食べさせてほしい
「こはる、お昼一緒に食べよ」
昼休み。あたしはいつものように、こはるに声をかける。
「陽菜。ごめん、今日、保健室当番なんだ」
「え、また? ……なんかこはる、当番の日多くない?」
そう言うと、こはるの顔にさっと影が差す。
「陽菜……どうしてグーは、パーに弱いんだろうね」
「グーとパー……。あぁ、当番決めって、ジャンケンなんだ……」
可哀想だけど、なら納得できる部分はある。どういうわけか、こはるは昔からジャンケンが弱いのだ。
「グーは拳、パーは紙でしょ? なら、思いっきり力を入れれば突き破れそうじゃない?」
「こはる、そんな子どもみたいな屁理屈で、古来より受け継がれてきたジャンケンのルールはそう簡単に打ち破れないよ」
はぁ、と小さなため息をつき、「そういうわけだから、ごめんね」と言い残してこはるは教室を出ていった。その横顔を見て、おや、と思う。そういえば最近、保健室当番に向かうときのこはるの表情が以前より明るい気がする。前はその話題が出ただけで、どこか不安そうな、物憂げな顔をしていたのに。今日なんか暗いどころか、まるで何かを楽しみにしているかのように口もとがわずかに緩んで見えた。どういう心境の変化だろう。
こはるを見送ったあたしは、ひとり自分の席に着き、お弁当を広げる。
なんか最近、あんまりこはると一緒にお昼食べれてないな。それ以外でも、こはると過ごす時間が前に比べて減った気がする。テスト勉強も、中間のときは毎日のように一緒にやってたのに。
ふと、頭に愁衣さんの顔が浮かんだ。
まぁ、そうだよね。こはるにはいま、彼女がいるんだもん。ただの友だちであるあたしとの時間が減るのは当然だ。いまのこはるは彼女優先。あたしはそれを応援すると決めたんだから、そんなことでいつまでもうじうじするのはよそう。
空席になっている、愁衣さんの席にふと目をやる。
でもなんか……ちょっとだけ、妬けちゃうな。
◇◇◇
「こ、こはるさん。本日は、お日柄も良く……」
……またやってる。
戸の外から洩れ聞こえてくる声を聞きながら、わたしはため息をつき、椅子から立ち上がる。
ガララッ、と引き戸を開けた。
「きゃっ、お日柄さん……!」
「混ぜるな。誰がお日柄さんだ。もういいから、中入って」
愁衣さんの手首を掴み、強制的に室内に連れ込む。そのまま丸椅子に座らせた。
「ひどいわ、こはる。私まだ練習中だったのに……」
「その練習、外から見たらただの変人だからやめろって言ってるでしょ。だいたい、なんでいつもわざわざ保健室の前でやるのよ? 練習なら本人に聞こえないとこでやってよ、マナーとして」
「もちろん、保健室に来る前にも練習はしているわ。でもいざ決心して向かおうとすると、保健室の前で唐突な不安に襲われるのよ。本当にこれで大丈夫かな……って。マリッジ・ブルーならぬ、ヘルスオフィス・ブルーね、俗に言う」
「その言葉が流通している俗をわたしは知らない。っていうか、保健室って英語で『ヘルスオフィス』っていうんだ……」
それで、とひとつ咳払いをし、わたしは訊ねる。
「今日はどんな用事で来たの? 練習してたってことはいつもの発作じゃなくて、わたしに何か言いたいことがあって来たんでしょ?」
「すごいわ、こはる。よくわかったわね」
「そりゃわかるだろ……」
「言わなくてもわかるなんて、以心伝心というやつかしら」
「うん、まぁ、そういうのはいいから。で、なに、用事は?」
「テレパシーみたいなものかしら。私のこはるへの想いが電波となってこはるに——」
「いいから早く言えよッ!! 酸素の無駄遣いみたいな会話を垂れ流すな!! 一応、仕事中なんだよこっちは!!」
あのね、と愁衣さんは浅く顎を引き、上目遣いにわたしを見ながらもじもじし出した。男子ならきっとイチコロなんだろうなぁ、といういじらしさ。
「わ、私も、ここで……、こはると一緒にお昼が食べたいなぁって、思って……」
