第15話 初心者向け異界:辛口 六日目開始
「なかなかに根気があるスライムね~」
正樹と佑梨が異界に迷い込んでから六日目の午前十時。
いまだに入り口に居座っているスライムを見て、のほほんと命が言う。
「準備した数で、倒しきれるでしょうか……」
「少なくとも、一回目では無理だと思う」
巫女フォームの専用装備2とフリーソケットを埋め尽くすスライム駆除薬を見ながら、不安そうに言う佑梨。
そんな佑梨に、同じく不安そうな顔のまま割り切ったことを言い切る正樹。
佑梨の専用装備2が解放されてから今日までの二日弱、できる限りの準備はしたつもりだ。
が、準備といったところでやったことはひたすら素材を集めて、佑梨の錬金術を育てただけ。
結局専用装備1や他の施設内施設に関しては、何一つ解放できていない。
なお、その過程に関しては、特に目立つエピソードはないので割愛する。
「とりあえず、今から確認するのは、佑梨ちゃんが専用装備と超再生でどれぐらい耐えられるかと、スライム駆除薬がどの程度効くか」
「それと、全滅した場合に相手がどの程度回復するか、ですね」
これ以上ないぐらい真剣な表情で、明らかにゾンビアタックを前提とした打ち合わせをする正樹と佑梨。
佑梨は溶かされて死ぬことはなくなったとはいえ、酸でのダメージが無効化されたわけではないし、何より締め上げられたり窒息させられたりしたら普通に死ぬ。
正樹に至っては、攻撃防御共に何一つ変わっておらず、せいぜいキャンパーが成長したため若干逃げ足が速くなっている程度である。
なので、基本的に初回は全滅する前提で行動するしかないのだ。
「最悪なのは、大したダメージが出なくてかつ負けたら全快されるパターンですけど……」
「その場合でもジョブとスキル、アビリティは成長するから、そのうちダメージと回復量が拮抗するようになるはず。もしくは、佑梨ちゃんが戻ってくるまで僕が不屈で耐えられるようになる可能性もあるし」
「そういえば、そこも確認事項でしたね」
「どっちかが死んでも、もう一方が戦っている最中に復帰できるなら、スライム駆除薬を補充してのゾンビアタックで仕留められるかもしれない」
「死なないにしても、一方が一旦出てここで薬を回収してもう一度参戦、という方法ができるかもですし」
そんな裏技チックなやり方を、真剣な顔で相談する佑梨と正樹。
なお、入り口に大量のメモリーを置いておくという手段については、特に問題がないことを命に確認している。
メモリーをソケットに挿しこむ必要があるのは、アイテムとして使える形で異界に持ち込む場合のみだ。
拠点にあるメモリーに関しては、倉庫のようなものに入れておかねばならないというルールは一切ない。
さらに言うと、メモリーそのものは大した大きさではなく、ティッシュ箱ぐらいのサイズの容器で数百個は入る。
なので、入り口に置いたところでたいして邪魔になるわけでもなく、今回も一応の備えとして取りやすいように机を設置し、そこにミカン箱サイズの段ボールを置いてありったけのスライム駆除薬を詰め込んでいる。
「普通、何度も異界に挑戦してから検討するようなことをやってるわね~」
「攻撃能力がアイテムユーザーとスライム駆除薬しかないパーティが、どう考えてもイレギュラーなモンスターを相手取るのに正攻法でどうにかしようなんて、明らかに時間の無駄です」
「というか、あのスライムって、ちょっとぐらい戦闘系のジョブやスキル、アビリティがそろってたところで、真っ当なやり方で勝てる気が一切しないし」
「専用装備2の数値的なものを参考にするなら、専用装備1が攻撃能力を強化してくれたとしても、多分今回は何の足しにもならないでしょうしね」
「それに、今やってる算段にしても、佑梨ちゃんが即死するようだと結局無意味だしね」
命の突っ込みに、やたらきりっとした表情でそう言い返す佑梨と正樹。
現状、耐えられる可能性があるのは、専用装備2が正面からスライム系の通常攻撃にメタを張っている佑梨だけだ。
正樹だと秒で死ぬのはすでに証明されている。
なお余談ながら、佑梨の専用装備2による防御力補正は全部一桁台だった。
命によると、一般的なRPGで言う布の服、もしくはその一個上ぐらいの防御力だそうだ。
