第89話
『……俺は、天災様を封じる。だが、これ以上の犠牲を出すつもりはない』
『アンタは…松木忠輔かもしれないが、志貴でもある。無理に松木忠輔として振る舞おうとするな、気色悪い』
『でも、犠牲を出さないってやり方は賛成です!』
『私、姉さんが殺された…この事件を最後まで見届けたいです』
『あの巫女さんに話を聞ければ、何かしらの打開策が生まれるかもしれないんですよね!』
……犠牲のない封印、魑魅という元凶を鎮め、元の世界へと戻る。
このまま事が上手く進めば、二度と斯様な世界「異界」に導かれることはないだろう。
平和な現世に戻り、日常は守られる。
由良が怪異に襲われることもなくなる。
死の呪いによって理不尽に命を奪われることもなくなる。
正しい。
最良の結末だ。
「…」
……………本当に?
「…」
俺は…魑魅によって、異界へと招かれた。
異界では、怪異という存在に警戒しながら過ごし、死の呪いによって怪異と戦うことを強制される。事件の元凶たる魑魅は自らの枷を外すために、現世の人間に死の呪いを放ち、異界へと攫っては命を奪い、封印を解くための糧とする。
それは悪いことだ、故に魑魅を封印し、決着をつける。
それは正しい。ならば、俺も正しき道を選択すべきだ。
俺は善い人なのだから。
「…」
……嫌だ。
まだ、戻りたくない。
平和な現世に戻りたくない。
だから、俺は目の前の磯城から伝わってくる強者の存在に足を踏み出した。現世の秩序は俺にとって、とても生き苦しい。だというのに、再び、己が性を宥め、眠らせる…?
それは…空虚への回帰だ。
俺は、今も昔も変わらない。
どんなに学ぼうとも、俺は変われなかった。いや、変えられなかった。
そう、俺は『良い子』になれなかった。
だから、すまない。
『おやめなさい!』
『待て! 庵!』
「(俺のために)封印を解く」
魑魅を倒すまでの間だ。どうか、もう少しだけ…この夢の世界に居させてくれ。
嗚呼、俺は、なんと……
「………」
些細な事を思い出した。
庵は襲い来る怪異を薙ぎ払いながら、目標地点まで歩いていた。魑魅に近づくたび、山や川から魑魅魍魎が溢れ出す。瘴気から生まれた化け物共は飢えた獣のように、動くモノ全てに襲い掛かる。自然の脅威が怪異になっているかのような群れだったが、庵にとっては理性がない存在ゆえに捌くことは特段難しいことではなかった。
庵は魑魅を見上げる。
宣言通り、壱衛門が邪視を射貫いたらしい。魑魅の頭部と思わしき場所が激しく燃焼している。
目を合わせてはいけない…そのような圧力を頭上から感じていたが、今や邪視は焔に包まれ、その効力を失っている。
「…俺は火が好きだ。全てを燃やし尽くさんとする火が…」
燃え盛る焔に魅入られながらも、庵は近づいてきた怪異を突き祓う。邪視を射抜かれても尚、魑魅の勢いは衰えず、その体から瘴気を吹き出し、怪異を産み落とした。地震、崩落、洪水…山と一体になったかのような災害を引き起こす。正に天災の化身…封印、討伐されても仕方がない存在だ。
「…だが、感謝もしている」
異界に来たことで、友を得ることが出来た。怪異との戦いで躍る心、御せない嗜虐性、「封印の度、このような事件が起こる。ならば…」と言ったが、俺は誰かのためではなく…強者と戦いたいという我欲を発散させるために封印を解いた。
…異界に来たことで、曖昧だった「俺」を自覚できた。
「俺の全身全霊を尽くして―――戦おう」




