知ってほしい②
改札を抜け、外に出た。下着店目指して、愁衣さんと二人並んで歩く。
「うふふ。こはるとお出かけ」
愁衣さんはさっきから、なにやらニコニコとした笑みを浮かべっぱなしだ。
「……そういえば、愁衣さんとプライベートで出かけるのって初めてだね。前の中華街のときは、学校行事だったし」
「そう、そうなのよ!!」
「うわ、びっくりした」
「だから私、今日はとってもわくわくしているわ。もちろん、校外学習でのことも、とても楽しい素敵な思い出だけれど……」
楽しい思い出……。まぁたしかに、わたしとしてもあれはなんだかんだけっこう楽しかったけど……それと同じくらい、「大変だったな……」という思いが甦ってくるのも事実。愁衣さんもそのときのことを思い出しているのか、隣で少し遠い目をしている。
「こはる、手を繋ぎましょうか」
「嫌だよ」
下着店は大通りに面した場所にある。平日とあって人通りはさほど多くないけれど、わたしたちと同じ学校帰りの高校生や大学生と思しき人たちの姿はちらほら見かける。
「それにしても、驚いたわ。学校の近くに、こんな繁華街があったなんて」
「愁衣さんは、あんまり学校帰りに寄り道とかしないの?」
「えぇ、今日が初めてよ」
「へぇ、そうなんだ」
まぁ、たしかに、愁衣さんが学校帰りに街に繰り出す姿はなんとなくあまり想像できないか。かく言うわたし自身も、何度か陽菜とプリクラを撮りに来たことがあるくらいで、そんなにしょっちゅう寄り道をしているというわけでもないのだけど。
——と、
「……」
「こはる、どうしたの?」
「ううん、なんでも」
いまそばを通った若い男の人たちの視線が、チラチラとこちらに注がれているのがわかった。なんなら、駅を出てからずっとこんな調子。彼らが何を見ているのかははっきりとわかる。わたし一人でいるときや、陽菜と来ているときは、こんなに人に見られることはないから。
中華街のときも視線を感じることはあったけど、あのときは「女子同士手を繋いでいる」という特殊な事情もあったから、そのせいもあるとあまり気にならなかった。だけど今日の場合は明らかだ。
……まぁ、でも、そうだよな。最近は慣れてあんまり意識することはなくなっていたけど、愁衣さんって実際、すごく可愛いし。きっとわたしと一緒じゃなく一人で歩いていたら、アイドルとかモデルのスカウトに声をかけられたりもしちゃうんだろうな。……なんだか途端に、隣を歩かせてもらっているのが申し訳なくなってくる。
「——あら?」
と、愁衣さんがふいに立ち止まる。視線の先には、アンティーク調の可愛らしいドアが印象的な、小さなカフェがあった。入り口の前にはその外観のバランスを損ねない程度に、色とりどりの花が飾られている。
「あぁ、あのお店……。気になるよね。わたしもここ通るとき、いつも見ちゃうんだ」
「えぇ。とっても可愛らしいお店ね」
愁衣さんは、どこかうっとりしたような表情でカフェを見つめる。
「……買い物終わって、時間あったら寄ってみようか?」
「いいの、こはる? お買い物に付き合ってもらうだけじゃなく、そんなことにまで……」
「うん、もともとわたしも行ってみたいなと思ってたし。せっかくこうして、愁衣さんと遊びに来てるんだしさ」
「こはる……」
愁衣さんの瞳がキラキラとした輝きを帯びる。
「こはる、やっぱり手を繋ぎましょう」
「だから、嫌だって」
言いながら、また歩きはじめる。そう、せっかく愁衣さんと遊びに来てるんだ。変なことを考えるのはやめて、わたしも楽しまないと。
◇◇◇
それから五分ほど歩き、店に着いた。中規模ながら品揃えが豊富、価格も比較的リーズナブルな、最近お気に入りのお店。照明も明るいし、こういう店にしては店員さんがあまり向こうから話しかけてこないのも、個人的にポイントが高い。
「わぁ……下着がたくさんあるのね」
「あはは、下着屋さんだからね。まずはどこから見ようか。ええと……」
と、店内を見渡していると、
「何かお探しですか?」
横から声をかけられた。眼鏡をかけた優しそうな店員さん。……あれ、いつもはこんな早くに声をかけられることはないのに。キョロキョロしてたのがまずかったのかな……それか、一人じゃなく二人連れの客だからか。その愁衣さんはそっとわたしの後ろに隠れるようにして、もじもじしている。
