第98話
「志貴さ、松木…さん? お久しぶりです…」
目の前まで来た和泉は少し緊張した面持ちで、言葉を選びかねている。そんな彼女の表情とは裏腹に、ハイカラな装いは彼女の陽気な性格を表していて…喪服よりも、ずっとよく似合っていた。
「志貴で大丈夫だ」
「えっと、志貴さん、あの、姉さんのお葬式に来てくれて、ありがとうございました」
俺は和泉の姉…大威清佳の通夜に参列してきた。娘を殺した一族の当主が咎められることなく、通夜に参加する。なんとも虫のいい立場だ。表向きは未解決事件となっているが、和泉だけが事件の全容…松木家の罪を知っている。
「本当に、すまなかった。こんな言葉では、とても償いきれないが…謝らせてほしい。もちろん、許してもらえるとは思っていない」
天災封神祭を行うには、霊力の高い女性三人を贄に捧げる必要がある。この説明を大威清佳の遺体の前で受けた。彼女は既に贄として捧げられた後であった。封印が解けて魑魅が野放しになれば、数百万人規模の死者が出る。故に、大威清佳の死は数多の命を救うために必要な尊き犠牲だった。だが、そんな大義名分を語られたとしても被害者遺族にとっては許し難い戯言だろう。
「正直、松木家のことは嫌いです」
覚悟していたとはいえ、真っ直ぐな物言いに傷つく自分がいる。しかし、最愛の姉を殺され、社会的には未解決事件になろうとしている和泉の方が辛いはずだ。言葉を区切った和泉に詰め寄られ、思わずたじろぐ。
「でも、これから変わっていってくれるなら、私は志貴さんを応援しますよ!」
「……ありがとう。君は優しいな」
「そうですかね? でも、よかったぁ」
和泉の胸を撫で下ろすような動作に首を傾げる。
「お通夜に来てくれた時、志貴さんが別人に見えたんです。どこかの社長さんという感じで…怖かったです。話してみたら、志貴さんは志貴さんでしたけど」
「緊張していたんだ。驚かせたのなら、すまない」
和泉を怖がらせていたとは気づかなかった。そう言えば、潔子にも「お兄様は私と似て、目元がキツくなってしまいがちですから、怖い顔にならないように気をつけてくださいね」と言われたことがある。
「人相の悪さは壱衛門さんと、どっこいどっこいですね…」
和泉と壱衛門の交流は続いている。現世では数日程度だったが、異界では数か月近く一緒にいたのだから、彼女だけではなく壱衛門も和泉に対しては、冷たい物言いをしつつも押し負けることが多い。
「おかわり、いる人ー?」
「いります! 志貴さんも由良さんの所に行きましょう」
和泉に引っ張られ、お汁粉をお椀に移す由良の元へと向かう。
お汁粉というものは湯気が立つ様子や、漂う甘い香りだけで、人を安心させる。餅を食べたくなって用意したものだが、若い子の口にも合ってよかった。
「志貴さんもお汁粉のおかわり、いりますか?」
「ありがたく貰おう」
眼鏡が曇るのも気にせず、前のめりにお汁粉を受け取ると由良は声を潜めながら口を開いた。
「お兄ちゃん、変わったと思いませんか」
嬉しそうに笑う由良の一言に、和泉はソファで安静にしている庵をチラッと見て、「いつもどおりに見えますけど…?」と頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。
「全然違うよ。異界にいる間は、ずーっと気を張ってたせいか、なんか変だったけどさ。今は元通りどころか前より笑ってることが多いし、なんだか憑き物が落ちたって感じ!」
そう語る由良の様子に胸を撫で下ろす。後見人である庵が入院している間、由良は松木家の力添えがあったとはいえ、大学に庵の容態の説明をしたり、特別欠席の手続きを行ったり、兄のいる病室には毎日のように通い詰めて、身の回りの世話をしていた。
「異界に居る時は、お兄ちゃんが頑張ってくれたから」と言っていたが、それは由良も変わらない。異界で怪異の危険に晒されながら過ごし、何度も危ない目に遭ったというのに…。
「前より?」
「前にも話したと思うんですけど…お兄ちゃんって、皆さんの前ではしっかりしてるだけで、普段は剣道馬鹿の生活力ゼロ人間ですからね!」
あまりにも辛辣なコメントだ。だが、そこはかとなく潔子を思い出す。兄妹らしい気安さだな。