「お昼……保健室で?」
「う、うん。……だめかしら?」
「いや、まぁ、……べつにいいよ」
「ほ、本当……!?」
「うん。……まぁ、さっきは『仕事中』とか言ったけどさ、正直保健室当番なんてすること何もないし、実質ただの留守番だから。留守番の生徒が一人増えたところで、先生もたぶん文句は言わないでしょ」
愁衣さんは瞳を輝かせ、ぷるぷると身を震わせる。そして、「うれしい! ありがとう、こはる!」とわたしに抱きついてきた。甘い香りが鼻に広がる。
「ちょ、ちょっと愁衣さん。わかった、わかったから。お昼食べるなら、早く食べよ。こんなことしてる間に、昼休みの時間なくなっちゃうよ?」
「あ、そうね。それじゃ私、急いで教室からお弁当とってくるわね」
「持ってきてなかったのかよ……」
なんで断られる前提で頼みに来てるんだ。いつものことながら、ネガティブの方向性が謎な人だ……。
☆☆☆
「いてて……」
痛む指先を包むように押さえながら、廊下を歩く。
しまったな、指を切っちゃうなんて……。
弁当を食べながら、ふと今日の午後に数学の授業があったことを思い出した。まだ宿題をやっていないことに気づき、慌ててプリントを取り出そうとしたところ、紙の端で人差し指の先を切ってしまったのだ。
いつもならその場でこはるに絆創膏を貰っているところだけど、あいにく今日こはるは保健室当番。面倒だけど保健室まで貰いに行くことにした。こういう紙で切った傷って、忘れたころにぴりっと痛むから放っとくの嫌なんだよね。
タタタ——。
ふと、前方から軽快な足音が聞こえてきた。見ると愁衣さんがこちらに向かって走ってきている。
「————」
愁衣さんはそのまま、あたしのことなど目に入らないといった様子ですぐ横を通り過ぎていった。……まぁ、仮に目に入っていたところで、日ごろほとんど絡みのないあたしたちには交わす言葉など特にないのだけど。
どうしたんだろう。なにか急ぎの用事だったのかな。っていうか、愁衣さんって走るんだ……。いつもは優雅に宙を舞っている可憐な妖精が、突然地べたを裸足で駆け抜けていくところを目撃したような、意外な光景だった。
首を傾げ、あたしはまた歩き出す。しばらく歩いたところで、
タタタタ——。
後方からの足音に振り返る。愁衣さんだ。——え、なんか戻ってきた!? 愁衣さんはあたしの横を過ぎ、颯爽と走り去っていく。来たとき同様、軽快な足運びで。
なんだっていうんだ、いったい……? なにか用事があって飛び出したけど、途中で忘れ物に気が付いて戻ることになった、とか? そういう、そそっかしい人とは思えないけど……。
愁衣さん、手に何か抱えてたな。あれ何だろう……弁当箱? 横を通り過ぎたとき、一瞬見えた表情は笑っていたような。向かった先は、保健室に繋がる廊下だ。
「……」
なぜだろう。なにか、嫌な感じがした。頭に浮かぶ想像を考えないようにしながら、あたしは歩き出す。
◇◇◇
「そう、そうなの。それでね、こはる、昨日はね、——あ、そうだ、その前に、一昨日ね……」
東雲先生の事務用デスクには二人分の弁当が広げられている。愁衣さんの話に、ふんふん、と相槌を打ちながら唐揚げを箸で口に運ぶ。
愁衣さんが戻ってくるのを待つ間、「べつにいいよ」とか言っちゃったけど、そんなことわたし一人の判断で軽々しく決めちゃって本当に大丈夫なのかな、とふと不安に思ったわたしは、東雲先生に電話で確認することにした。したところ、「べつにいいよ」と、録音した自分の声が流れたのかなと思うくらいまったく同じ軽い返事が返ってきたので、それを受けて現在、愁衣さんを正式に保健室に迎え入れている。
戻ってきてその話を聞いた愁衣さんは、「自分のわがままなのだから、自分からも先生にひと言挨拶をしたい」と電話を取ろうとしたのだが、「東雲先生、本日はお日柄も良く……」とまた例の練習が始まってしまったため、長くなりそうなのでそれはやめさせた。あとで先生が帰ってきたときに直接礼を言いなさい、としてある。