「えっと……この子に似合いそうな下着を、探してるんですけど……」
「はい、かしこまりました。ではこちらへご案内します」
愁衣さんと二人、店員さんの後についていく。案内されたのはわたしもよく立ち寄る、若い女性向けの定番商品のコーナーだった。店員さんはおもむろにその中から一つを手に取る。
「最近、特に人気のシリーズです。こちらのサックスブルーなど、お客様の清楚な雰囲気によく合って、お似合いになると思いますよ」
店員さんがニコニコと微笑みながら勧めてくれる。気に入らないのか他に言いたいことがあるのか、「えぇと……」と愁衣さんはなおももじもじしている。うぅむ……たしかに、本当に苦手そうだ。
「あ、あの、案内してくれてありがとうございます。あとはわたしたち、自分で選ぶんで……」
そう言って、とりあえずしばらく放っておいてもらうことにした。このままでは、せっかく選んでくれている店員さんに申し訳ない。店員さんは、
「はい、かしこまりました。では商品が決まったら、またわたくしにお声かけください。おサイズ、お測りしますので」
と言い残し去っていった。ふぅ、と息をつき、愁衣さんに向き直る。
「ごめんなさい、こはる。私、本当に……」
「うん、苦手なんでしょ? いいよ、聞いてたから。それよりさっきのやつ、どうだった? あんまり気に入らない?」
「ううん。とっても可愛いと思ったわ。でも私、こはると同じやつが欲しくて……」
「えぇ、わたしと? うーん……まぁ、いいけど……」
「……こはるは、私が同じ下着を着けていたら、嫌?」
「いや、そんなことはないけど……でも、せっかく自分の下着を買いに来たんだから、もっと自分に似合いそうなやつにしたほうがよくない? まったく同じって……なんか、つまんないじゃん?」
「そ、そうかしら……。じ、じゃあ、こはるが良いと思うやつを教えて?」
「わたしが、かぁ……。うーん……じゃあ、これとか?」
「うん、いいわね。リボンがとっても可愛いわ」
「……でも、愁衣さんにはちょっと可愛すぎるかなぁ。こういう、レースのやつとかのほうが……」
「うんうん、素敵。お花の刺繍が可憐だわ」
「……愁衣さん、自分でも選びなよ」
「わかったわ。じゃあ私は、こはるに着けてほしいのを選ぶわね」
「なんでだよ。自分のやつ選べ」
□□□
あぁ……なんてことだろう……。付近の棚の陰に隠れながら、私はずり落ちそうになった眼鏡もそのままに、身を悶えさせる。
なんて……なんてかぐわしい会話……。聞いているだけで、その豊潤な香りにむせ返りそう。できることなら、もっと近くで聞きたい。あの二人の背後に耳だけ持っていきたい。壁になりたい——もとい、ブラになりたい……。
——はっ。い、いけない、いけない。いまは店の営業時間中。そして私はその店の店員。落ち着くのよ、蓮根杏子三十二歳。落ち着いて、まずはよだれを啜りましょう。……はぁ。
それにしても、思わぬ邂逅だったわ。基本的に、お客様にはあまりこちらからお声かけをしないのがこの店の方針。けれどそれを無視してまで声をかけてよかった。店に現れたのを見た瞬間、私のアンテナがビビッときた。その直感を信じて正解だった。まさか、こんな尊いカップルと出会えるなんて……。
二人とも可愛い顔をしているけれど、やはりあの髪の長い子の美しさは特に目を引く。モデルとかやってるのかしら。でも化粧っ気はあまりないのよね……。さっき軽く接してみた感じ、性格は内気そうに思えたけど、実際はあの子が攻めね。もう一人の子のほうが受けって感じがする。たぶん、出会ってまだ日が浅いのでしょう。まだ若い高校生ということもあって、会話から滲み出る甘酸っぱい初々しさがたまらないわ。
……でも、なにかしら。二人ともあんなにもウブそうなのに、一方でその雰囲気にはどこか、お互いをよく理解し合っているかのような奇妙な親密さも感じる。すでにそういった関係をもった、体を重ね合ったカップルがもつ、精神的な距離の近さというか……。
これまで数多くの百合カップルを見てきた私にも、これは初めてのタイプだわ。非常に興味深い……。本来、今日は非番の日だったのだけど、店に新人のアルバイトの子が来る関係で出てきて正解だったわ。せっかくの出会い……今日は存分に楽しませてもらうわよ……。