装備なしとでは雲泥の差だが、あくまで装備なしよりはましという程度でしかない。
解放された直後の専用装備に関しては、基本的に特殊機能が能力の主役であり、攻撃力や防御力は実質おまけなのである。
「よし、覚悟は決まりました!」
「じゃあ、突入だ! 悪いけど、壁役よろしく!」
「はい!」
お互いに気合を入れ、打ち合わせ通りに先に佑梨から異界に突入する。
佑梨が足を踏み入れた瞬間、スライムが素早く反応して獲物を体内に引きずり込む。
「くうっ! ううあああ!」
全身を締め付けられ、佑梨が苦痛にうめく。
その横をすり抜けて移動しながら、スライムに向かって駆除薬を叩きつける正樹。
佑梨の顔を包み込もうとしたスライムの体が、駆除薬を受けて蒸発する。
「ぐうううううううう!」
痛みにうめきながら、駆除薬をフリーソケットから取り出してスライムにぶつける佑梨。
ほぼほぼ体内に取り込まれている状態なので、外しようがない。
どんどん叩き込まれるスライム駆除薬により、徐々に、だが見てわかる程度に体を小さくしていくスライム。
効果こそ大幅に落ちるものの、正樹からも次々と投げつけられるため、結構なダメージが蓄積していく。
とはいえ、相手は本来、難易度で言うところの悪夢クラスに出没するエリートモンスターだ。
こんな最初期の攻撃アイテムで仕留めきれるほど弱くはない。
大体一割程度の大きさを削ったところで、最初に危惧していた通り佑梨の手持ちが尽きる。
「つ、使い、切り、ました……!」
「了解!」
佑梨の報告を受け、距離を開けながらの投擲に行動を切り替える正樹。
斥候系ジョブの補正か、結構雑に投げても割と的確に命中する。
それを利用して、佑梨が脱出できる可能性に賭けて佑梨を包んでいるあたりに攻撃を集中させる。
が、その奮闘もむなしく、正樹のほうもついに弾切れを迎える。
「がぼ、ごぼがぼがぼ!」
もはや打つ手がなくなったところで佑梨が完全に取り込まれ、窒息に苦しみはじめる。
スライム系共通の、特殊能力以外の攻撃力の欠如。
皮肉にも、その弱点が攻略の隙となると同時に、佑梨を無駄に苦しめることにつながってしまう。
若干再生能力を超える程度のダメージにより、佑梨は少しずつ専用装備を壊されながらじわじわと弱らせられていた。
「こうなったら、駆除薬を持ってきて!」
突撃をかけても無駄死にするだけ。そう考えて、入り口のメモリーを回収しようと踵を返す正樹。
そのタイミングで、佑梨が死亡する。
「佑梨ちゃん!」
スライムの中で力尽き、復活地点に戻るために消失する佑梨。
それを見て思わず叫びながらも、反射的にスライムから距離を取ろうと駆け出す正樹。
その正樹を追いかけるスライム。
スピード自体は正樹のほうが圧倒的に速いが、相手はとにかくデカい。
15%ほど小さくなったためフロア全体を覆うことはできなくなったが、単にべたっと広がるだけでも正樹をとらえるのは十分だ。
「があああああああああああああああああああああああああ!!」
移動ではなく形状を変えるだけなら動きの遅さはさほど関係ないこともあり、あっさりつかまって溶かされる正樹。
結局、最初の挑戦は当初の予想通り全滅で終わり、戦闘時間は佑梨が生き延びた二分ほどであった。
「やっぱり、一回じゃ無理だったね……」
「無理でしたね……」
「これで全快されたら、かなり厳しいけど……」
復活し、そう話しながら入口へ向かう正樹と佑梨。
二人とも必死で気が付いていないが、かなり減っていたはずの専用装備の耐久値が全快している。
これが復活時の仕様なのか、それとも初心者向け異界だからなのかは今のところはっきりしないが、リトライする上ではかなりありがたい事なのは間違いない。
「お疲れ様~、頑張ったね~」
「それで、どうですか?」
「実際に経験したから断言しておくけどね~。異界そのものにそういうルールがない限り、回復不能攻撃でダメージを受けたモンスターは基本的にそのダメージは回復しないわよ~」
「ということは……」
「ええ~。あのスライムに限れば、今のやり方で、そのうち倒せるわね~」
スライム討伐について、命がそんな風にお墨付きを与えてくれる。
それを聞いて、思わずほっとする正樹と佑梨。
だが、そこに無慈悲な一言を命が続ける。
