撫でてほしい
「ウン、えー、こはるさん、本日はお日柄も良く……。ちょっと硬いかしら」
昼休み。保健室当番中のわたしが事務机でお昼を食べていると、戸の外から愁衣さんの声が聞こえてきた。
「エヘン、えーと……、こはる! 元気? 最近どうしてる? あ、最近といえばあれよね? ……これだと唐突すぎるわね」
……なんか、練習してる? そういうの、やるなら本人に聞こえないところでやってくれないかな……。愁衣さんとしては聞こえてないつもりなのかもしれないけど。
「よし。これでいくわ。『こはる、こんにちは』、『こはる、こんにちは』……」
セリフが決まったらしい。そんなセリフ、練習しなくても言えるだろ。ほどなくして、引き戸がノックされる。
「はい」
ガラガラと戸が開き、愁衣さんが入ってきた。愁衣さんはなにやらカクカクとした動きでわたしの前までやってくると、息を吸い、口を開いた。
「こひゃ——」
「……」
「……」
愁衣さんが両手で顔を覆う。
「ごめんなさい……もう一度、入ってくるところからやっていい……?」
「いや、いいよわざわざ! てか、なんなの? 外でずっとなんか練習してたみたいだけど」
「き、聞かれてたの……? そんな、恥ずかしい……」
「大丈夫だよ、恥ずかしいようなことは言ってなかったから。やってることの意味はずっとわからなかったけど」
「そうかしら……。ならいいのだけど……」
「外にいる人に見られてたら完全に変な人だから、よくはないけどね。とりあえず、座れば?」
愁衣さんは言われたとおり丸椅子に座り、こちらにチラチラと視線を投げかけてくる。……わたしから訊いたほうがいいのか?
「ええと、それで何の用なの? また何か発作?」
「う、ううん、違うの。私は今日、健康。本日は、お日柄も良く……」
「もういいよそれは。健康なら、どうして保健室に? わたしに何か言いたいことでもあるの?」
「言いたい、こと……」
愁衣さんはもじもじと身をよじらせ、
「その……もうすぐ、あれよね、テ、テストが……あるわよね?」
あー、と思わずため息まじりの声が出る。
「だね。テストだ。憂うつだなぁ。これが終われば夏休みだけど、今回は教科も多いし……」
「そ、そうよね。憂うつよね、テストは。本当にもう、嫌になっちゃうわ」
「えー? またまたぁ。愁衣さんはそんなことないでしょ。愁衣さん、勉強できるじゃん」
「え? あ、あぁ、そうだったわね。私は比較的、勉強が得意なのだったわ……」
「比較的? もぉ、そんな謙遜してー。愁衣さん、前回のテストほぼ全科目、クラスで一番だったじゃん」
「あ、そう……だったかしら……? そういえば、そんなこともあったかしらね……」
「すごいよねぇ。きっと今回も、もうずいぶん前から勉強始めてるんでしょ?」
「え? え、えぇ。ずいぶん前、というか、昨日、とりあえず各科目一周ずつは終わらせたわ……」
「えー、もう? さすが愁衣さん。じゃあもう勉強しなくてもテストは余裕だね」
「そう……なのかしらね、ある程度は……」
「わたしも見習って、勉強がんばらないと」
「う、うん……。応援、してるわ……」
「うん、ありがとう」
「……」
「……」
「——って、違うのよッッッ!!!」
「うわ、びっくりした!」
愁衣さんはくずおれるように床に膝をつくと、両手で頭を抱え、ウンウン唸り出す。
「どうして……? どこで間違えたの? どうして……なぜ、こんなことに……」
「あの、愁衣さん? だいじょぶ——」
「どうしてなの、こはる!?」
「知らないよ!! ていうか、何に対してだよ!! ……あの、結局なにが言いたかったの? ゆっくりでいいから、ちゃんと話して? 聞いてるから」
ひくっ、すんすん、と鼻をすすりながら愁衣さんは途絶えがちに言葉を紡ぐ。
「わた、私……こはると、一緒に……勉強が、したかったの……」
「勉強……って、テスト勉強のこと?」
