許してほしい②
『でね、それから……』
「……あの、お母さん。そろそろ電話、いいかな? さっきも言ったけど、いまカフェで友だち二人待たせてるんだけど……」
『え? あぁ、そうだったわね。……ね、ところでそのカフェって、どこのカフェ?』
「どこって……ほら、前に話したことある、あそこだよ。わたしがよく行ってる下着屋さんの近くの……」
『あぁ、あぁ。あの、入り口におしゃれな花が飾ってあるっていう』
「そう」
『そこ、この間まなつも行ってみたらしいけど、中もおしゃれなんですってね?』
「え、まなつ来たの? 中学生のくせに、生意気な……」
『店員さんもかっこいい人がいたって』
「……いや、まぁ、それは気にしてないからわかんないけど」
『もう、あなたはまたそんなこと言って。こはるももういい年ごろの女の子なんだから、もっと異性とか恋愛とかに興味をもちなさい? わたしがあなたぐらいの歳のころはすごかったわよ。もう校内の男の子を、とっかえひっかえ……」
「いい、いい。自分の娘に己の恋愛遍歴を赤裸々に語るな。……もういい? 切るよ」
『話してたら、あのころの熱い気持ちを思い出してきたわ。わたしもそのカフェ、行ってみようかしら』
「え……その、かっこいい店員さん目的で? やめてよ、恥ずかしい……」
『恥ずかしいってなによ。恋愛は自由よ。何歳からだって、誰にだって、する権利はあるわ』
「その自由が制限される場合もあるでしょ……」
『あら。わたしはもう恋愛をしたらだめだって言うの? なんで、こはる? どうしてよ?』
「お前は既婚者だからだよッ!! もう少し、二人の娘をもつ母親としての自覚をもてッ!!」
☆☆☆
「持病……発作……、治療……?」
えぇ、と愁衣さんは俯いたまま、コクンと頷く。あたしは開いた口がしばらく塞がらなかった。
俄かには信じがたい。緊張すると発症する低体温症……寝不足で全身の感覚が敏感に……? 本当にそんな症状がこの世にあるのか? ただ、目の前の愁衣さんが嘘をついているようには思えない。そういえばこの間、保健室のベッドの下で二人の会話を聞いたとき、「わたしがしてるのはあくまでも治療」とかなんとか、こはるが言っていた気がする。あれって、そういう意味だったのか……。
「あの……篠崎さん、できたらこの話は、学校の他の人には……」
「うん、わかってるよ。誰にも言わない。こはるにも、あたしが愁衣さんからこの話を聞いたことは黙っておく。辛い病気のこと、話させてごめんね」
ありがとう、と愁衣さんはほっと安心したような顔を見せる。
それにしても、病気とその治療、か……。それなら仕方ない、と言うには妙に性的な「治療」が多すぎるような気もするけれど……それを追及して、また愁衣さんに自分の病気の話をさせるのも可哀想だ。ここはおとなしく納得しておこう。
でも、それならそれでひとつ、これだけは確認しておかなきゃいけないことがある。
「愁衣さん」
「は、はい」
少し語気が強くなってしまったあたしの声に、愁衣さんは弾かれたように顔を上げる。あたしは言った。
「愁衣さんの身体のことはわかった。でも、それじゃあ二人はどういう関係ってことになるの? ただの友だち、というには、ちょっと利害関係が強すぎるようにあたしには感じられる。こはるは優しい子で、困ってる人を放っておけないタイプだけど、あのとおり、ちょっと抜けてるところもある。言い方は悪いけど、もし愁衣さんが、そんなこはるをうまく使って、自分の病気の治療のために利用しているだけなんだとしたら……あたしはこはるの友だちとして、二人がそうやって一緒にいることを黙って見ていることはできない」
自分で言ったとおり、言い方は悪い。でもこれだけは確認しておかなければならない。答えの内容や、なにか誤魔化すようなそぶりを見せるようなことがあれば、あたしは——
「断じて違う」
静かな、けれどきっぱりとした口調で愁衣さんは言った。
「最初は、篠崎さんの言うような部分も少しはあったのかもしれない。でもいまは違う。治療を通して、それ以外にも多くの時間をこはると一緒に過ごしていく中で、私はこはるの優しさに触れ、誠実さを知り、尊敬し、そして惹かれていった。いまの私は、たとえこはるに治療してもらえなくなったとしたって、それでもこはると一緒にいたい。私はこはるが好き。心から、誰よりも……」
淀みのなさが、言葉の外だけでなく内側からも感じられるようだった。まっすぐにあたしを見据えるその瞳が、そこに嘘はないことをこれ以上ないほどに語っていた。
