第23話 初心者向け異界:辛口 八日目 八日目開始
「今日は採取ポイントと宝物庫の宝箱を全部回収したら、一度神社に戻ってから嫌な気配がするほうに行ってみたいんだけど、どう?」
八日目の朝。朝食を食べながら、正樹が今日の予定についてそんな希望を言う。
「別にそれは構わないんですが、多分全滅しますよ?」
「うん、まあそうだと思うけど、具体的に嫌な気配がどういう状態になってるかは、確認しておいたほうがいいんじゃないかって思ってさ」
「ああ、そうですね。どうなってるかを見ておかないと、対策とかも考えられないですしね」
正樹が言った理由に、佑梨が納得する。
言うまでもないことだが、二人とも死なずに済むなら死にたくはない。
が、相手が相手なので、待ち構えられてしまうとまったく死なずに突破することなど絶対に不可能だ。
ならば、方針を決めるためにも、嫌なことは早めに済ませておくに越したことはない。
「そうね~。ちょっとパワーアップが続いてるし、一度軽く試練を消化しておいたほうがいいかもね~」
「「ですよね~……」」
命の言葉に、声をそろえてそう返す正樹と佑梨。
正直な話、スライム退治の苦労に見合ったパワーアップなのかというと首をかしげるしかないところだが、それはそれとして追加の試練が怖いのは間違いない。
「そういえば、畑の確認とかはいいの~?」
「釣り堀とかは全滅した後でいいかなって。あと、畑は朝ちょっと見たら、栽培可能数が上限に達しましたって表示とタイムカウントが出てたから、連続で栽培できる回数に限界があるっぽい」
「解放したてのわりに便利で強力だと思ったら、そういう制限があったのね~」
「うん。ヘルプを見る限り、農場全体のレベルとか農業系のジョブとスキル、畑のレベルに僕自身の総合的な能力でいろいろ変わってくるらしい」
「妥当なところじゃないかしら~」
正樹の仕様説明に、そんなものだろうとうなずく命。
質に目をつぶれば、15分や30分で作物が収穫できるのだ。
その位の制限はあってしかるべきだし、逆にないとどんな落とし穴があるか分かったものではない。
主人公補正セットが絡んでいることも考えると、余計にそのあたりは警戒しなくてはいけないだろう。
「まあ、収穫量とか栽培できる回数とかに関しては、今の状況だと逆にちょうどいいんじゃないかって思う。たくさんあっても食べきれないし、倉庫に貯蔵できる数とか保存できる期限とかも分からないし」
「そうですね。それにそもそも、昨日栽培した作物の大半は、神社で用意してもらえるものと被りますし」
「うん。わざわざ取り出してこっちに持ってきて使うか、って言うとね」
「ですね」
正樹の言葉に同意する佑梨。
現状、正樹の畑で採れる作物は、基本的に消費の当てがない。
いずれ農家のジョブを得て農園のレベルや専用施設全体のレベルが上がれば別だが、今のところは無理に休みなく栽培する必要もないだろう。
「まあ、そういう訳だから、増えた機能とかは後でいいかなって」
「場合によっては、さらに何か解放することになるかもですしね」
「温泉とかショッピングモールの類が解放されたら、それだけで時間持ってかれるでしょうしね~」
正樹の判断に、ある種の期待を込めてそう言う佑梨と命。
流れ的に正樹の専用施設が次々と解放・強化されていく感じなので、割と欲望が駄々洩れである。
特に佑梨のほうは、現状自分の専用施設にその手の娯楽を兼ねた機能を持つものが少ないため、正樹に対する期待は膨らむ一方だ。
「ごちそうさま。じゃあ、まずは採取と宝物庫だ」
「この際戦闘向けとかの贅沢は言わないので、もう一つ二つジョブが欲しいですよね」
「だよね」
「私が言えた義理じゃないけど~、なんだか物欲センサーがすごく頑張りそうなことばかり言ってる気がするわね~」
「「うっ」」
欲にまみれた発言の数々に、苦笑しながら突っ込む命。
命に突っ込まれて、思わずうめく正樹と佑梨。
その様子を見た命が、ふと思いついてアドバイスする。
「宝物庫の宝箱だけどね~。あんまりレアリティが低いものばかりだったら、あえていくつか開けずに置いといて育てるのも手よ~」
「そだてる、ですか?」
「ええ~。昨日の宝箱がやたらいいものが多かったのもね~、入り口にいたショゴスライムのせいで一週間近く宝物庫がほったらかしになってたからだしね~」
「えっと、開けないと中身がよくなっていく?」
「絶対ではないけど、まあ全部の宝箱を三日も置いておけば、大抵一つぐらいはレアリティが上がるわね~」
宝物庫の宝箱について、そんな隠し仕様を教えてくれる命。
それを聞いて、あっと佑梨が小さく声を上げる。
「そういえば、宝物庫の宝箱は一日経つか全滅すれば復活するんでしたよね?」
「そうね~」
「ということは、あえて取らずに何回も全滅すれば、宝箱のレアリティも上がりますか?」
