気づいてほしい①
「うぅ、ケンジ……」
リビングで、まなつが涙を流しながらテレビを観ている。映っているのは先週放送されたドラマだ。母が毎週、欠かさず録画している。
やがて映像が切り替わり、エンディングテーマが流れはじめる。
「あー。ウチも彼氏ほしぃー」
ソファの背もたれに頭を乗せ、まなつが言った。
「感動的なドラマを観終わっての感想が、それ?」
まなつが少しムッとした顔でわたしを見てくる。
「そうだよ。恋愛ドラマを観ての感想なんて、それしかないでしょ。お姉だって欲しいでしょ、恋人の一人や二人? もう高校生なんだし」
「いや、わたしは……。ていうか、少なくとも二人はいらんだろ」
まなつはぼんやりわたしの顔を見つめたあと、やがてニッと口もとを緩める。
「ねぇ、お姉。カップルごっこしようよ」
「……なにそれ?」
「ウチとお姉で、カップルみたいに振る舞うの。お姉、彼氏役ね」
「いや、やらないよ。面倒くさい」
「年齢は二十歳で、バイト先の塾の教え子である中学生に手を出してしまった、ちょっといけない大学生。テニスサークルに所属しています」
「……聞こえてる?」
ていうか、妙に設定細かいな……。
「綺麗な星空だね。あ、ねぇ。あの星は何ていうの?」
「え、もう始まってる?」
「ほら、早く星の名前を言って。天文部員としての知識を活かして」
「テニスサークルに所属してるんじゃなかったっけ……?」
「なんでもいいから、早くウチのこと褒めて。『きみのほうが綺麗だよ』って」
「あ、結局、星の名前は言わなくていいんだ。えぇと……星なんかより、まなつちゃんのほうが綺麗だよ」
「エヘ。知ってる」
うぜぇ……。なんだってこんな中学生に手なんか出したんだ、わたし。いや、俺。
「あ、流れ星!」
「ん? ……あぁ、そう。願いごとしないとね」
「うん。……よしっ、と。ねぇ、こはおはどんなお願いしたの?」
「こはお!? わた——いや俺、こはおって名前なの!?」
「そうだよ。ほら、こはお。お願い事言って」
「えっと……『まなつちゃんと、ずっと一緒にいられますように』ってお願いしたよ」
「んもう、こはおったらぁ。ウチのこと大好きなんだからぁ」
「あはは……」
わたしたち、姉妹でなにやってるんだろう。もうそろそろ、やめてもいいかな……。
「ウチは、こはおがもっともーっとウチのこと大好きになるように、ってお願いしましたぁ」
「あははー、すごーい。そのお願い、もう叶ってるねー」
「こはおは逆に、ウチにもっとどうなってほしい?」
「まなつちゃんはいまのままで充分素敵だから、そのままでいいよー」
「アハ。うれしい。知ってるけど」
「……でも、あれかな。まなつちゃんはちょっと生活がだらしないから、そこは改めていってほしいかな」
「——ん? こはお?」
「昼夜逆転はなかなか直らないし、夏休みの宿題もいまだに手付けてないし」
「こはお」
「部屋も相変わらず汚いし。この間なんか、食べ終えたアイスの容器がそのまま——」
「こはおッ!!」
まなつは立ち上がり、大声で怒鳴る。
「なによ急に。びっくりするじゃない」
「驚いたのはこっちだよ! こはお、なんで急に口うるさい親みたいなこと言い出したの!?」
「こはおもずっと胸の中で燻ぶらせていたんだよ、まなつのだらしなさに対する想いを」
「ないから、そんな設定! こはおは知らないから! 放置したアイスの容器に虫が集っていた事実を!」
まなつはソファに座り腕を組み、フンと鼻から息を吐き出す。
「まったく。もっと真面目にやってよ、お姉。こはおはウチが大好きで堪らない、ウチのすることをいっさい否定しない全肯定イエスマンのイケメン実業家なんだから。はい、じゃあもう一回。今度はウチが初めて、こはおの豪邸に遊びに行くシーンね」
「やらないよ。ていうか、大学生の設定どこいったんだ。わたしこれから出かけるから、この遊びはもうおしまい」
立ち上がるわたしに、まなつが声をかけてくる。
「どこ行くの?」
「近所のお祭り。愁衣さんと約束したから」
「いいなぁー、お祭り。ウチも行きたーい」
「え、いいよべつに。一緒に来る?」
「……いや、行かないよ」
「なんで? 三人で屋台巡ろうよ」
するとまなつは、はぁー、と深くため息をつく。
「水汐姉、こはおの攻略にはまだ時間が掛かりそうだよ」
まなつはやれやれという風に首を振る。……攻略? この間二人でやってたゲームの話かな?