「店長」
と、ふいにスタッフの小宮さんが声をかけてくる。
「あら。どうしたの、小宮さん?」
「……いや、鼻血、拭いてください」
◇◇◇
二人でああだこうだ言い合いながら、買い物を続ける。そうこうしているうち、愁衣さんも店の雰囲気に次第に慣れてきたのか、最初に案内されたコーナーを離れ、他の棚も見に行き出した。わたしも自分用にパジャマや靴下のコーナーもちらちら見つつ、愁衣さん用の下着の買い物を続ける。
「こはる」
と、ふいに愁衣さんが声をかけてきた。
「あぁ、愁衣さん。なにか良さそうなの見つかった?」
「えぇ。これ、どうかしら?」
と愁衣さんが手に持ったブラを広げる。
「え、それ……いわゆる、『盛れるやつ』じゃあ……」
「これだったら、私の胸も少しは大きく見せられるかと思って……。だめかしら……?」
「いや、だめってことはないけど……。この間も言ったけど、愁衣さんもともとべつに小さく見えないし、そんな気にしなくていいと思うよ。それに、わたしたち高一だし、まだそういうのは早いような気も……」
「そうかしら……。まぁ、こはるがそう言うなら……」
少し残念そうに愁衣さんが下着を戻しに行く。本人が買いたがってるなら、買わせてあげるべきだったかな……。でも実際、愁衣さんって胸小さく見えないし、いまのままで充分スタイル良く見えるんだから、変な小細工はいらない気がする。……むしろ、カップ数で勝ってるはずなのに、愁衣さんとそんなに大きさが変わらなく見える自分の胸のほうが、何かしら小細工が必要な気も……いや小細工じゃなく、努力か。ダイエットという名の。
結局、その後もいろいろと見て回った末に愁衣さんが選んだのは、最初にわたしが見つけたリボン付きのやつだった。「こはるが最初に選んでくれたやつだから」とのことらしい。じゃあ試着を、ということで、サイズを測ってもらうためにさっきの店員さんを呼びに行く。
「はい、おサイズですね。おまかせください、わたくしが担当させていただきます」
「あれ……鼻、どうかされたんですか?」
「えぇ、ちょっと鼻炎が……。お見苦しくて申し訳ありません。さ、試着室へ」
両方の鼻の穴にティッシュを詰めた店員さんに案内され、試着室へと移動する。愁衣さんが店員さんとともに試着室に入っていく。
「……あ、こはるも来て」
「え、なんで? 外で待ってるよ」
「一人じゃ不安なの。お願い、こはる」
「えぇー……もう、しょうがないなぁ」
結局わたしも一緒に入ることになる。と、試着室の中で、店員さんが鼻を押さえて屈み込んでいた。
「あの……大丈夫ですか?」
「え、えぇ、大丈夫です。すみません、ちょっと汚れたティッシュの詰め替えを……」
店員さんが、下着の上から愁衣さんの胸にメジャーを回す。トップ、アンダーと測り終え、店員さんの口からカップ数が告げられる。
「えっ、ワンサイズ上がっているわ……」
「そうですね。いま着けられているお下着よりも、ワンサイズ上のほうがお体にぴったり合うと思いますよ。お客様、いまのお下着で生活されていて、少し苦しいなと感じられることはありませんでしたか?」
「そう言われると、時々……」
「やっぱり! 愁衣さん、実際に小さくなかったんだよ! うんうん、やっぱりなあ。よかったね、愁衣さん!」
「う、うん、ありがとう。でも、どうしてこはるがそんなに嬉しそうなの……?」
シャツを着直した愁衣さんと外に出る。愁衣さんはそっと自分の胸もとに手を置いて言った。
「嬉しいわ。知らぬ間にサイズアップしていたなんて……。きっとここ最近、こはるにたくさん胸を揉んでもらっているおかげね」
「ちょっ——、愁衣さん、そういうことはあんまり大きな声では……」
「ブホッ!!」
なにか妙な音がし、見ると店員さんが鼻を押さえて床に膝をついていた。
「え、あの……大丈夫ですか……?」
「だ、大丈夫です。それよりお客様、お胸がサイズアップされたということなら、この機会に何着かまとめてお買い求めいただくのがおすすめですよ。お客様がいまお持ちのお下着もすべておサイズが合わないということになりますし、当店、二着以上まとめて買っていただけると割引も適用されてお買い得になりますから……」