「間違いなく上がるわね~。何せショゴスライム討伐の時は、びっくりするぐらいの回数死んでるわけだし~」
宝物庫のルールを思い出して確認する佑梨に、命が苦笑しながらそう答え、すぐに真剣な表情で釘をさす。
「でも、いくら死んでも実質的なペナルティはないといっても、宝箱のためだけにわざと全滅するのはだめよ~。そんな心構えでは、現実に戻った時に不用意に死んだり、取り返しのつかないケガをしたりしかねないわ~」
「あっ、はい。ごめんなさい」
「正直、進んで死にたくないから、やるとしても手詰まりになった時の最後の手段だよね」
佑梨のカジュアルに全滅する発想に、命だけでなく正樹も苦言を呈する。
スライム討伐で散々死に倒したせいか、今の佑梨は死亡とか全滅とかに対して非常に感覚が軽い。
今のうちに矯正しておかないと、いろんな意味で危険だろう。
「それはそれとして、ショゴスライムって何? あのスライムの事なのはわかるんだけど……」
「そうそう、あのスライムのことね~。外なる神の奉仕種族ショゴスから剥がれ落ちた肉片が、スライムとして独立した種族になったのがショゴスライムよ~」
「なんか、話を聞いてると、すごいのかすごくないのかがよく分からない」
「そもそも、ショゴスっていうのが、普通の人間は直視するだけで二度と日常生活が送れなくなるほど精神を破壊され、場合によっては肉体すら変質させるタイプの生き物なのよね~。私たちクラスならそこまでではないけど、それでも油断すると見るだけでも危ないわね~」
「うわあ……」
「で、ショゴスライムのほうは、所詮肉片が変質してスライムになっただけだから、見ただけでどうこうはないわね~。ただ、戦闘能力としては難易度絶望クラスの異界に出てくる雑魚と同程度だから、普通は勝ち目ないわね~」
「「……」」
スライムについて、とてもえげつない説明をしてくれる命。
それを聞いて、絶句するしかない正樹と佑梨。
正直、いくら徹底的にメタを張ったとはいえ、よく勝てたものである。
「ちなみに、二人が頑張って仕留めたのはね~、場違いな難易度に出てきてるペナルティで大分弱体化してたのよ~。まあ、それでも悪夢クラスではあるから、普通はどう逆立ちしても倒せない相手だけどね~」
「でしょうね……」
「でも、難易度絶望クラスに出てくるってことは、初心者向け異界の絶望にも雑魚として出てくるってことだよね……?」
「でてくるわね~。それも弱体化なしで」
「それ、クリアできるの……?」
「一応、初侵入と同じ、最初にいくつかメモリーをもらっただけっていう条件でもクリアできるようにはなってるわね~。クリアできるとは言ってないけど~」
「「……」」
本当によく勝てたな、という追加説明をしてくれた命に対し、ふと気になったことを聞いてみる正樹。
それにたいして、なかなかにえげつないことを言ってくれる命。
内容的にはRTA走者が抜け道を見つけまくり、まったくレベル上げその他をやらずにクリアするのと同じことなのだろうが、それでクリアできると言い切られても困る。
「……他の二体も、多分同等の強さだろうなあ……」
「……でしょうね……」
「一応、希望がなくもないわね~」
「「というと?」」
「三種類とも、攻撃のタイプがほぼ同じなのよ~。だから、最後の一体とやりあうころには、耐性周りが充実して受けるダメージはどうにかなりそうな感じね~」
命が示したわずかな希望。それを聞いて、正樹が難しい顔で黙り込む。
「何か気になることがありますか?」
「防御面はそれでいいとして、ダメージを与えられる手段ってあるのかなって……」
「植物のほうは、多分除草剤的なものの中にスライム駆除薬と同じような仕様のものがあると思います」
「うん。そっちはたぶん、それで行けると思う。問題は触手のほう。そういう都合のいい薬剤がありそうな気がね、まったくしないんだよね……」
「そうですね……。実際、触手を持つ生き物にピンポイントで効きそうな薬って、少なくとも今のレベルで作れるレシピにはありません……」
残り二体について、分かっている問題に頭を抱える佑梨と正樹。
どうしても仕留めなければいけないとなると、相手の防御力を無視できる攻撃手段は絶対条件となる。
言うまでもないことだが、悪夢だの絶望だのという難易度で出てくるモンスターに対し、正攻法で正面からダメージを与えられるほどジョブやスキルを育てるのは現実的ではないからだ。
「問題の先送りでしかないけど、いるのが触手じゃないことを祈ろう……」
「そうですね……」
いろいろうだうだ考えた結果、そんなありきたりな結論しか出せない正樹と佑梨。
結局のところ、今の手札ではそれ以外の結論になりようがないのだ。
「まあ、一番祈らなきゃいけないのが、せめてどちらか一方しかいないこと、なんだけど……」
「両方同じ場所にいた場合、本当にどうしましょうか……」