「えぇと、それでね、……あれ? 私、どこまで話したかしら……。あ、そうだわ。聞いてこはる、先週ね……」
そして、聞けば愁衣さんはもう二か月も前から、この「保健室で一緒にお昼を食べたい」を言いたくてでも言えずにうじうじとずっと悩んでいたのだという。そのため、わたしに話したいことが溜まっているのだそうだ。さっきから弁当ほぼそっちのけで喋りつづけている。
「あ、そうだ。ケーキといえばね、私、三週間前に食べた——」
「愁衣さん、愁衣さん。三週間前に食べたケーキの話もいいけど、いまは目の前のお弁当を食べなよ。昼休み、喋ってるだけで終わっちゃうよ」
「え。あぁ、そ、そうね、私ったら……。うふふ。こはるとのお喋りが楽しくて、ついつい夢中になってしまったわ」
「喋ってたの、ほぼ愁衣さんだけどね。まぁ、保健室当番の日は今日だけじゃないんだし、ゆっくり話そう」
と、そう言いつつも、ふと思う。
「でも、どうせならもっと早く言ってくれればよかったのに。わざわざこんな、一学期も終わりかけの時期に……」
もっと早く言ってくれれば、もう少し長く一緒にお昼が食べられたのに。
「えぇ。だからこそ今日、こはるにそれを言いに行く決心がついたの。もうすぐ一学期も終わり、そして夏休みがやってくる。夏休みが始まればこはるに会えなくなってしまうから、そうなる前に、少しでもこはると会える機会を多くして、来たる夏に備えようと思って……」
「愁衣さん……」
なんだか気恥ずかしくて、ぽりぽりと頬を掻く。
「いまのうちに、少しでも多くのこはる分を摂取しておこうと思って……」
「その栄養素についてはよく知らないけど……あのさ、えっと、愁衣さん」
「なに、こはる?」
「その、夏休みも、たまに会おうよ」
「え……?」
愁衣さんが驚いたように目を丸くする。
「えぇと……あ、ほら、前に行こうって約束したカフェとかあったじゃん? そういうのとか、よかったら、一緒にさ」
「こはる……」
「あ、もちろん、愁衣さんが嫌じゃなければ、だけど」
「嫌だなんて。でも、迷惑じゃないかしら……?」
「え、迷惑? ……なにが?」
「だって私、きっとまたなにか発作を起こして、こはるに迷惑をかけてしまうし……。それに、こはるはきっと、お友だちとの約束もいろいろあって忙しいでしょう?」
「そんなの。それが嫌なら、そもそも会おうなんて言わないし、……ていうか、わたしは愁衣さんのことも、その、友だちだって思ってるよ?」
「こはる……」
「だ、だから、わたしに何か言いたいことがあるとき、もう変な練習とかしなくていいから。発作のときみたく堂々と、気兼ねなく何でも言ってきて」
「……うん、わかった」
愁衣さんが祈りを捧げるように両手を組む。キラキラ輝く大きな瞳がじっとわたしを見つめていた。
「私は、こはるのお友だち……」
「うん、そうだよ」
「恋人……」
「いや、そこまでは言ってない」
「家族……」
「おーおー、どこまで行くんだ、お前は」
愁衣さんは立ち上がり、よろよろとわたしの目の前までやってくる。そしてしなだれかかるように、わたしに身を預けてきた。
「ちょ、ちょっと、愁衣さん。……もう、なんでいちいち抱きついてくるのよ?」
「だって、私、幸せでいっぱいで……。もはや言葉ではそれを表現できなかったから……」
「愁衣さん……」
愁衣さんの背中に回した手にきゅっと力がこもる。愁衣さんの心臓の鼓動が伝わってくる。
「ところで……」
と前置きをして、わたしは訊ねた。
「愁衣さんの両腕は、なんでさっきから脱力したように垂れさがってるの?」
風に揺れるブランコのように、愁衣さんの両腕は前後に力なく揺れ動いている。てへっ、と舌を出して愁衣さんは言った。