コクコクと愁衣さんは首を縦に振る。え、もしかしてさっきの練習って、それを言うためのやつだったの……? 俯き、肩を震わせる愁衣さんに「あの」と声をかける。
「愁衣さん、いいよ。一緒にしよ、テスト勉強」
愁衣さんは床に膝をついた姿勢のまま、ゆっくりと顔を上げる。
「本当、こはる……?」
「うん。べつに断る理由ないし。今日の放課後、一緒に図書室でやろっか」
迷い込んだ洞窟で外に繋がる出口を見つけたときのように、愁衣さんの顔に光が差した。
「……うん!」
輝きを満面に宿した顔で愁衣さんは大きく頷く。たったこれだけのためにセリフを練習して、もじもじして、挙句失敗してこの世の終わりのように落ち込んでいたなんて。不器用というか、なんというか……。
「ほら、じゃあもう教室戻って。ここは怪我でも病気でもない人が長居すべき場所じゃないから。またあとで」
と、椅子を回転させた背中に「こはる」と声がかかる。「なに?」と振り向く。
「いまのやりとりで緊張して低体温症になってしまったから、胸を揉んでほしいの。こはる、服脱いで」
「なんでそれはすんなり言えるんだよ……」
◇◇◇
引き戸を開け、愁衣さんと二人、そろりと中に入る。テスト前ということもあって、放課後の図書室はいつもより席が埋まっている。といっても、普段図書室に来る機会はほとんどないため、平常時の状態はよく考えたらあまり知らない。「いつもより」とつい感覚で言葉を使ってしまったことをここに謝罪したい。
パーティションで仕切られたブース席は、隣り合って空いているところがなかったので、壁際のカウンター席に並んで座る。愁衣さんが、フンフンと小さく鼻歌を歌いながら鞄から取り出した教材類を机に並べていく。
「愁衣さん、しっ。ここ図書室なんだから」
「あ、ごめんなさい私ったら。こはると一緒に勉強できるのが嬉しくて、ついはしゃいでしまって……」
「でもさ、昼休みに保健室でも言ったけど、愁衣さん、もうべつにそんな勉強しなくても大丈夫なんじゃないの? 全科目一周ずつ範囲終わらせたとか言ってたし……」
「いいえ、こはる。そういった甘い考えは勉強に禁物よ。たかが一回やったくらいでは、覚えたつもりでほとんど頭に残っていない。知識の完全なる定着を図るには、テストまでに可能な限り繰り返しやらないと」
「うぅ……耳が痛い」
「大丈夫? 舐めてあげましょうか?」
「いや、そういう物理的な意味じゃなくて。ていうかなんでわたしの耳は舐めると回復する設定なんだ。……あ、あとさ、愁衣さん、そういう『耳舐める』みたいな発言は、ここでは控えてくれるかな? 声抑えてるとはいえ、一応、それなりに人いるんだし。誰に聞かれてるかわからないからさ……」
「あぁ、そうね。ごめんなさい、私ちょっとはしゃぎすぎてお喋りが過ぎてしまったみたいね。……さて、じゃあこはる、そろそろ始めましょうか。こはるに胸を揉んでもらったおかげで元気になったし、勉強がんばらなくっちゃ」
「だから!! そういうこと言うのをやめろって言ってんだよッ!!」
「ちょっと、あなたたち! 図書室ですよ! 静かにしなさい!」
貸出カウンターに座っている司書の先生から怒鳴り声が飛んでくる。ご、ごめんなさい、と慌てて頭を下げる。
はぁ、やってしまった……。前を向き、ささやき声で愁衣さんに話しかける。
(もう……愁衣さんのせいで、怒られちゃったじゃん)
(こはるって、耳の形きれいね……)
(お前、話聞けよ)
☆☆☆
こはるたちの声が聞こえなくなってしまった。
司書の先生に怒られたから、より声のトーンを落としたのだろう。
篠崎陽菜、放課後の図書室で勉強中。したところ、こはると愁衣さんがやってきて、あたしが座っているブース席のすぐ後ろのカウンター席に座った。おたがい背中を向け合っている形。パーティションのせいで顔が見えなかったからだろう、こはるはあたしの存在に気づいていない様子だ。
っていうか、そんなことより……
「胸を揉んでもらったおかげで元気になった」って、なに——————!?
