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袖振りて 縁結ばれし 宵の月  作者: 水城


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第94話

 死んだのか。

 間下が目を開けると、周囲は暗闇に包まれていた。天国や地獄どころか、三途の川なんてものもない…死んだら無になるのか。そんなことを間下は微睡む頭で考えていた。ふと、虫が這うような感覚がして右腕を見ようとしたが、力が入らず失敗に終わる。

「申し訳ございません」

 見知らぬ女性が視界に入ったかと思うと、頭を深々と下げられる。その人物の名前に、ある程度の確信があった間下だったが、ただ相手の言葉を待っていた。

「魑魅の討伐に関して、私の予測を外れる事態となったこと深くお詫び申し上げます。間下様に代償を支払わせるつもりはなかったのです。そのために、エレベーターのことを説明したわけでもありませんでした。それでも、本当に…ごめんなさい。謝っても謝りきれません」

 潔子の眼から零れる涙を拭おうとした間下だったが、身体は虚脱状態になっており、腕を上げることすら叶わなかった。それでも、なんとか酸素を取り込み、脳を動かして口を開く。

「…かまわん、俺の選択だ」

「優しいあなたに幸福がありますように」

「…あぁ。やはり、兄妹だな。シャボン玉みたいに……」

 倦怠感も相まって朦朧とした意識のまま、驚いた様子の潔子に間下は言葉をかけ続ける。その途中で身体がぐわんぐわんと揺れ始め、今度は男の声が聞こえてきた。

「…っ、ん゛……ぅ?」

 間下は熟睡中に叩き起こされたかのような不快さと共に瞬きすると、泣きべそかいた中年が自分の身体を揺さぶっていた。意識が明瞭になっていくと暗闇が晴れていき、志貴の嗚咽が響く贄の間へと場所が切り替わっていた。

「何してる…」

「ま、間下、よがっだぁ…」

 どうやら、志貴は俺が死んだと勘違いして泣き面を晒していたらしい。

 脈ぐらい計れと言う間下も、自分が生きていることには驚いていた。贄になると名乗り出てからの記憶はないが、肉体か、魂か、精神か、ともかく、無事では済まないだろうと思っていた。だというのに、普通に気絶しただけのようで…

 ピピピピピピピピピピピピ……

 突如として鳴り響く目覚まし音に気を取られ、間下は急いでスマホを取り出す。

「タイムリミット…」

 酷い面のまま、スマホを覗き込んできた志貴が小さく呟いた。体のどこかに芋虫の形をした火傷が現れたら最後、三日以内に死ぬ呪い。

 その三日目が過ぎた。

 二人は互いに顔を見合わせ、自分の腕を覗き込む。火傷は跡形もなく無くなっていた。

「…魑魅は倒したんだろうな」

 停滞していた思考が急速に動き始めた間下は気を失う前のことを思い出し、結果を知っているであろう志貴に詰め寄った。

「あぁ。もう跡形もないよ」

 間下が贄となった‥あの後、拘束していた魑魅が激しく振動したかと思うと、まばゆい光を放ちながら崩れ落ちていった。全てを圧し潰すような存在圧も消え、楔は役目を終えたかのように消失した。おそらく、潔子の作戦通り、庵が仕留めてくれたのだろう。

 魑魅も、死の呪いも、消えた。

 その事実を受け入れた時、ゆっくりと二人は仰向けに転がった。間下はため息をするように大きく息を吐き出し、志貴は攣るのを承知で全身をピーンと伸ばし、ただ「終わった…」と呟いた。

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