「発作が出ちゃって」
ふぅ、と鼻から息を吐き出し、わたしは訊ねる。
「どうすれば治るの?」
☆☆☆
薄く開けた戸の隙間から、こはるにもたれかかるように身を寄せる愁衣さんの背中が見える。
「……」
少し前まで、二人は話しながら一緒に昼食を食べていた。とても、仲良さそうに。喋っているのはほぼ愁衣さんで、何を言っているのかはよく聞き取れなかったけど、二人が会話を楽しんでいることはわかった。こはるが笑ってたから。
知らなかった。二人が保健室で一緒にお昼を食べるようになっていただなんて。最近、保健室当番の日のこはるの表情が前より明るくなった理由がわかった気がした。
もしも、相手があたしだったら。こはるはあんなふうに笑っただろうか。いや、そもそも保健室にあたしを受け入れてくれただろうか。「今日、保健室当番なんだ」と昼食を断られたときのこはるの顔が脳裏をかすめた。
その顔が頭の中で、いまさっきまで見ていた優しい笑顔に変わっていく。
「……」
トイレや図書室でのことより、そういう顔を見せられるほうが、きついな。
紙で切った指先が痛む。痛いのは、指だけじゃないような気がした。
——と、ふいにこはるが椅子から立ち上がった。二人連れ立ってベッドのほうへ行く。カーテンがぴっちり閉められた。
あぁ……まぁ、やることはやるわけね……。
——あ。でも、いまがチャンスかも。二人がベッドで、その、いたしている間に、こっそり絆創膏を取ってこれるんじゃないか。
あたしは音がしないよう、慎重に引き戸を引く。足音を殺しながら、壁際の棚のほうに向かった。前に一度来たとき、たしかここに救急箱が……。
「ン……こはる、そこ気持ちいい……」
「でしょ。じゃあ……このへんは?」
「あっ、いいわ。こはる、すごく上手……」
……うん、まぁ。こういう生々しいやりとりを聞かされるのも、それはそれで別の意味できついな……。さっさと絆創膏をもらって退散しよう。
ガラス戸の付いた棚の中に救急箱を発見する。あったあった、と伸ばした手が、そのすぐ横に置かれていた薬瓶に触れてしまう。次の瞬間、カシャン、と音を立てて薬瓶が床に落下した。
ベッドから洩れ聞こえる二人の声がピタリと止まった。まずい——。人生史上最高速で走らせた視線が、ある一か所を捉える。
思うより先に動き出した体が、ネズミのようにあたしをその「隙間」に潜り込ませていた。
◇◇◇
薄く開けたカーテンの隙間から室内を見渡す。
「……誰もいないや」
カーテンを閉め、愁衣さんの元に戻る。
「大丈夫よ、仮に誰かに見られても。私たち今日は、なにもやましいことはしていないのだから」
「うん、まぁ——って、『今日は』!? い、いやいや、いつもしてないから! わたしがいつもしてるのはあくまでも『治療』だから!」
「うふ。でも私は、ただの『治療』の枠に収まらない喜びをいつも感じているわ」
「……え。じゃあもう、やめようかな」
「え!! う、嘘よ、こはる! いまのは嘘! 嘘じゃないけど嘘なの、だからやめないで!」
本当は手でわたしの体を揺すぶりたいのだろうけど、両腕が脱力して使えない愁衣さんは、ベッドに膝をついた体勢で焦ったようにぴょんぴょん跳ねる。親鳥に餌をせがむヒナのよう。
「いまさらやめないよ」
と、ピーピー騒ぐヒナの肩にそっと手を置き、黙らせる。
「……本当?」
「うん。わたしが全部治すって約束したでしょ?」
「こはる……」
愁衣さんはまた、キラキラ輝く瞳をわたしに向ける。
「こはる、お願いがあるの」
「うん、なに?」
「キスして」
「さっそくやましさ全開だな」
はい、じゃあ背中向けて、と愁衣さんに強制的に前を向かせる。肩に手を置き、マッサージを再開した。
「あ、そこっ。こはる、そこ気持ちいい……」
「お客さぁん、けっこう凝ってますねぇ」
「うふ。えぇ、肩の凝りって、自分でも気づかないうちに溜まってるものなのね」
