第99話
庵についてだが、運動はもちろん料理や勉強もこなす文武両道型で、おまけに容姿端麗ということもあってモテるらしい。確かに、彼は少し不器用だが、穏やかな好青年だ。好かれるのも納得できる。だが、由良から見れば、お弁当や傘を忘れたり、ボーっとしていて話を聞いていなかったり、筋トレばかりしているダメダメな兄みたいだ。
「はは。相変わらず、想像しにくいな」
「みんな、信じてくれないんですよ」
「それだけ、由良に気を許しているのさ。だらしない姿を見せられるのは身内ぐらいだ」
「そういうものなのかな?」
兄妹の微笑ましさを感じると同時に、庵たちと松木家の関係が脳裏をよぎる。
彼らの母親は「松木高子」、松木家の血を引いていた。彼女は外部の人間である庵成平と出会い、家の宿命から逃げるように駆け落ちしたが、程なくして松木家に捕縛された。松木家は二人の婚姻を認める代わりに、霊力に優れた娘が生まれた暁には天災封神祭の贄にすることを約束させた。この約束を違えない限り、松木の名を捨てて庵家に嫁ぐことを認め、子供たちにも手を出さないとした。
月日が流れ、二人の子供に恵まれるも、庵高子は若くして亡くなった。父親の庵成平は子供たちを育て、約束の天災封神祭の日を迎えた。だが、心変わりしたのか…はなから、松木家との約束を守るつもりがなかったのか、子供たちを連れて逃亡した。とはいえ、由良は天災封神祭の贄にされる予定であり、彼女が生き抜く代わりに壱衛門の村が蹂躙された。今回の事件を通じて、父親が隠していた…これらの事実を二人は知ることとなってしまった。
「うーん、だらしないにも程があるというか…まぁ、今は生き生きしてるから結果オーライかな」
由良は明るく振る舞っているが、かなり疲弊しているだろう。己を贄にしようとした松木家に援助され、松木家の血を引いていると奇異の目で見られる。だが、病院に通う関係で入院している壱衛門と何度も話しているらしく、壱衛門との仲は悪くないようで安心した。悪いのは、松木家なのだから。たとえ、俺のエゴだとしても…二人が会うたび、憎しみや罪悪感を感じるような間柄であってほしくはない。
「あ、あの潔子さんのことで、ちょっといいですか」
「…」
「そんな「ごめんなさい」みたいな顔しないでください! 私、ちゃんと身体をお貸ししますって、潔子さんとお話ししたうえで貸しましたよ」
由良は潔子の語り掛けに応じて、一時はその身に潔子を降ろした。由良自身も潔子に憑依されていた間の記憶が薄っすらあるようだ。
松木家では、そんな庵たちを囲い込もうとする動きがある。
母親が松木の苗字を捨てたとはいえ、その血には松木家の血が流れている。分家である庵家に生まれた二人、兄は魑魅の神核を砕き、妹は前当主である潔子の降霊に成功した。松木家が事件の功労者を、異能者を放っておくわけがない。一部の松木家の間では、庵たちを次代の当主に祭り上げようと画策している。庵たちにちょっかいを出さぬように、当主として言いつけているが、残念ながら松木家全員が俺の言うことを聞くほど、一枚岩ではない。
…庵が順調に回復していることが、本当に嬉しい知らせだ。
「志貴さん、社長どころか社畜の顔になっています。正確に言えば、お顔がショボショボに!」
「ん、あ、すまない」
「そんなに謝らないでください。すまない…が、口癖になっちゃいますよ!」
「ぅ、すまな、いや、そうだな」
「私がちゃんと覚えてるうちに聞いてくださいね。私、潔子さんと話した記憶が薄っすらあるんですから。潔子さん、お兄ちゃんが大好きって感じのお姉さんで…」
「そうか…。それは、ちゃんと聞かないとな」