「スライムの時以上に詰むよね……」
「さすがにその場合は、新しい救済措置を出すわよ~」
一番難儀なケースの可能性に悩む二人に、苦笑しながら命が告げる。
命のような管理人の一番大きな役割は、ルールによるもの以外で異界攻略が詰むのを防ぐことである。
死に戻り不可の異界で全滅した、ルール違反により排除された、といった事例は別だが、今回のように本来あり得ないほど強力なモンスターが出現してにっちもさっちもいかなかったり、あまりにも相性が悪すぎて何をどうやってもどうにもならなかったりといったケースは管理人が介入して対処するのだ。
「でもまあ、多分両方いるってことはないと思うわ~」
「それはまた、どうしてですか?」
「シンプルに、面白みがないから、かしらね~」
両方はいないと言い切る命に、不思議そうに質問する佑梨。
そんな佑梨の質問に対する答えは、なんじゃそらと言いたくなるものであった。
「まず大前提として、異界は基本的に攻略されたがってるのよ~」
「えっ? あれで!?」
「本来の辛口はそこまでじゃないわよ~。で、それはそれとして、初心者向け異界甘口ならまだしも、そうでない異界としては攻略しては欲しいけど、それなりに苦労もしてほしいわけね~」
「複雑なんですね……」
「そう、複雑なのよ~。だから、イレギュラーが起こっても、そう再々管理人が介入したり救済措置を取ったりする必要がないようにするのが普通なのね~」
非常にメタな説明をする命に、そういうものなのかと一瞬納得しそうになる正樹と佑梨。
が、すぐに問題に気が付く。
「その言い方だと、あのスライムが入り口を封鎖したのはおかしいのでは……?」
「たまに仕様の隙間をついて、ああいうひどい状況が発生するのよね~。ただ、今回はもうショゴスライムの入り口占拠で一度介入が必要な状況が発生してるから、次はそこまでの問題は起こらないわ~」
「主人公補正セットが仕事しても?」
「むしろ、仕事をするから、かしらね~。だって、二匹同時に第二層への入り口をふさいでも、私の介入を招くだけで正樹君たちが対してひどい目に合わないもの~」
正樹が気が付いた問題や矛盾点に、命がそんな説明をする。
結局のところ、異界はそれなりに苦労して攻略してほしい、主人公補正セットはそれなりにしっかりひどい目にあってほしいという点で、どちらにとっても二匹同時にけしかけるメリットはないのだ。
「というわけで、安心してひどい目にあってきてね~」
「ひどい目に合うのは決定事項なのか……」
「まあ、主人公補正セットの仕事ですから……」
「あっ、でも、ひどい目に合う前に、一度は戻ってくるのよ~」
「「は~い……」」
いろいろメタなことを説明し、その流れで二人を送り出す命。
その言葉に、結局ひどい目にあうことは避けられないとテンションダダ下がりのまま、この日の攻略を開始する正樹と佑梨であった。
実は正樹も佑梨も、クトゥルフ関係はほとんど知りません。
かろうじて名前とニャル子さんぐらいは聞いたことがある程度。
一時に比べるとかなりメジャーになったとはいえ、ショゴスとかミ=ゴとかを正樹たちぐらいのカジュアルなゲーマー全員が知るほど、クトゥルフ神話がメジャーになったわけではないので……。
ショゴスライムに関して、そもそもスライムの元ネタがショゴスだとか、そのあたりの突っ込みは勘弁してください。
あくまで異界での仕様がそうなってるだけなので。
後、品種改良関係。
味に関しては昔の品種のほうがいいものも多いという指摘もありますが、その昔のものも原種から見たら品種改良されてるわけでして。
さらに言うと、現状指摘があったニンジンなんかに関しても、全部が育てやすさと収穫量だけにこだわって品種改良しているわけでもないようですので、今がちょうど一番偏っているだけ、という可能性もあるわけです。
いろいろ言われてるF1種に関しても、F1種というやり方や技術が問題なのではなく、それで作られてる品種の特徴が現状やたら偏ってるのが問題なだけですので、「収穫量と育てやすさにのみ特化した品種ばかりになっている」というだけの理由で技術そのものを全否定するのもどうなのか、とは思います。
このあたりの話は、味の素や合成甘味料の議論にもつながってくる部分ですし、あれらも普通にとった出汁のうまみ成分とか、みりんなんかの甘味成分を抽出したものと同じものを合成してるものなので、存在を否定するとそれらを使うことすら否定しないとだめなわけで……。
結局は使い方と分量の問題ではなかろうかと。
発がん性が~、みたいな話は多分、抽出成分だけを使うと、天然のものでは絶対摂取しない量を摂ってしまうからとか、そういう話なんじゃないかな、多分。
世の中、少量だと何一つ問題ないどころか健康のために必須だけど、一定ラインを超えると毒になるものなんてごまんとありますし。