「……」
「こはる。いま、『そんなサイズの胸ぶら下げて、どうして肩なんか凝るんだ』って思わなかった?」
「お、思わないよ。なぜそう胸の話題のときだけ極端にナーバスになるんだ……」
それにしても、今日の「治療」が単なる肩もみでよかった。愁衣さんの腕の脱力は本人いわく、「幸せな気持ちが許容量を超えると発生」する発作らしい。
愁衣さんによれば、
「保健室で一緒にごはん食べることを許してもらえて、夏休みも会おうって言ってもらえて、こはるに友だちだと思ってもらえていることがわかって……今日の私は幸せでいっぱいなの。幸せすぎて両腕の力がすべて抜けてしまった。ちなみに、なぜ幸せだと腕の力が抜けるかというと(以下略)」
ということらしい。そう言われると照れくさいような、でもそのせいでこの症状を引き起こしてしまったとするとなんだか複雑だ。
とにかく、この症状は肩を揉んでやれば回復するらしい。肩は恒例の「直接触れなければダメ」らしいので、愁衣さんがシャツを脱いでいる関係でベッドのカーテンは閉め切っている。しばらく続けていると、「こはる、ありがとう。もういいわ」と愁衣さんから声がかかった。
「あ、もう良くなった?」
「えぇ、おかげですっかり。どうもありがとう」
と頭を下げ、それから愁衣さんはシャツを着はじめる。着終えるのを待ってから、わたしは、シャッ、とカーテンを開けた。
「それにしても、こはるは肩もみが上手ね。びっくりしちゃった」
愁衣さんが言った。
「ん? あぁ、まぁ、そうかもね。慣れてるから」
「そうなの? お母さま相手によくやっているとか?」
「あぁいや、母親っていうか……陽菜の肩をね、よく揉んでたから」
「篠崎さんの……」
「うん。ほら、あの子胸大きいからさ、よく肩凝るんだよ」
「ふぅん、そうなの……」
愁衣さんはつまらなそうに唇を尖らせる。バストの話題は禁句だったか。
「いまでも、よく揉んであげてるの?」
「いや、最近は……うん、そういえば最近はあんまりやってあげられてないな。今度、家遊びに行ったとき、ひさしぶりに揉んであげるかな」
「い、家に……」
愁衣さんは何かに驚いたように少し目を丸くし、それから取り繕うように口の端でふふっと笑う。
「そ、そうよね。お友だち同士、家くらい行くわよね」
「うん。まぁでも、家にまで遊びに行く友だちは、もう陽菜くらいしかいないけどね」
愁衣さんの頬がわずかにヒクついたように見えた。口は笑ってるけど目が笑ってない。変な表情。何かまた発作か?
「そ、そう、唯一の……。こはるにとって篠崎さんは、大切なお友だちなのね……」
「うん、まぁね、付き合いも長いし。……こんなこと、照れくさくて本人には絶対言えないけど」
と指で頬を掻きながら続きを言った。
「やっぱり陽菜が、いちばんの親友かなって思う」
「い、いちばん、の……」
しん、ゆう……、と、銃弾で撃ち抜かれたように愁衣さんはふらふらと足もとをよろめかせ、再びベッドに座り込む。そのまま、こてん、と倒れるように横になってしまった。
「え、あの、愁衣さん? 大丈夫?」
すると愁衣さんはよろよろとゆっくり起き上がり、事務用デスクのほうに向かう。カチャカチャと、食べかけの弁当を片付けはじめた。
「え、お弁当、もう食べないの……?」
「えぇ……なんだか今日はもう、食欲がなくて……」
そうして弁当箱を手に抱えると、ふらふらと出入り口のほうに歩きはじめた。
「帰るの?」
「えぇ……。こはる、私のことは探さないで……」
「いや、探そうとしなくても、次の授業のとき教室でまた会うと思うけど……」
「さようなら、こはる……」
「……さようなら」
ぽかんと返事を返す。愁衣さんはふらつく足取りのまま保健室を出ていった。
……なんだったんだ? どうもなにか様子が——おかしいのはいつもだけど、なんというか、いつもとはまた違った感じでおかしかった気がする。気になる。なんとなく、呼び止めるべきな気がする。