前にトイレでなんかすごいことやってるところを聞いちゃったけど、あの二人、今日もすでにどこかでよろしくやってきたってこと? 「胸を揉んでもらった」って言い方もまず気になるけど、さらに「おかげで元気になった」ってなんだよ? 胸って、人に揉まれると元気になるの……? 恋人同士でやると、そういう効果があるもんなのかな……?
あとなんかさっき、「耳を舐める」みたいなことも言ってなかった? 図書室に何しに来てんだ、お前ら……。
……いま、なに話してるんだろう。二人とも声のトーンを落としちゃったから、なんとなくぼそぼそとしか聞こえなくなっちゃったけど、ちゃんと勉強してるんだろうか……?
い、いや、そんなの、あたしが気にすることじゃないか。「ちゃんと勉強しろ」は、あたしのほうだ。二人のことに意識をとられている場合じゃない。やることやらないと。集中、集中……。
「めくるなッ!!」
思わず、肩がビクンと跳ねる。突然、こはるの大きな声が響いた。当然のように司書の先生にまた怒鳴られている声が聞こえる。なにやってんの、こはる。あなたそんなに先生から怒られるタイプの子じゃないでしょ……。
……っていうか、「めくるな」って、なに? 何をめくるの? こはるのノートを愁衣さんが勝手にめくったことに怒鳴ったとか? でもあのこはるが、いちいちそんなことで……。
——あぁ、いけないいけない。また意識が二人のほうへ……。「なにやってんだ」はあたしのほうだ。
テストまでもう、そう日はない。集中しないと。集中、集中……。
◇◇◇
さすが、と言うべきか。いざ勉強を始めると、愁衣さんは途端に静かになった。解いている問題に集中している様子。やっぱり、できる人ってこうなんだな。なんか、愁衣さんがすごくちゃんとした人に見える。
さて、じゃあわたしも集中して頑張りますか。——と思って解きはじめた一問目から、さっそくわからない。考えようにも考え方がわからず、暇だからペンを回しはじめる。やっぱり、できないやつってこうなんですよね。
(こはる)
ふと、愁衣さんが声をかけてきた。わたしが解いている(いた)問題を見ている。
(その問題、わからないの?)
(え、と……うん、お恥ずかしながら……)
(恥ずかしいことはないわ。ちょっと見せて)
愁衣さんが問題文に目を走らせる。自分のノートをわたしのほうに寄せると、
(この問題の考え方はね、まず、ここに書いてあるとおり……)
すぐに解説が始まる。おぉ、なるほど……。理論がすっと頭に入ってくる。説明うま。
(ありがとう、愁衣さん。めっちゃわかったよ)
(そう? それはよかったわ)
そう言うと愁衣さんは髪をそっとかき上げ、口もとを緩く曲げて微笑む。……誰、こいつ?
っていうか、そうか。そこまで考えてなかったけど、愁衣さんと一緒に勉強するのって、わたしにとってものすごく利があるのでは……? クラス一の秀才につきっきりで勉強を教えてもらえるなんて、なんと贅沢な個人授業。
(先生、先生)
(ちょっと、やめてよこはる、先生だなんて……。恥ずかしいわ)
(先生、この問題も教えてください)
(どれ? あぁ、これはね……)
愁衣先生の解説が始まる。おぉ……すごいすごい、これはいいぞ。問題がどんどん解けていく。愁衣さんに教えてもらってばかりで、はたして本当にわたしの学力向上に繋がっているのだろうかという疑問はあるけど、問題がスムーズに解けるのは気持ちがいい。ていうか愁衣さんって、ほんと頭良いんだな。正直、先生の説明よりはるかにわかりやすい。
(愁衣さん、じゃあこっちは——)
と見ると、額に指を当てている愁衣さんの姿があった。目をつむり、眉間にしわを寄せている。
(どうしたの、愁衣さん? 大丈夫?)