「わかったよ、愁衣さ——」
「そして、ゆくゆくは生涯の伴侶に……」
「う、愁衣さん、いったん落ち着こう。愁衣さんの気持ちはよくわかったから」
ふぅ、とあたしは小さく息を吐く。
「ありがとう、愁衣さん。正直に教えてくれて。おかげであたしも、あらためて気持ちの整理がついた。二人のこと、これからも応援させてもらうよ」
「え、でも……」
「愁衣さんがどれだけこはるに対して本気か、よくわかったから。愁衣さんの気持ちがちゃんとこはるに伝わるよう、応援してる」
「あ、ありがとう。でも、こはるはきっと、私のこと……」
「そうだねぇ。あの子、鈍感だからなぁ。二人が幸せに結ばれるかどうかは、これからの愁衣さんの頑張り次第じゃない?」
そ、そうよね……うん、と愁衣さんは自分を奮い立たせるように両手をきゅっと握り締める。その顔には決意より、不安が多く滲んでいるようにも見えた。
でも、愁衣さん。きっと大丈夫だよ。最後はちょっと意地悪言っちゃったけど、愁衣さんといるときのこはるの表情を見ればわかる。いまはまだはっきり自覚していなくても、きっと、こはるも……。
ふっ、と息をついて、あたしはソファに深くもたれかかる。
「はぁー。でも、よかった。いろいろと誤解が解けて、愁衣さんとこうしてちゃんと話ができるようになって。……もうさっきまで、気まずくて気まずくて死にそうだったよ」
「気まずい? どうして?」
愁衣さんはきょとんとした顔で首を傾げる。
「え。いやだって、うちらさっきまで、空気最悪だったじゃん? 愁衣さんも、あたしに対して気まずかったんでしょ? そもそも、今回の二人のケンカも、間接的にとはいえ原因はあたしだったわけだし……」
「そんなことはないわ。たしかに、こはるの口から『いちばんの親友』って言葉を聞いたときはショックだったけれど……。でも私、そのあと反省して思い直したの。こはるにとって篠崎さんはお付き合いの長い特別なお友だち。そんな歴史ある二人の関係に、ぽっと出の私がジェラシーを感じるなんて、そもそもおこがましかったな、って……。だからむしろ、こはるにとって大切なお友だちなら、私も仲良くお話ができるようになれたらなって思っていたの」
「そ、そうなの……? そのわりにはなんか、二人きりになってから、ずっと俯いて睨むようにあたしを見てたように思えたけど……」
「あれは……その、篠崎さんの、お胸を見ていたの」
「む、胸?」
「えぇ。私、恥ずかしいのだけれど、胸のサイズにちょっとコンプレックスがあって……。それで、篠崎さんに胸を大きくする方法を訊いてみたいなって思っていたのだけど、いきなりこんなことを訊いたら失礼かと、言おうかどうかずっと悩んでいて……」
……なるほど。俯いてるように見えたのは視線が下に下がっていたからで、睨むように見つめてたのはあたし自身じゃなく、あたしの胸だったのか……。
「ごめんなさいね、失礼な態度に映ってしまったみたいで。……許してくださる?」
「……あ、あぁ、うん、もちろん。こっちこそ、勝手に勘違いしてたみたいで、ごめんね。許して」
とにかく、これであらためて諸々の誤解がすべて解けたわけだ。よかった、とあたしはもう一度、ふっと吐息をつく。「それで、あの、篠崎さん」と、頭を下げていた愁衣さんが顔を上げて言った。
「あらためてお訊きしたいのだけど、胸を大きくするにはどうしたらいいの? 普段どんなものを食べてる? 睡眠時間はどれくらい? なにか運動とかは——」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って。ないから、そういうの。そもそも、大きくしようと思ってなったわけじゃ……。あ、あのさ、愁衣さん、いまはその話よりなにか別の話をしない? せっかく仲良くなれたんだし、胸の話はまた今度ってことで……」
「そう……?」
と、愁衣さんは少し残念そうに眉を下げる。それから「あ、じゃあ」と顔を明るくして言った。
「篠崎さんは、こはると小学三年生のころからのお友だちなのでしょう? それなら、昔のこはるがどんなだったか聞かせてもらいたいわ」
「おぉ。キッズこはるのエピソードトークってわけね? いいよいいよ。えーとね、何から話そうかな……あ、じゃあまず、四年生の遠足のときに……」
◇◇◇
「はい、じゃあもう、いいかげん切るからね。夕飯までには帰るから」
『あぁ、はいはい。じゃあここからは、チャットに切り替えればいいのね?』