◇◇◇
待ち合わせ場所には、わたしが先に着いた。夏休み最初のころはまだ明るかったこの時間も、いまはもうだいぶ薄暗い。時おり吹く生ぬるい風の中にも微かな冷たさが感じられる。
遠くから太鼓の音が聞こえてくる。ドン、ドン、とお腹に響くような。道にはいつもより人通りが多い。みんな、お祭りに向かう人たちだろうか。愁衣さんはまだかな、とスマホで時間を確認しようとしたところへ、「こはる」と前から声が聞こえた。
「あぁ、愁衣さ——」
思わず、息を呑んだ。透き通るような白地に、涼しげな藍色の紫陽花。帯は上品な藤色で、いつもの長い髪はすっきりとアップにまとめられている。現れた愁衣さんは、浴衣姿だった。
「ごめんなさい、待たせて。準備に時間が掛かってしまって……」
「あぁ、うん……だいじょぶ……」
走ってきたのか、愁衣さんは少し息を切らしている。髪を上げたことで露わになった首筋が、しっとりと汗で濡れているのが見える。
「え、と……じゃあ、行こうか」
「うん」
愁衣さんと並んで歩き出す。カラコロと下駄がコンクリートの地面を踏み鳴らす音が聞こえる。
「こはる、手を繋いでもいい?」
「え……う、うん」
愁衣さんの柔らかい手がわたしの手に重ねられる。なぜだろう、なんだかうまく喋れない。太鼓の音に混じって身体の内側から鳴る音が、出店通りに着くまでに治まっていてくれればいいなと思った。
◇◇◇
出店通りはたくさんの人で賑わっていた。赤、青、黄……のれんに太い文字の印刷された派手な色の屋台が、今日は一日歩行者天国になっている通りの左右に延々と連なっている。頭上に並ぶ提灯には「池田精肉店」「さくら電気」など、見慣れた店名が書かれた文字。
例年開催されている地元商工会のお祭りで、受験生だった去年を除けば、なんだかんだ毎年来ている。祭りが、というより、こういう場でしか食べられない屋台の味が好きなのだ。塾の夏期講習で来られなかった去年も、まなつに頼んでフルーツ飴を買っておいてもらって、あとで家で食べた。
「こはる、すごいわ。お店がたくさん」
「うん。……もしかして愁衣さん、こういうお祭りに来るのも初めて?」
「えぇ。お正月の初詣で小さな屋台がいくつか出ているのは見たことがあるけれど、こんなにたくさん、ずらっと並んでいるのを見るのは初めてよ。すごいわ、なんだかわくわくするわね」
ほんと、お嬢様だなぁ。いや、実際にお嬢様なのかどうかは知らないけど。愁衣さんの家ってどんななんだろう。とんでもない豪邸で、執事とかメイドとかがいても納得できる気がする。
「なんか、あれだね。学校帰りの寄り道のことといい、わたし、愁衣さんの初めて、いろいろ貰っちゃってるね」
「こはる。いまのセリフ、もう一度言ってもらえる?」
「なぜスマホを取り出す……。なんか嫌な予感がするから、もう言わない」
ぷぅ、と不満そうに頬を膨らまし、「今後は常にオンにしておこうかしら……」と愁衣さんはなにやらぶつぶつと呟く。その横顔を見ながら、ふっと頬が緩む。いつもと違う浴衣姿でも、愁衣さんはいつもどおりの愁衣さんだ。そう思うと、なんだか緊張が解けてきた。