「ちょっと、愁衣さーん。待ってよー」
と、わたしは愁衣さんを追って保健室を出た。
☆☆☆
こはるが保健室を出ていった。
ふうぅ、と安堵の息をつく。
なんだ、ただの肩もみだったのか。この至近距離で、今日はどんな凄まじいやりとりを聞かされるのかと思ったけど……平和に終わってよかった。
それにしても、「治療」とか「わたしが全部治す」とか……他にもいろいろと気になることを言っていた気がする。いったいどういう意味だったんだろう。
ただ、いまのあたしにはそれよりも……
『やっぱり陽菜が、いちばんの親友かなって思う』
こはるの声が脳内に甦る。その甘い調べが栄養素となって、身体全体を満たしていくようだった。
「こはる……」
両手を胸に当て、目を閉じる。指の痛みは、もうあまり気にならなかった。
——と、コツコツと近づいてくる足音に、それが目の前まで来たところでようやく気が付いた。視線を上に上げる。
「篠崎さん、そんなところでなにやってるの……?」
腕組みをした東雲先生が困惑の表情であたしを見下ろしていた。
「た、体調が悪いので、少しベッドで休ませてもらおうと……」
「ベッドの……下で?」
硬い床のひんやりした冷たさを感じながらあたしは言った。
「じ、次回から、ベッドの上で、休むようにします……」
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【おまけ:その日の夜、チャットアプリ内でのこはると陽菜のやりとり】
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〈陽菜〉
〈こはる〉
〈どしたの?〉
〈あのさ〉
〈えっと〉
〈友だちが、友だちの友だちをなんか怒らせてしまったみたいなんだけど、その友だちがなんで怒ってるのかわからなくて困ってるって言うのね友だちが〉
〈落ち着いて、こはる〉
〈文章が友だちだらけでなんかよくわからなくなってるから〉
〈とりあえずA子ちゃんとB子ちゃんがいて〉
〈A子ちゃんがB子ちゃんを怒らせてしまったわけね〉
〈そしてその理由がわからなくて困っていると〉
〈A子ちゃんが〉
〈そう〉
〈どうしたらいいと思う〉
〈あたしはその現場を見ていないからはっきりしたことは言えないけど〉
〈とりあえず〉
〈A子ちゃんが悪いと思う〉
〈現場を見てないのに!?〉
〈そうかなぁ〉
〈やっぱり、ちゃんと謝ったほうがいいかなぁ〉
〈そうだね〉
〈謝るべきだね〉
〈現場を見ていないからはっきりしたことは言えないけど〉
〈現場を見てないわりにだいぶはっきり言ってくる〉
〈そうかぁ〉
〈じゃあ、明日謝りに行ってみる〉
〈それがいいよ〉
〈C子ちゃんもそう言ってる〉
〈C子ちゃん!?〉
〈だれ!?〉
〈わ、わかった〉
〈よくわかんないけど、C子ちゃんがそう言うなら〉
〈こはる〉
〈ありがとう〉
〈?〉
〈なにが?〉
〈A子ちゃんがB子ちゃんに謝りに行くことに対して?〉
〈え〉
〈うん、そう〉
〈C子ちゃんも、こはるのこと応援してるって〉
〈??〉
〈そ、そう〉
〈ありがとう、C子ちゃん〉
〈こちらこそ〉
〈???〉
〈わたしはC子ちゃんに言ったんだけど〉
〈え、あぁ、そっか〉
〈じゃあC子ちゃんに伝えておく〉
〈うん〉
〈じゃあわたしは、C子ちゃんのアドバイスをA子ちゃんに伝えておくね〉
〈そうして〉
〈二人の仲が元に戻ることを願ってる〉
〈C子ちゃんが?〉
〈そう、C子ちゃんが〉
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お読みいただき、ありがとうございました。
次回第16話①②は、10月9日(金)18:00に投稿予定です。
よろしくお願いいたします。