(え、えぇ、……ちょっと頭痛が)
(風邪? それともまたなにか、発作が……)
(ううん、そうじゃないの。単純に昨日、寝ていなくて)
(寝不足か、辛いね……。あれ。でもたしか愁衣さんって、寝不足だと全身がび——その、大変なことになるんじゃなかったっけ?)
(えぇ、睡眠時間が短いと。でも今日は、その、そもそもそれがまったくのゼロ、というか……)
(い、一睡もしてないってこと!? なんで!? やるならテスト前日だろ、それ!)
(その、こはる、それでちょっと、お願いがあるのだけど……)
(な、なに?)
(少しだけ、お腹をさすってくれないかしら、直接……)
(……なんで?)
(私、お腹をさすってもらえると、頭痛を抑えることができるの)
(なんかもういまさらだけど、どういう身体の構造、それ?)
(お願い、こはる。さするのが嫌なら、撫でるでもいいから)
(意味ほぼ一緒だよ)
「直接」という部分に不穏なものは感じるけれど、まぁ、お腹をさするくらいなら、ここでやっても問題はないだろう。ちょうどカウンター席で周りからは死角になるし……。
(……まぁ、いいよ)
(ありがとう、こはる)
(じゃあやるから、シャツのボタン、下のほうだけちょっと開けて)
(そこからだと届かないと思うわ)
(なんで? お腹なら……)
(お腹と言ったけれど、実際はもう少し下なの。おへそよりさらに。具体的に言うと、骨盤の……)
(あぁ、もう言わないで。だいたいわかったから。っていうか、そこはもはや「お腹」ではないだろ)
(そうね。より詳細に言うと——)
(だから言うなっての。……たしかに、そのあたりを触るには上からだとやりづらいね)
(えぇ。だからこっち側から触ってもらう形でお願いできる?)
と、愁衣さんはスカートの裾に手をやり、ぴらっとめくり上げる。
「めくるなッ!!」
「ちょっと! またあなたなの!? 静かにって言ってるでしょ!?」
司書の先生にまたも怒られてしまう。すみません、すみません、とヘコヘコ頭を下げる。
(ちょっと愁衣さん、大声出させるような行動しないでくれる?)
(こはる、見た?)
(何を)
(今日の下着、可愛かったでしょう?)
(お前、マジでちょっとは反省しろよ……)
ふぅ、とため息をつき、わたしは言った。
(だいたい、下から手を入れるのはわかったけど、なんでわざわざスカートめくるのよ? そのままの状態で手を潜り込ませれば届くでしょ)
(あら、本当ね。それは盲点だったわ)
(盲点というか節穴だ。突然スカートをめくり上げるとかの異常行動も、ここでは禁止ね)
(うん、わかった。じゃあこはる、さっそくお願い)
と、愁衣さんがニコニコとした笑みを向けてくる。本当に、なんでこの手のお願いに関してはなんのためらいもなくできるのか。失礼します、とささやいて、愁衣さんのスカートに下から手を潜り込ませた。
(こ、このへん……?)
(もっと下)
え、もっと? こんなのもう本当にお腹っていうか……やめよう、言いたくない。
(この辺りでいいですか……?)
(そう、そこ! ……あ、やっぱり、もっと下)
(……)
スカートの下に潜り込ませていないほうの手で愁衣さんの頭を掴み、前後にぐりぐり揺さぶる。
(ご、ごめんなさい! そこです、そこで合ってました……!)
まったく……。わたしはふっと息を吐き、直接触れている愁衣さんの「お腹」を上下にゆっくりさすりはじめた。日ごろ愁衣さんの体のさまざまな場所に触り慣れているわたしだけど(自分で言っていて、何を言っているんだろうとは思う)、こんな箇所にはそうそう触る機会はない。よく知っている滑らかな肌の質感、そこにより温かく、しっとりとした感触が加わって、何とも言えない、何と言ってもいけないような触り心地を手のひらに感じる。
(ありがとう、こはる。少し頭痛がおさまってきたわ)
(それはよかった。じゃあもう、やめてもいい?)