「さ、愁衣さん。せっかく来たんだし、いろいろ屋台巡ろう。どれから行く? 焼きそば? たこ焼き? 金魚すくいとか、型抜きとかもあるよ」
「ま、待って。そんないっぺんに言われても……。えぇと、えぇと……あ、じゃあ、まずはあのチョコのかかったきゅうりから食べましょう」
「きゅうりじゃなくてバナナね。……このツッコミ、本当にすることになるとは思わなかった」
チョコきゅうり、もといチョコバナナを愁衣さんと一緒に食べながら、ぼんやりと通りの様子を眺める。それにしても、たくさんの人だ。この街のどこにこれだけの人がいたのだろう。母によれば、この商工会のお祭りはそれなりに歴史の古いもので、わざわざ遠くから遊びに来る人もいるのだという。必ずしも全員が、この街の住人というわけではないのかもしれない。
「よ、日向」
ふと名前を呼ばれ、振り返る。紺色の浴衣を着た、同じクラスの遠藤くんが立っていた。遠藤くんとは、前に体育のバドミントンでペアを組んだことがある。
「遠藤くん。なんでここに?」
「なんでって、そりゃ、遊びに来てるんだよ」
そう答える遠藤くんの隣には、これまた同じクラスの浅野さんの姿があった。並んで立つ二人の手はしっかり繋がれている。わたしの視線に気づいたのか、遠藤くんはもう片方の手でぽりぽりと頭を掻き、
「彼女と」
と照れくさそうに言った。
「知らなかった。二人、付き合ってたんだ」
「夏休み前に、俺から結花に告って。……ヘヘ」
そう言う遠藤くんの隣で、浅野さんは少し頬を赤らめてニコニコと微笑む。クラスではおとなしめな印象の浅野さんだけど、遠藤くんの紺と色を合わせた鮮やかな水色の浴衣がよく似合っていた。
「——あれ。愁衣?」
いまさら気づいたように、遠藤くんが訊ねる。いつもと髪型が違うから、すぐに気が付かなかったのだろうか。「こ、こんばんは」と愁衣さんはぎこちない挨拶を返す。
「びっくりした。愁衣って、祭りとか来るんだな」
「う、うん。こはるに頼んで、連れてきてもらって……」
愁衣さんがクラスの男子と話しているところを見るのはかなり珍しい。慣れないのか、なんだかもごもごとした喋り方だ。なんとなく、あえて助けずにしばらく見ていたくなる。
「へぇ、そうなのか、そっかぁ……」
と、会話を続ける遠藤くんの返しも、よく聞くとなんだかぼんやりしている。ん? と見ると、口を半開きのようにして愁衣さんを見つめる遠藤くんの顔があった。これは……もしかして、愁衣さんの浴衣姿に見惚れてる? それと同時に、隣で、口もとは笑ったまま遠藤くんに鋭い視線を向けている浅野さんの姿に気が付いた。繋いだ愁衣さんの手の力がきゅっと強くなる。こっちも限界のようだ。
「それじゃあ、わたしたち、こっち行くから」
「うん、また学校で」
と、どちらからともなく言い合っていた。手を振り、二人と別れる。
「ケンカにならなければいいけど……」
わたしは呟く。愁衣さんは不思議そうに首を傾げていた。
また愁衣さんと歩きはじめた。自然、話題は遠藤くんたちのことになる。
「素敵ね。二人とも、浴衣姿がよく似合っていたわ」
「ね、いい感じだったね。それにしてもあの二人が付き合ってるなんて、全然気づかなかったなぁ」