「しないよ、チャットもッ!! 友だちといるって言ってんでしょ!? 話はまた夕飯のときに聞いてあげるから! じゃあね!」
と、強制的に電話を切る。……ったく、ほんとにいちいち話の長い親だ。どれくらい話してたろう。二人をずいぶん待たせちゃったな……申し訳ない。
路地を出て、店に向かう。暑いので少し離れた日陰で電話していたから、二人がどうなっているかは見ていない。やっぱり、二人きりにしちゃまずかったかな。前に「友だちがいない」と話していた愁衣さんのために、この機会に友だちを増やしてもらえればと思って陽菜と同じ席に座らせてもらったんだけど、よく考えたら二人とも、人見知り同士だ。なんか逆に、二人に対して悪いことしちゃったかな……。とにかく、急いで戻ろう。
店のドアをくぐり、早足で二人の元に向かう。
「ごめん、二人とも! お母さん、話長くって……。ごめんね、許して——」
「え! じゃあ、そこから一人で違う道へ……?」
「そうそう。もう、みんなで探し回って、大変だったんだから」
……あれ、なんか、仲良くなってる? なんで? まぁ、よかったけど……。
「それで結局、誰が見つけたの?」
「担任の女の先生。よほど心細かったんだろうね。先生に『お母さーん』って縋りついて……」
ところでこの二人、いったい誰の話してるんだろう。
なぜか少し、嫌な予感がする……。
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【おまけ:こはるとこはる母の電話でのやりとり、本編不掲載部分より一部抜粋】
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『でね、そのとき、ケンジが……』
「わかったわかった、もういいよ昨日観たドラマの話は……。で、とにかくわたしは帰りにまなつ用の冷却シートを買っていけばいいのね?」
『そう、お願い。さっき買い物に行ったとき買いそびれちゃって……。いまは代わりに濡らしたタオル乗せてるから大丈夫なんだけど、本人が「冷却シートがいい」って言うから。本当にもうあの子ったら、急に風邪なんか引いて……。「夏」を名に冠する者の名折れね』
「いや関係ないでしょ、名前は。わたしだって『こはる』だけど、春に風邪引くことあるし」
『たしかにそうね。もう、姉妹そろって……。やっぱりひらがなだと強さが足りないのかしら。「小春」「真夏」って、二人とも漢字にしておくべきだったのかも』
「だから関係ないっての。漢字にすると風邪引きにくいとか、そういうシステムでやってないから、名前は」
『いまから改名する?』
「しないよ! やめてよ、けっこう気に入ってるんだから、この名前!」
『あらぁ、こはるったら。親に対して自分の名前気に入ってるなんて、なかなか嬉しいこと言ってくれるじゃない』
「う……。い、いやべつに……。『小春』って漢字にされるよりはましって意味で言っただけだから……」
『またまたぁ、そうやってツンツンしちゃってぇ。たまに素直になってくれたんだから、その勢いでもっとデレてくれてもいいのよ?』
「なんだよ、デレるって……。とにかく、そういうんじゃないから。単にいまの名前が肌になじんでるってだけで……」
『いいからいいから。たまには小さいころみたいに、もっとお母さんにデレデレしなさい?』
「いや、だから……」
『デレなさいよッ!!』
「なんでキレてんのッ!? ……あ、あのさぁ、お母さん。もう切ってもいいかな。いま友だちとカフェに来てて、中で待たせてるんだけど……」
『友だちって? 陽菜ちゃん?』
「いや、——あぁ、まぁ、結果的に陽菜もいるけど……一緒にカフェに来たのは、別の子」
『へぇ。……ね、そういえば最近、陽菜ちゃんうちに遊びに来てないわね。今度、夕食にでも誘ってあげなさいよ』
「あぁ……うん、まぁ、そうだね」
『よかったら、その子も一緒に』
「え! う、うーん……まぁ、誘ってみてもいいけど……」
『何か問題でもあるの?』
「いや、なんていうか……。何事もなく過ごせるかな、と思って……」
『どういう子なの、その子……?』
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お読みいただき、ありがとうございました。
次回、第17話①②は10月16日(金)18:00に投稿いたします。
よろしくお願いいたします。