(ううん、まだダメ。もう少し続けてもらったら、完全におさまると思うから)
(……あのさぁ、愁衣さん。思ったんだけど、仮にこれで頭痛がおさまったところで、愁衣さんが今日寝てないっていう事実には変わりないわけでしょ? だったらいっそ、無理せずに寝ちゃったほうがいいんじゃない? こんなので誤魔化すより、そのほうがすっきりすると思うし……)
(いやよ。せっかくこはると勉強しているのに、貴重な時間を無駄にするわけには……)
(愁衣さん、そんなに勉強好きなの? まぁ、それはいいことだけどさぁ)
(あぁ、こはるの鈍感が刃となって、今日も私を傷つける……)
(だいたい、なんでテスト前日でもないのに徹夜なんかしたのよ?)
(それは……だって、こはるに勉強を上手に教えたかったから……)
(……え?)
(こはるは私を「勉強できる人」って思っているみたいだから。もし今日一緒に勉強することになったら、こはるはきっと私にいろいろ質問してくるだろうと思ったの。だから、こはるからどんな質問がきてもうまく答えられるように、全科目のテスト範囲をひと通り勉強しておこうと思って、気づいたら、朝に……)
わざわざ、わたしのために? そうか、だから愁衣さんの説明はあんなにもわかりやすかったのか……。
(……)
(こはる……?)
(バカ)
(えぇ、ひどい。バカはこはるじゃない。あんな問題も解けないんだから——)
(勉強の話じゃないよ! さらっと傷つくこと言うな! もう、愁衣さんって頭良いのに、なんでそんな頭悪いの? わたしなんかのことより、自分の健康を優先しなよ。いいからもう、寝な? 保健室行って、三十分でもいいから仮眠とっておいで。それだけでもきっと、だいぶすっきりするから)
(いや)
(なんでだよ! 行けって!)
(いやよ。行きたくない。こはると一緒にいたい)
(だから、ちょっと寝てまた戻ってくればいいでしょ? いいから、保健室行きなさい)
(いや)
(行け)
(行きたくない)
(行けっての!)
☆☆☆
(……イって、……)
(……いや……)
(……! イけって!)
(……いやよ……イきたくない……)
(……イきなさい……)
(……いや……)
(……イけ……)
(……イきたくない……)
(……イけっての!)
どんな会話——————!?
いや、ていうか図書室でなにしてんの、こいつら……!? こはる、あなたは愁衣さんのどこを触って、愁衣さんをどうしてしまおうとしているの……!? どんなプレイだよ……!!
い、いや、待って、落ち着け……。洩れ聞こえてくる声だけで判断するのは尚早だ。これはもしかしたら、あたし自身の問題なのかもしれない。二人の関係を知っているから、ピンクに染まった脳が二人の会話を都合よく切り取って、早とちりをしているだけなのかも……。
……か、確認を。実際に二人が何をしているのか、この目で確認しなければ。——あぁ、でも、怖い。振り返った結果、もしあたしの想像どおりの光景が広がっていたとしたら……。
……ううん。あたしは首を振る。こはるはあたしの大事な友だち。その友だちのことを、あたしが信じてやれなくてどうするの? いくらなんでも、まさか図書室でこはるがそんなことをするはずないじゃない。
ごめんね、こはる。あなたのことを疑って。もう、あたしは怖くない。だってあなたのことを信じているから。
あたしは落ち着きと温かさを取り戻した心で、首を回して後ろに向けた。
(……)
首を前に戻した。
想像どおりの光景が広がってた——————
こはるの右手が、愁衣さんのスカートの中に向かって伸びているのが見えた。背中を向けているからはっきりとはわからないけど、あの手の終着点は、どう考えたって……。
こはる、あぁ、こはる……。いったいあなたはいつから、そんなことをする子になってしまっていたの……? 愁衣さんなの? 愁衣さんの……その、そこが、場所を選ぶことを忘れて触りたくなってしまうほどに……ぐ、具合が、よろしいの……?