「そうね。……ねぇ、こはる」
と、愁衣さんは一度言葉を切り、どこかもじもじした様子で続けた。
「む、向こうから見たら、私たちって、どう見えていたのかしらね」
「え、どうって?」
「だ、だって、ほら、私たち、手を繋いでいるし……ひょっとしたら、こ、恋人同士、とか……」
「あぁ、そういうこと。大丈夫だよ。たしかに、わたしも校外学習のときは似たようなことを考えたりしたけど、いまやわたしたち、普通に教室でも話すし、愁衣さんとわたしが仲良いの、もうみんな知ってるんじゃないかな。だから普通に『仲の良い友だち同士』って思われただけだと思うよ。心配しなくて大丈夫」
「いえ、心配というか……そう、そうよね……」
と、愁衣さんはなぜかしゅんと肩を落とす。……あれ、なんか受け答え間違ったかな。
それにしても、恋人、か。今日家を出る直前にまなつとした会話を思い出す。高校生なんだし、恋人の一人や二人(二人はいらないけど)。……愁衣さんは、どうなんだろう。
「ねぇ、愁衣さん」
「なに、こはる?」
「愁衣さんはさ、その、誰かと付き合ったりしたいって、思ったりするの?」
「え……」と愁衣さんは一瞬、固まる。頬を赤く染めて、わたしの顔をじっと見つめている。そういえば愁衣さんとこういう話をするのは初めてだ。自分から訊いておいて、なんだかわたしも恥ずかしくなってくる。顔が熱い。
やがて愁衣さんは、コクッ、と小さく頷いた。「そうなんだ」と返すと、目を閉じ、コクコクッ、と繰り返し頷く。なんか可愛い。
そうなんだ。なんか意外。男の子と話すの、あんなに苦手そうなのに。それじゃあ、と思い付いて、わたしは言った。
「カップルごっことか、してみる?」
「カップル……ごっこ?」
「うん。今日家出る前にまなつとちょっとやってたんだけど、配役決めて、カップルみたいに振る舞うの。わたしが彼氏役で、愁衣さんが彼女役、みたいに」
ぼんやりとわたしを見ていた愁衣さんの顔が、何かのスイッチが入ったようにきゅっと引き締まる。
「非常に興味深い、高尚な遊戯だわ。やりましょう、ぜひ」
「いや、高尚ってことは……。単なるまなつのくだらない思い付きだよ」
「そんなことはないわ。オリンピックの正式種目にも選ばれるべきだと思う」
「その場合、どうやって勝ち負け決めるの……? えぇと、まぁ、じゃあやろうか」
愁衣さんの彼氏づくりの練習にもなるかな、と冗談半分で提案してみたけど、こんなに食いつかれるとは思わなかった。愁衣さんは両手を組んで目を閉じ、「グッジョブ、まなつちゃん」と呟いている。
「じゃあ、わたしが彼氏役ってことでいいかな?」
「待って、こはる。彼氏役ではなく、こはるはこはる役を演じてちょうだい」
「ん? えっと……じゃあ、愁衣さんが彼氏役やるってこと?」
「いいえ。私も、私役を演じるわ」
「え? っと……? それだと、この遊びから彼氏役いなくなっちゃうけど……」
「そう。この遊びに彼氏役はいらない」
「根幹を覆してきた!」
どういうこと? 彼氏役がいないんじゃ、カップルごっこにならないんじゃ……。
「え、と……愁衣さんは、彼氏が欲しいんだよね?」