「ただし、見た目ほどのダメージはないのよね~」
「そうなの? それじゃあ、どれぐらいかかりそう?」
「佑梨ちゃんからのダメージの伸びを踏まえると、アイテムユーザーの成長も見込んであと十五、六回ってところかしら~」
「そんなにダメージが出てなかったんですか!?」
「一発当たりのダメージが小さいのもあるけど、あのスライムがだいぶタフだっていうのもあるわね~」
予想以上にダメージが出ていないことに、顔が引きつる正樹と佑梨。
なんだかんだで、今の一戦で百個以上のスライム駆除薬を使っている。
大分頑張って数を作ったとはいえ、手持ちはあと千個ぐらい。
スライムを削りきるには全然足りない計算になる。
「かかる時間的に、全部使いきるのに二十分ぐらい。それからまた採取して駆除薬を作って、今日中に仕留めきれるかどうか……」
「日をまたいでもいいとはいえ、できたら今日中に終わらせたいですよね……」
「多分、ネックは僕がほとんど役に立っていないことなんだけど……」
「それでも、居ないほうがましっていうほどダメージが出ていないわけではないと思いますよ。わたしの倍以上の数叩き込んでるわけですし」
「さすがに、役立たずというほど無意味ではないわね~」
戦闘における貢献度合いの低さに悩み始めた正樹を、そんなことはないとフォローする佑梨と命。
実際、現時点での佑梨のジョブレベルだと、トータルのダメージで正樹を超えるほど火力に補正はかかっていない。
が、残弾数を考えると、効率が悪いのも事実である。
「でも、そうね~。役に立ってる立ってないとは別の理由で、正樹君は別行動のほうがいいかも~」
「と、言うと?」
「最後のほうの佑梨ちゃんね~、なかなかにあられもない状態になってるのよ~。あんまり年頃の男の子が見ないほうがいいかなあ、ってね~」
「えっ? そうだったんですか?」
「ええ、そうなってたわ~。具体的に言うと、ちょっとエッチな描写があるソシャゲーの、いわゆる中破絵ぐらいの感じでスライムにドロドロにされてるのよ~」
「「うわあ……」」
「今は二人とも余裕がないからそこまで気にしていられないでしょうけど、五回もやれば慣れると思うのよね~」
そう言って、困ったもんだとため息をつく命。
締め上げられて苦しむ佑梨の声に妙にエロい喘ぎ声が混ざっていることもあり、正直命もなんとなく変な気分になりかけていた。
「あと、今見てて気になったのがね~。死に戻り前提のゾンビアタックでも、弾切れから死ぬまでに結構長く時間がかかってることなのよね~」
「それはやってて思いました。正直、一思いに楽にしてくれって……」
「でしょうね~。私も無駄に苦しんでほしくないから、スライム討伐までの間だけ使える自殺用アイテムをあげるわね~。これなら一切苦しまずに死に戻りできるから、実質的な脱出アイテムだと思ってね~」
そう言って、小さな球を佑梨に渡す命。
「それじゃあ、後は頑張ってね~」
そう言って、社務所に引き上げる命。
「……それじゃあ、佑梨ちゃん。申し訳ないけど……」
「はい。全部使い終わったら、そちらに合流しますね」
いろいろと葛藤しながら、断腸の思いで神社へ引き返す正樹。
それを見送ってスライム駆除薬を満載にし、一切のためらいを見せずに突撃する佑梨。
とにかく一戦を手早く済ませようと奮闘した結果……
「えっ? 佑梨ちゃん?」
「なるほど。気合を入れれば、石段を上がりきるより早く、三十個使い切れるんですね」
石段を駆け上がっている最中の正樹とすれ違う。
「じゃあ、もう一回がんばってきます!」
「あっ、うん。頑張って」
妙に明るく元気に言い放ち、緋袴をはためかせながら石段を駆け下りていく佑梨。
そんな佑梨を、呆然と見送ることしかできない正樹であった。
楽をさせてくれるような抜け道は、最初からつぶされてます。
とりあえず、我慢できる程度の痛みにおさまるのであれば、佑梨の感覚はこんなものです。
その痛み関係も、自然習得でスキルかアビリティを身につけてそうな気はしますが(苦笑)
多分今後も、長時間かけてゾンビアタックやることになれば、こういうノリでやるかなと。
なお、四日目から六日目までに採取場の宝箱から出たものは、次のリザルトあたりで説明します。