(おら、イケよ、早く)
こはる、あなたの口からそんなセリフを聞く日が来るなんて……。
(……わかった。……イくわ)
え、イくの? 愁衣さん、その、えぇと……、イっちゃうの……!?
(やっと決心したのね。もう、強情なんだから。ほら、わたしも一緒にイってあげるから、いまからイくよ)
こはるも!? いまから一緒に……え、えぇ!?
(やっぱりイきたくないっ!)
イきたくないんだッ!? 愁衣さん、やっぱりまだイきたくないんだッ!?
——って、あたしはなにを一緒になって盛り上がってるんだ……! こんなことをしている場合じゃない。勉強に集中、集中……
——って、できるかッ!!!!
◇◇◇
ノートにシャープペンを走らせる手を止め、ふぅ、と息をつく。それにしても、さっきのは不毛な言い争いだった。肩を軽く回して、ちらと隣を見る。
愁衣さんは、結局寝てしまった。保健室ではなく席で。机に突っ伏すようにして寝ている。もともと完徹の上にさっきの言い争い。体力の限界だったのだろう。
それにしても……。わたしのためにわざわざ徹夜までして勉強してくるなんて。そんなことしてくれなくても、言ってくれれば勉強なんていつでも一緒にするし、いつだって一緒にいるよ。
今日の昼、保健室前でしていた「練習」を思い出す。 ほんと、気遣いっていうか、不器用っていうか……。
こっちを向いて寝ている愁衣さんの頭に、わたしはそっと手のひらをのせる。
「……バカ」
こはる、と愁衣さんの口から声が洩れた。寝言のようだ。寝てるときまでわたしの名前を呼ぶなんて。愁衣さんってほんと、わたしの名前呼ぶの好きだな。
頭に置いた手を、そっと左右に動かす。
「こはる、好き……」
——。な、なにその不意打ち。思わず赤くなってしまった頬を自覚しながら、わたしはささやき声で口を開く。
「愁衣さん、わたしも——」
「ン……こはる、気持ちいい……。もっと奥まで、指入れて……」
☆☆☆
はあぁ……、と深く息を吐き出す。結局、図書室を出てきてしまった。いま閉めた引き戸を振り返る。
いやもう、さすがにあのままあそこにはいられなかった。どこで勉強しようかな。っていうかもう、今日はなんか精神的にズンと疲れたし、このまま帰っちゃってもいいか……。
と、歩き出そうとした刹那、
「どんな夢見てんだお前はぁぁぁッッッ!!!」
こはるの耳をつんざくような叫び声が図書室から聞こえてきた。
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【おまけ:その数日後、こはると陽菜の昼休み中のやりとり】
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「ねぇ、陽菜。今日の放課後、図書室で一緒に勉強しない?」
「え。図書室で、勉強……? か、カウンター席で……?」
「べつに、席はどこでもいいけど」
「なぜ、あたしと……?」
「なぜって……単に、陽菜としたい気分だから」
「あ、あたしと、……シたいの!?」
「陽菜、なんで顔赤いの?」
「こ、こはると……」
「うん。わたしとするの、嫌?」
「え……! い、いや、えぇと……こはると、だったら、その……い、嫌ってわけじゃ……」
「じゃ、決まりね。放課後になったら、また声かけるね」
「あ、待って、こはる! その……乱暴に、しない……?」
「……乱暴? 何の話?」
「何のって、その……」
「実はさ、わたし今回けっこう頑張ってるんだ。陽菜、もし何かわからないことあったら、教えてあげるね」
「あ、あたしに何を教え込むつもりなの!?」
「勉強だよ」
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お読みいただき、ありがとうございました。
次回第15話は、10月4日(日)20:00に投稿予定です。
よろしくお願いいたします。