「いいえ、彼氏ではないわ。私が欲しいのは恋人よ」
「え、うん。だからつまり彼氏が欲しいんでしょ?」
「彼氏は欲しくないわ。欲しいのは恋人よ、こはる」
愁衣さんは誰かと付き合いたい。でも彼氏は欲しくない。欲しいのは「恋人」で、わたしはわたし役を演じればよいという。これは……
「……なぞなぞ?」
「あぁ、こはる……。もはや言葉を選ばずに言うけれど、あなたってやっぱり、少しおバカさんなの……?」
愁衣さんはがっくりと肩を落とす。
☆☆☆
行き交う人の群れ。四方から聞こえてくる話し声や笑い声と、どこからか聞こえる太鼓の音。鼻をくすぐる、甘いのか辛いのかよくわからない、節操のない匂い。夜空をぼんやりと照らす提灯の下で、いま買ったイカ焼きにあたしは齧りつく。
篠崎陽菜、夏祭りを堪能中。去年は受験で来られなかったから、二年ぶりだ。最初、こはるを誘おうとしたけれど、待てよと思い、愁衣さんにチャットで確認してみたところ、二人で行く予定があるとのことだった。よってあたしは遠慮することにしたのだ。もう、あたしったら。なんて気を遣えるいい子。
そんなわけで、今日は一人で来ている。一人はどうかなと思ったけど、いざ来てみると案外いいものだ。風情っていうのかな、夏の終わりの夜風の心地よさ、その風が吹いたときに小さくチリンと鳴る風鈴の音……そういった、誰かと一緒だと気づけないものをふと感じられる。
あぁ、あたしは情緒を解する女。いまもこうしてイカ焼き片手に目を閉じると、どこかで鳴る風鈴の音が……
「——から、呼び慣れ——」
「でも——、——なのだし」
——ん? 聞き覚えのある声に目を開ける。前の道を、こはると愁衣さんが通り過ぎていくところだった。
「……」
さらば、風情。あたしは道行く二人のあとを、後ろからそっと追いかける。
おぉ、まさかこうして会えるとは。いやまぁ、その可能性ももちろん考えなかったわけではないけれど。愁衣さん、浴衣姿よく似合ってるな。こはるは少し顔赤いけど、もしかして、ちょっと見惚れてるとか? 仲良さそうに、手なんか繋いじゃって。後ろから見てる分には、すごく雰囲気よさそう。
「——ったよ。じゃあ、————」
「あぁ、————。もう————」
んん、でも何話してるか、よく聞き取れないな。あまり近づくとバレそうで怖いし……。と、思っていると、二人が屋台の前で足を止めた。たこ焼きの屋台だ。順番待ちをする客の群れに紛れて、あたしは二人のほうに近づく。この距離なら話の内容が聞こえる。この夏で、二人の距離は少しは縮まったかな……?
「こはる、二人であーんして食べさせ合いましょうね」
「そ、そうだね、水汐。水汐に食べさせてもらったら、何倍も美味しくなるだろうなぁー……」
「うふ。もう、こはるったら。たこ焼きはたこ焼き。誰に食べさせてもらっても味は同じよ」
「そ、そんなことないよ。水汐だけは特別。熱いから、水汐の息でいっぱいフーフーしてね」
「こはる……。うん。こはるも、たくさんフーフーして食べさせて」
「好きだよ、うれ——水汐」
「私もよ、こはる……」
なんかもう付き合ってそう——————!!!
