のメモリーと違い、クラスとジョブは習得状態になってもソケットが空かないだけあって、効果が強い上に範囲も広い。
対象が限定されるとはいえ、それが習得済みアビリティなどと同様に外さなくてもソケットが空くというのは、考えるまでもなく強い。
「とりあえず、今のところこれ以上ここでできることはなさそうだから、釣り堀のほうに行ってみようか」
「そうね~」
「どんなものが釣れるんでしょうか?」
「分かんないけどまあ、何も釣れないほどシビアではないはず」
そう言いながら、釣り堀というよりは池と言ったほうが正しいエリアへ移動する一同。
釣り堀は、名前詐欺もいいところだと言いたくなる施設であった。
「……なんで、レベルをあげると川が解放されたり、渓流下りができるようになったりするの……?」
「あ~、これは水関係のアクティビティ全部、釣り堀って名前で雑にまとめてるわね~」
「そのまとめ方もどうなんでしょうか……」
解放可能な施設内施設や設備を見て、そう突っ込むしかない正樹。
釣り堀は、レベルをあげていくと釣れる魚の種類や大きさが変わる、なんて分かりやすい機能だけではなく、本当にいろいろな機能が詰め込まれていた。
「まあ、なんにしてもまずは、一度釣ってみましょうか~」
「……だね。えっと、釣り関係の仕様は……。なるほど、釣りそのものは誰でも無料、僕は全部の施設を無料で使える。佑梨ちゃんは固定パーティだから釣り竿のレンタルは無料だけどそれ以降は報酬ポイントが必要、命さんは釣り以外全部有料。設定で、指定した人は全部無料とかも可能、か」
「他の施設も、そういう感じなんでしょうか?」
「多分そうだと思う。まあ、佑梨ちゃんは一蓮托生だから全部無料、命さんも……」
「私は普通に有料で大丈夫よ~」
設定画面を見つけて、この場にいる人間は全部無料にしようとしたところで、命が正樹を止める。
「いいの?」
「ええ、問題ないわ~。というより、無料にされるほうが困るのよ~」
「というと?」
「私たち管理人はね~、異界に迷い込んだ人の面倒を見ることでいろいろと報酬をもらってるのよ~。で、その報酬をもらう条件の一つにね~、できるだけいろんな形で報酬を渡し、特別な事情がなければ支払いが必要なことは全部応じることていうのがあってね~」
「こういうことで支払いが必要なら、絶対に払え、みたいな感じ?」
「ええ、そうなのよ~。そうやって、迷い人の成長を促すのも、私たちの仕事だからね~。そのための経費として、大量の報酬ポイントももらってるしね~」
管理人業務に関するそんな事情を、さらっと説明する命。
なお、言うまでもないことかもしれないが、迷い人というのは正樹や佑梨のように、異界に迷い込んだ人たちを管理人が呼ぶときの総称だ。
今まで命がこの呼び方をしなかったのは、それが必要な説明をする機会がなかっただけである。
「という訳で、何かのお祝いとか以外は、普通に料金を支払うわね~」
「了解。まあ、今のところ、そんなすごい値段のものはないっぽいけど」
「釣り竿セットも、今ある分は全部1報酬ポイントですしね」
そう言いながら、釣り竿を適当に選ぶ一行。
と言っても、現在選べる釣り竿は釣れやすさに補正がかかるとかそういう機能はなく、せいぜい竿の長さぐらいしか選択肢はないのだが。
「仕掛けまで選べるわけじゃないのね~」
「レベルをあげて設備を解放しなきゃだめっぽい」
「他の施設もそうでしたし、ここも必要最低限だけなのは不思議でもなんでもないですよね」
「そもそも、釣り堀にこんな拡張機能があると思ってなかったから、それが一番意外だったよ」
「そうね~。普通に考えて、釣り堀なんてレベルで変化するのは、数が増えるか魚の種類が増えるか、後は竿の組み合わせとかつかみ取り的なのが追加されるぐらいよね~」
そう言いながら、釣り竿と釣り餌セットおよびバケツを手に、お互い邪魔にならない程度に距離を置いて池に並ぶ。
そのまま釣り餌セットに入っていた練餌を釣り針につけ、適当に竿を振って投げ込む。
「さて、記念すべき最初の一匹は、誰が何を釣るのかしらね~」
「普通に考えて、いろいろレベル高そうな命さんだと思うけど」
「ですよね。少なくとも、釣りそのものが初めてでスキルも持ってない私じゃないとは思います」
「それはどうかしらね~」
「ビギナーズラックっていうものもあるし、そもそも僕の場合、スキルがあるって言っても未習得状態だし」
「……なんか、神様まで『このパターンは、佑梨が変なものを釣るのがある種のお約束』とか言い出したんですけど……」
「「あ~、あるかも」」
守護神の言葉に、思わず声をそろえて納得の声を上げる正樹と命。
そもそも、この会話の時点ですでにフラグが立ちまくっている。
「……かかりませんね」
「こんなものだと思うわよ~」
「釣り堀って行ったことないけど、さすがに投げ込んですぐにかかるわけじゃないよね?」
「場所によりけりみたいだけど、まあそれでもこれぐらいの待ち時間だったらおかしくはないと思うわよ~」
釣りを始めて一分ほど。全くあたりがない竿を見ながらぽつりと言う佑梨。
そんな佑梨の言葉に、釣りで一分ぐらいならよくあることと言い切る命と正樹。