店員さんの言葉に、たしかに、ということになり、他にも何着か買っていこうという流れになった。二人で気になっていたものを何点かピックアップし、また試着室に戻ってくる。
「うふふ、いっぱいあって楽しいわ。どれから着けようかしら」
そしてわたしはまた試着室内にいる。持ってきた下着を嬉しげに手に取る愁衣さんの背中側に立ち、愁衣さんの試着待ちだ。
「こはるは、どれから着てほしい?」
「どれからでもいいよ。結局、全部着ることになるんだし」
もう、そういうことが訊きたいんじゃないのにぃ、とぶつぶつ言いながら、シャツ、それからブラと脱いでいく愁衣さんの背中をぼんやり眺める。下着姿はもう何度も見せられているけど、布にいっさい覆われていない愁衣さんの上半身を見るのは、何気に初めてだ。いつも感じていることだけど、愁衣さんの肌って本当に綺麗。月並みだけど、「陶器のよう」ってこういうのをいうんだろうな、と実感として思った。……いつものノリでいま、「じゃ、こはるも脱いで」とか言われたら、単に「恥ずかしい」だけじゃない理由でわたし、ちょっと気後れしちゃうな……。
「どうしたの、こはる?」
「——! ううん、なんでもない」
「……でも、なんだか怖い顔をしていたわ。ごめんなさい、長く付き合わせてしまって。急ぐわね」
「い、いや、ちがう、そうじゃないの。え、っていうかわたしいま、そんな顔してた……? あはは、なんか、ごめんね……なんか、変だね、わたし……あはは……」
「……こはる?」
愁衣さんが心配そうに顔を寄せてくる。もう、うまく誤魔化せる気はしなかった。
「その、愁衣さんって、肌きれいだなって、思ってさ……」
「……ありがとう。でも、それでどうして、あんな顔を……?」
「いや、なんていうか、その……それに対して自分は、とか、思っちゃって……」
「こはる……」
堰を切ったように口から言葉が溢れ出す。
「あ、あの、あのね……ほんと、バカで、身の程知らずっていうか……おこがましい話なんだけど……わたしたぶん最近……いや、きっともっと前から、愁衣さんに、無意識に……その、嫉妬、してたんだと、思うんだよね……。ほ、ほら、愁衣さんってすごく可愛いしさ、綺麗で、美人で……なんか、いつもいい匂いしてるし……その、そういうのに触れるたび、なんだろう、なんか、劣等感、っていうか……。い、いや、本来、わたしみたいなのが、愁衣さんと一緒にいるの自体、おかしいことだと思うし……そもそも、比べる相手が間違ってるっていうか、なんか、ほら、ね、人としてのステージが違いますよみたいな、そういうのは、充分、わかってるんだけどさ……えと……」
だんだん、自分でもなにを言ってるのかわからなくなってきた。こはる、という愁衣さんの声が遠くに感じる。
「その、今日とかもさ、一緒に歩いてて、道行く人にすごく見られてるのが、わかって……。そういうの、わたし一人のときは全然、ないからさ……い、いや、そりゃそうなんだけど。だってわたし、愁衣さんみたいに、かわいく——」
瞬間、ふわりと優しい香りに包まれた。嗅ぎ慣れている、すっきりとして甘い清潔な匂い。愁衣さんの手が、わたしの背中に回されていた。
「う、愁衣さ……」
「こはる、いい匂い」
「——え?」
「私も、いつも感じていたわ。自分の匂いって、自分ではわからないのよね」
「……」
「こはる。私のことを褒めてくれてありがとう。こはるが私に対して思ってくれているように、私もいつもこはるのことを素敵だと思っているわ。綺麗だし、美人だし、他の誰よりも可愛いと思ってる」
「い、いや、わたしは——」
「こはる、聞いて。私は自分の容姿が、他の人にどう見えているかはわからない。こはるが、自分のことに気づいていないのと同じように。でも私がこはる一人にとって、綺麗で、美人で、可愛いのなら、それでいいと思っているわ。他の人がどう思っているかはわからない。でもこはるは、少なくとも私にとって、世界でいちばん可愛い、素敵な女の子よ」
「愁衣さん……」
やわらかい鈴蘭の香りが、わたしの中のなにかを解きほぐすように優しく香っていた。
□□□
な……な……な……
なにかものすごい百合の波動が、試着室の中から伝わってくる——————ッッッ!!!