なんという会話……バカップル真っ只中じゃないか。聞いてるだけで顔が熱くなる。たこ焼きより、こっちをフーフーしてくれ。こはるがなぜかちょっとぎこちない感じなのが少し気にはなるけど、これはもう付き合ってると断定して間違いないでしょう。逆に付き合ってもないのにこんなこと言い合ってたら、完全に頭のおかしい人たちだ。
……いやぁ、でも、そうか。よかったね、愁衣さん、こはる。こはるのあの鈍感力をもってして、まさか二人がこんなに早く結ばれることになるとは思わなかったけど、こうして無事、幸せそうな二人の姿が見られてよかった。
こはるが今度こそ遠くに行っちゃうようで、少し寂しさはある。けれどこうなったらもう、あたしの出る幕はなさそうだ。あーぁ。あたしも頑張って、かっこいい彼氏でも見つけようかなぁ、と屋台の前から離れたところで、近くから「陽菜姉、陽菜姉」と声が聞こえた。振り向くと、植え込みの陰に隠れるようにしてあたしに手招きをするまなつちゃんの姿があった。
「ま、まなつちゃん? なにやってんの、こんなところで?」
しっ、とまなつちゃんは口の前に指を一本立てる。そしてその指をこはるたちのほうに向けた。
「もしかして、二人のあとをつけて……?」
コクリ、とまなつちゃんは頷き、今度は指を自分の横にチョイチョイと向けた。お前もこっちに来い、ということらしい。渋々、隣に行く。
「こはるのことが心配で?」
声を潜め、訊ねる。「そう。水汐姉とうまくやれているかを見にね」とまなつちゃんは答えた。おや、と思う。水汐姉、か。こはるから、愁衣さんが家に遊びに来たとは聞いてたけど、愁衣さん、もうまなつちゃんに認められたのか。すごいな。
まぁ、でも、見たところ二人はもう付き合ってるようだし、あんなにも仲良さそうにしているのだから何も心配ないのでは。そう伝えるとまなつちゃんは目を閉じ、ふるふると首を振った。
「いいや、陽菜姉。あれはカップルごっこだよ」
「カップルごっこ……?」
「そう。ウチ考案のハイセンスな遊び。お姉は水汐姉の指導のもと、あれらのセリフを言わされているにすぎない」
カップルごっこ……。そうだったのか。たしかに、こはるにしては妙に積極的な言葉選びだと思った。こはるって付き合ったらああいう感じになっちゃう人だったんだ……とちょっとだけ引いてたところだったから、その点は安心した。
でも、そうか。じゃあ結局二人はまだ付き合ってなかったのか。残念なような、少しほっとしたような。
と、たこ焼きを買った二人が屋台の前を離れる。
「——! ホシが動いた。行くよ、陽菜姉」
「ホシって……。いや、もういいんじゃない? 二人の関係に進展がないのはわかったし、これ以上後をつけて、ただのごっこ遊びを見ててもしょうがないでしょ」
するとまなつちゃんは、ちっちっ、と指を振る。
「わかってないね、陽菜姉。よくあるじゃん、罰ゲームで告白した相手のことを本当に好きになっちゃう、みたいな話。『身から出た錆』ということわざにもあるように……」
「『噓から出た実』だね、それを言うなら。ああやってカップルの演技して『好き』とか言い合ってるうちに、本当に好きになっちゃうってこと? 動物の『刷り込み』みたいに」
「そうそう。ドラマで共演した俳優同士が現実でも結婚しました、みたいなニュースだってよく聞くでしょ? こうやって後をつけてたら、その瞬間が見られるかもしれないよ? お姉の心がぐっと傾く瞬間が。陽菜姉だって、見たくない?」
……まぁ、そう言われると、まったく興味を引かれないこともないけど。それにしても、まなつちゃんがこんなにも二人のことに首を突っ込みたがるなんて……。まなつちゃんなりに、あの二人のことを応援しようとしているのかな。
「……でも、会話を聞こうにも、あまり近づきすぎるとあたしたちのこと気づかれちゃわないかな?」
「そこで、これよ」
と、まなつちゃんは肩にかけたトートバッグからお面を二つ取り出す。屋台で買ったものらしい。そのうちの一つをあたしに手渡してくる。いや、違うな。さてはこの子……
「まなつちゃん、楽しんでるでしょ?」
「え? い、いやいや、そんなわけないじゃん。もう陽菜姉、いやだなぁ」と、ヘラヘラ緩んだ口もとを隠すように、まなつちゃんはお面を被る。やれやれ。まぁ、あたしも気にならないと言ったら嘘になるし、ちょっとだけ付き合ってやるか……。
それにしても、と、渡されたひょっとこのお面に目を落とす。視線を上げると、牙を剥いた般若の顔——。
せめて、もう少し可愛いお面にしてくれたらよかったのに……。
(②へ続く)
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お読みいただき、ありがとうございました。
次回は11月1日(日)20:00と20:10頃に、この続きの②と③を投稿いたします。
よろしくお願いいたします。