そもそも、解放したてで最低ランクの釣り堀だ。バカスカ釣れるような設定になっているかどうかも怪しい。
そんなこんなをしていると、佑梨の竿がぴくぴく動く。
「あっ」
「魚がつついてるわね~」
「もう少し待って、あからさまに引っ張られだしたらリールを巻けばいいよ」
「はいっ! ……来ました!」
「がんばれ~」
散々立てたフラグが仕事をし、佑梨の竿に魚だと思われる何かがかかる。
それを見ての正樹の助言に従い、大きく引っ張られ始めたところでリールを巻く佑梨。
結構強い引きに苦労しながらちょっとずつリールを巻いていくと、だんだん魚の姿が見えてくる。
その魚と思われる何かを見て、三人が絶句する。
「……なんですか、これ……」
「……魚の切り身に見える、というか、切り身にしか見えない……」
「……多分、サケの切り身かしらね~……」
必死になって釣り針から逃れようと暴れまわる、サケの切り身っぽい何か。
その不気味な姿に、思わずうめく佑梨、正樹、命。
さすがの命も、魚の切り身が普通に泳いで、ダイレクトに釣れるとは思わなかったのだ。
何が不気味かといって、どう見ても切り身なのに、挙動は普通の釣られそうになっている魚と同じという点だろう。
切り身は切り身らしく、動くにしてもせいぜい、生け作りの時のごとく端っこのほうがピクピク震える程度にしてほしいものである。
「……とりあえず、逃げられる前に釣り上げちゃいましょ~」
「……あっ、そうですね」
命に言われて、慌ててリールを巻いて釣り上げる佑梨。
針を外してバケツに入れようとして、手元を狂わせて切り身を足元に落としてしまう。
「……ぴちぴち跳ねてるわね~」
「……跳ねてますね」
「……なんか、突っ込んでたらきりがない気がしてきた……」
足元で跳ね回る切り身を見て、悟りの境地に到達しそうになる三人。
正樹の言うとおり、気にしていてはきりがないと判断して、逃げられる前に切り身を拾い上げる佑梨。
拾った瞬間、切り身がメモリーに化ける。
「……メモリーになりましたね……」
「……つまり、素材として使えるってことか……」
「……そうなるわね~……。って、私のほうも何かかかったみたいね~」
「あっ、こっちも」
佑梨が釣り終わったタイミングで、命と正樹の竿にもあたりが来る。
慌てて釣り上げようとして、命の表情が変わる。
「なんだか、すごく大物っぽいのがかかってるわね~」
「あ~、そうなる気はしてた」
「むしろ、スキルとかの差を考えると、命さんがある程度すごいのを釣ってくれないとっていうのはありますよね」
「うん。っと、もうちょいで僕のほうは見えてきそう。……って、なんで一枚貝……?」
命が激闘を繰り広げている横で正樹が釣り上げたのは、アワビに似た形をした一枚貝であった。
「あの、そもそも貝って、釣り竿で釣れるものなんですか?」
「さあ……。普通釣れないと思うけど……」
「サケの切り身が釣れてる時点で、そこを気にしてもしょうがないと思うわよ~」
「「ああ、それはそう」」
またしても釣れた妙なもの。それに対する命の突っ込みに、声をそろえて納得する正樹と佑梨。
なお、釣れた貝もちゃんとメモリーに化けている。
その間に、命のほうもそろそろ勝負が佳境を迎える。
「もうちょっと、もうちょっとでいけそうね~……」
何度もリールを巻いては緩めを繰り返し、ちょっとずつ弱らせてかかった獲物を釣り上げようとする命。
そうやって相手を徐々に引っ張り上げ、ついに水面まで手繰り寄せる。
「……え~……」
「……自転車って、釣り竿が持つんですね……」
「……というか、自転車が魚みたいに抵抗してる……」
「……まあ、そこは、サケの切り身もそうだったし、何の不思議もない気はするわね~」
そう言いながら、ガッシャンガッシャン暴れまわる自転車を釣り上げる命。
こいつはサケの切り身と違い、針を外した時点でメモリーに化ける。
「……結局、三人そろってまともな魚は釣らなかったね……」
「……そもそもこの釣り堀、ちゃんとした魚は釣れるんでしょうか?」
「……さすがにちょっと不本意だし、もうちょっと釣ってみようか~」
「そうだね」
「そうですね。ちゃんとした魚が釣れるかどうか確認しないと、かなり不安ですし……」
あまりにあれな釣果に、満場一致でちゃんとした魚が釣れるまで粘ることを決める正樹たち。
結局、佑梨がフナを釣り上げるまで、空き缶や長靴、骨だけの魚などの定番から家電や原付バイク、果ては古代生物まで、一時間にわたって様々な変なものを釣り続ける三人であった。
書いてて本気で普通の牧場ってどれを指すのか悩んだ件について。
後、さすがにこんな規模の施設、実質全自動じゃなきゃ異界攻略しながら管理運営なんてできないと思うのですよ。
問題は、この施設を運営するためのリソース、どこから湧いて出てきてるのか作者が思いついてないので、一切不明な点。
まあ、ゲームに出てくるこの手のいつでも一瞬で移動できる個人所有物件って、大体そこらへんがふんわりしてるので、深く考えたら負けなのでしょうけど。
変なものでいいのが思いつかず、結局どこかで見た普通に泳ぐサケの切り身にした件について。
多分、ブリとかタラとかの切り身も泳いでるんだぜ、淡水湖のはずなのに。