ま、間違いない……いま中で、絶対に何かが行なわれている……!! 覗きたい……でも覗いたら店員として——いや人として完全に終わりだ……。耐えろ、耐えるのよ蓮根杏子三十二歳。いまここでカーテンを開けるわけには……あぁ、でも、見たい……!
——ん? 中から一人、出てきたわ。あれは受け(仮)の子ね。なんだか少し顔が赤いようだけど……表情から、中で何があったか推測できないかしら……。んん、ここからじゃ遠くて、よく顔が見えない……。
「店長」
「なに小宮さん、いま忙し——」
「鼻血がティッシュ貫通して出てきてるんで、なんとかしてください」
◇◇◇
ふぅ。なんか恥ずかしくなって出てきちゃった。
愁衣さんに言われた言葉……意味がちゃんと汲めたかはわからないけど、とりあえず、「他の人の目は気にするな」ってことだよね? ありがとう、愁衣さん。そうだね、わたしちょっと細かいことを気にしすぎてた。愁衣さんのことを「細かいことを気にするタイプ」なんて勝手に思ってたけど、わたしのほうこそだったみたい。つまらないことは気にせず、これからもいままでどおり愁衣さんに接しよう。
……さて。愁衣さん、そろそろ着替え終わったかな? 一応、「すぐ外で待ってるから」って伝えて出てきたから、一人でも大丈夫だと思うけど……。ちょっと、覗いてみるか。
「愁衣さ——」
「こはるぅ……」
カーテンの隙間から、にゅるっと愁衣さんの手が伸びてきた。思わず、「ひっ」と声が出そうになる。「なに、どうしたの?」とその手に触れると、
「——えっ、冷たっ!」
「こはる、ごめんなさい……私、またやっちゃったみたい……」
「というと、例の……」
「えぇ。低体温症の発作が……」
薄くカーテンを開け、中に入る。リボン付きのブラを着けた愁衣さんが、手足を震わせながら立っていた。
「……どうしてまた?」
「ご、ごめんなさい……。こはるに選んでもらったこの下着、こはるにちゃんと『似合ってる』って言ってもらえるか考えはじめたら、つい緊張が……」
はぁ、とため息をつき、わたしは自分のシャツのボタンに手をかける。わたしもわたしで、最近ほんと脱いでばっかりだな……。
「こはる、ごめんなさい……」
「いいよ。とにかく、ここで動けなくなったらまずいから、早く治療しよ」
「えぇ……まだ手足だけだから、また胸で胸を揉んでもらえれば、大丈夫。……ありがとう、こはる」
「ん。じゃあ、いくよ」
と、愁衣さんの肩に手を置き、体を密着させる。
「待って、こはる。その前に……」
「ん? どうしたの?」
「この下着……似合ってるかしら?」
「それはあとでいいだろ」
体を上下左右に揺らすようにして、自分の胸で愁衣さんの胸を「揉んで」いく。はぁ……まさか保健室に続いて一日二回、いや三回もこの「治療」をやらされることになるとは……。とりあえず、いま愁衣さんが着けてるこの下着は、なんかもうちゃんと買わないとだめだな。……まぁ、よく似合ってるから、どっちみち買っていいと思うけど。
「ん、ン……」
今回に関しては、愁衣さんに声を我慢することを覚えさせて正解だった。あとはわたしが、この辱めを我慢するだけ。愁衣さんの手が首の後ろに回ってくる。だからわたしは愁衣さんの背中に手を回す。耳元にかかる熱い吐息。集中だ、集中、作業に集中……。無になれ、無に、無に、ムニムニ……
□□□
なんかえげつない百合(?)の熱気が——————
「お前、休みならもう帰れよ」
◇◇◇
「ありがとうございました」
商品を買い、愁衣さんと二人、店を出る。その後わたしたちの対応をしてくれたのは、さっきまでの眼鏡の人とは別の店員さんだった。聞けば、貧血で倒れてしまったらしい。少し休めば良くなるということだったけど、心配だ。
