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袖振りて 縁結ばれし 宵の月  作者: 水城


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第96話

「…ふぅ」

 志貴は月を眺めながら、まだ湯気が立ちのぼる温かいお汁粉を食べていた。

 魑魅が調伏されてから数日…。

 世間では『連続心中不審死事件』がピタリと止んだが、事件の犯人・事件が起こった・突然起こらなくなった要因の説明を求める声が今も上がっている。当たり前だ、呪いの犠牲者は多く、悲しみはとどまることを知らない。だが、怪異の存在を強く認知させてしまうと、今まで見えていなかったものが見えるようになる可能性がある。二次被害を考えれば、松木家は今回の事件の発端である魑魅の件については黙秘する他ない。

 それにしても、もう二度と松木家の呼び出しを経験したくないものだ。親戚一同が連なる大広間での報告、思い出すだけでも身震いする。事件の原因、元当主である松木忠文の暴走、玉得綾子の存在、当主松木潔子の選択、魑魅の沈静化、次代の松木家当主について…それはもう途轍もなく荒れた。

「渋い顔をしてどうした、ご当主様?」

 薄っすら笑みを浮かべて現れた間下の言葉に、産毛がゾゾっと栗立つ。

 あの修羅場には間下もいた。独りで説明しきれるか自信が無かったというのもあるが、あの場に一人で突貫していく勇気が無かった。だが、連れて行かなければよかったと今では思っている。

 今回の事件には、玉得綾子が大きく関わっていた。当時の当主であった松木忠文が、松木家外部の人間「玉得綾子」を招いたことによって起こった事件。それなのに、性懲りもなく、また外部の人間である間下を、このような場に招いたとして、松木家の親戚たちは激昂、ご立腹してしまった。それだけならば、嵐が過ぎ去るのを待てばよかったのだが、間下が俺よりも年上相手に喧嘩腰で言い返し、さらに空気がピリピリしたものとなった。

 松木家が火ならば、間下は油いやガソリンだ。その爆心地に俺は立っていた…あのような場は、もう二度と設けたくない。

「その呼び方、止めてくれ。お前に言われると変なところまで鳥肌が立つよ」

 意地の悪い笑みを浮かべる間下に批判の眼差しを向けるが、効果はいまひとつだ。

 俺についてだが、俺は…志貴のままだ。記憶が完全に戻ってから数日が経ったというのに俺は消えず、松木忠輔の人格は沈黙している。時間も待ってはくれず、松木忠輔には申し訳ないが、俺は松木忠輔として生きながら、松木家当主を引き継ぐこととなった。ただ、取り戻した記憶に引っ張られているだけかもしれないが、今の俺は松木忠輔と交じり合ってるような気もする。

「酷い物言いだな、ご当主様」

「間下、揶揄うな」

 間下については、現在進行形で付き合いがある。魑魅を調伏する際、間下が自らを捧げて倒れた時は、身が引き裂かれるような思いだったが、間下は五体満足、健康そのものだった。結局、間下が何を捧げてしまったのかは分からず仕舞い、そもそも本当に捧げてしまったのかも分からない状態だ。もう、あのような無茶はしないでほしいが、間下は「必要だ」と思ったらするだろうからなぁ…。

「それにしても、本当に警察を辞めるのか」

「やりたいことが見つかったからな」

「探偵が?」

「この世には警察だけでは解決できそうにない事件もあると分かったからな。組織の強みだけじゃ、やっていけないと思い知らされただけだ」

 そう言い切ると、間下は醬油団子を骨付き肉でも食べるかのような要領で口に運ぶ。

 間下は警察官として優秀だ、少なくとも俺はそう思う。冷静さはさることながら判断力に優れ、高い調査能力も相まって何度も助けられた。異界で見せた銃の腕前、腕っぷしも中々のものだった。ただ、怒ると怖い…口もすこぶる悪い。それでも、困っている人がいたら助け、不器用ながらも世話を焼く。間違いを犯そうとする人間がいれば、身を挺して正そうとする…優しい正義漢だ。そんな男が警察を辞めると言った時は、やはり健康面に支障があったのかと心配したものだ。

「明日も時間があるなら、荷解きを手伝え」

「え、腰をやりそうで嫌なんだが…」

「どうせ、暇なんだろ」

「まぁ、暇だが…」

 当主の引き継ぎ作業には時間がかかるが、間下の「ほらな」と言いたげな顔には多少言いたくなるものがある。でも、たまには外に出るのもいいかと考え直す。

 当初は間下が引っ越すから、もう気軽に会えなくなるものだと思っていた。しかし、松木家と関わっても良いことはない。間下のことを考えれば、寂しいけれど仕方のないことだ、と言い聞かせていたが、忘れていたかのように電話がかかってきて、引っ越すと言っても近距離の引越しだということ、時間があるなら引越しの手伝いをしてほしいと言われた時は拍子抜けして思わず笑ってしまった。同時に、間下との縁が切れそうにないと安堵したものだ。

「志貴さん! 間下さん! お餅、固くなっちゃいますよ」

「喉、詰まらせないようにしてください」

 今日は、庵たちや和泉、壱衛門が松木邸…俺の家に来ている。俺からのささやかな労いの場に集まってくれたのだ。連絡先を交換していた庵たちや和泉は二つ返事で参加すると言ってくれ、特殊な事情ゆえに松木家の保護下にあった壱衛門を誘った時は酷く渋い顔をされたものだが、和泉のおかげもあってか来てくれた。

「間下さん、ちょっとこっちに!」

「今行く。落ち着け」

「周りをチョロチョロするな」

 壱衛門の心配する声が聞こえてきた。彼の右目は魑魅によって潰され、包帯の下に隠れている。魑魅は怪異と神、どちらの側面も持ち合わせる存在。曲がりなりにも神を名乗る存在の目を潰してしまった結果、壱衛門の目が潰し返されるという代償が発生した。

「…」

 彼には申し訳ない役回りばかりさせてしまった。ただでさえ、彼の村には言葉や物では償いきれない所業をしてしまったというのに、彼の故郷は儀式の過程で異界となり、存在しない村という都市伝説のひとつになってしまった。生き残った幼い彼を松木家はあろうことか放置、彼は怪異が跋扈する異界で生き抜くために力をつけ、今に至るまで生き延びた。そこから、彼は単独で松木家を調査し、片手間に異界へと迷い込んだ人々を助けて回っていたらしい。だが、計画の邪魔になると警戒した玉得綾子によって「悪意ある狂人、壱衛門には注意してほしい」という情報が拡散された。そして、邪視を見てはいけないと説明したうえで、彼に邪視を穿つ役目を任せてしまった。しかし、あの邪視を直視し、自害衝動に耐え、邪視を撃ち抜くという偉業を成し遂げられたのは、壱衛門しかいないだろう。

『テメェらの犬になるつもりはねぇ…好きにさせてもらう』

 せめて保護しようとした時に言われた言葉だ。松木家の保護下に入ることを壱衛門は嫌がった。これまでのことを考えれば、信用がなくて当然のことだ。せめてもの償いとして身元の準備をすると伝え、松木家には準備するように指示を出している。だが、これでも前よりは穏やかな表情を見せてくれるようになったのだ。和泉や由良などの年下の者にはもちろん、俺にも敵意を帯びた眼差しを向けてくる回数が減少傾向にある。ただ、庵とは反りが合わないのか、未だにピリピリとした雰囲気になることが多い。

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