愁衣さんと並んで帰り道を歩く。
「それにしても、いっぱい買ったね」
「えぇ。これだけあると、毎日何を着けていくか迷ってしまうわ。こはる、私に明日、どれを着けてきてほしい?」
「どれでもいいよ。下着なんて見る機会、そうそう——あるかもしんないけど……。あ、っていうかそもそも明日、水泳の授業あるし、見る機会あるっちゃあるか」
「そうよ。こはる、私、着替えのとき、遠くからこはるにだけ着けてきた下着をちらっと見せるから、見逃さないようにね」
「毎シーズンやってる映画の再放送くらい、見逃してもいいなといま思った。それと、愁衣さん、あれだね。胸のサイズ一個上がったから、もう水着を着ることに緊張しないで済むんじゃない?」
「えぇ、そうね。それがわかったのも、こはるのおかげ。お買い物もとぉっても楽しかったし……こはる、本当に今日はどうもありがとう」
「わたしこそ、楽しかったよ。それに、……ありがとうは、こっちこそだし」
きょとんと、愁衣さんは小さく首を傾げる。と、来るときに見かけたカフェの前までたどり着いた。帰りに時間があったら寄ろうと話していたけど、思いのほか大量になった買い物で、もうすぐ夜だ。
「結局、行く時間なくなってしまったわね……」
愁衣さんが残念そうに言う。わたしは答えた。
「また一緒に来よう」
「こはる……」
夕日に照らされ輝きを帯びた愁衣さんの顔がコクンと振られる。歩き出すと、左手に愁衣さんの右手が絡んできた。……まぁ、いいか。帰り道くらい。
「こはる、きっとまた来ましょうね」
今度はわたしのほうが、うんと頷いて答えた。遠くに見える夕日を見ながら、愁衣さんと駅に向かって歩く。
「来る。来ます。来るとき。来よう。来なければ。来い——」
「カ行変格活用やめろ」
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【おまけ:その日の夜、チャットアプリ内での二人のやりとり】
♡ ━━━━━━━━━━━━ ♡
〈こはる、見て〉
〈今日買った下着たち〉
〈おー〉
〈あらためて〉
〈いっぱい買ったね〉
〈見てたら、わたしも新しいの欲しくなってきちゃう〉
〈じゃあまた一緒に買いに行きましょう! 明日!〉
〈いや連日はさすがに〉
〈まぁ、そのうちまた行こうね〉
〈うん〉
〈(˶>ᴗ<˶)〉
〈ん?〉
〈写真の右上に写ってる、そのピンクのやつ〉
〈気づいた?〉
〈実はこっそり、こはるとお揃いのやつも買ってたの〉
〈明日はこれ着けて学校行くわ〉
〈あれ〉
〈着替えのときまで秘密にするんじゃなかったの?〉
〈あ〉
〈つい〉
〈(´•̥ ω •̥` )〉
〈あはは、どんまい〉
〈むー〉
〈こうなったら、こはるも明日同じの着けてきて〉
〈なんでだ〉
〈「こうなったら」の意味もよくわかんないし〉
〈そして着替えのとき〉
〈おたがいに見せ合いっこしましょ〉
〈もう知ってるのに?〉
〈さらに意味わかんないけど〉
〈で、授業が終わってまた着替えるとき〉
〈おたがいのを交換しましょう〉
〈意味わからんの濁流に飲まれてる、いま〉
〈なぜそんなサッカーの試合後みたいなことを〉
〈てか〉
〈交換は無理でしょ〉
〈わたしと愁衣さんじゃサイズ違うし〉
〈もう寝る〉
〈バストの話題に関しては、ほんとデリケートだなぁ〉
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お読みいただき、ありがとうございました。
次回第11話は9月18日(金)18:00時に投稿予定です。
よろしくお願いいたします。




