第83話
魑魅の邪視による自死願望の植えつけ、松木潔子の「生きて」という血の力、魑魅の邪視、潔子の力…これを繰り返さなければならない。
命綱である潔子は万が一にも外を見ぬように目を閉じ、間下に血の力を浴びせ続けた。間下は脳が割れるような痛みと思考能力を擦り減らしながら運転を続ける。一度、停車させて目を、耳を閉じたいと泣き言を言う己に、そんなことをしている時間はないと数秒の自我が叱咤する。両手は目ではなくハンドルを握り、足にアクセルを踏ませ続ける。毎秒ごとに己の気持ちは切り替えられ、時に自害するためにハンドルを切り、次には生きるために障害物を避け、飲酒運転よりも酷い蛇行運転で目的地へと向かう。
そうして、間下は成し遂げた。
「着いたぞ…!」
間下は「まつのきのかごにわ」に到着するなり、その目を閉じてうずくまる。頭の中では『死にたい』と『生きて』が残響し、間下の精神を摩耗させる。
「間下様、申し訳ございません。ここも危険です…「まつのきのかごにわ」へと移動しましょう」
潔子の言葉に間下は「…分かって、る」と返事をしたが、一向に動こうとしない。いや、動けないのだろう。防衛本能だ…潔子は目を伏せて頭を下げる。
「申し訳ございません。『動いて』」
耳元で囁かれる言葉に間下の体は脳からの命令であるかのように、間下の自我を置き去りにして動き出す。半ば、潔子に身体を引っ張られて目をつぶったまま、屋内へと避難する。移動中も雨に反射した邪視の呪いを潔子は断ち切りながら、「まつのきのかごにわ」へと転がり込んだ。
「…解け」
「もう、大丈夫なのですか…?」
「問題ない」
間下は顔面蒼白だったものの、声音や口調が平常に戻っていたため、潔子は血の力による強制を断ち切った。まもなく、自分の体が制御できるようになった間下は頭を押さえながら、潔子の後に続く。
「死者になっても、言霊が使えるのか」
「先程の力は由良様の力です」
「何? 庵由良の態度からは微塵も感じられなかったが?」
「この子は松木家の血筋を継ぎ、血の力を有していました。ですが、まだ覚醒状態になかった…なので、それを呼び起こして一時的に行使させていただいております」
「…なるほどな。で、ここに何があるんだ」
頭痛が落ち着いてきたとはいえ、超常的な内容を深くは理解できない。とにかく、そういったことも可能なのだろうと受け入れ、ここまで苦労して「まつのきのかごにわ」に来た理由を訪ねる。
「説明が難しいのですが、まずは、このエレベーターに」
「おい、ここは…」
潔子が向かう先に見覚えのあるエレベーターが見え、間下は酷い目に遭った記憶が蘇る。嫌な予感がしつつもエレベーターに近づくと扉が勝手に開き、出迎えるように絡繰り人形がお盆を持って立っていた。
『松木潔子様、忌子様
ようこそ、いらっしゃいました』
お盆に乗ったメッセージカードに目を通した間下は僅かに気分を害する。未だに忌み子呼ばわりしてくるかと睨みたくもなったが、この状況で人形相手にガンつけても仕方がないかと間下は視線を潔子に移す。
「えんにつく」
潔子が唱えるとエレベーターが動き出し、ありもしない地下へと下降を始める。
「アンタと二人で、あの悪趣味なカラクリ部屋を突破するつもりか?」
志貴や庵たちと来た時は不気味な宴会場の階で降ろされ、謎解きを通して金縛りにあったり、毒を飲まされそうになったり、それはもう散々な目に遭ったと間下は潔子に文句を垂れる。
「ここについて、勘違いされていますね。ここは「願いへと縁を結ぶ場」」
潔子は慣れた手つきで「一・一・一・二」と操作盤のボタンを押す。
「このエレベーターは、乗った人間の願いを読み取り、その願いを叶えるために必要なモノとの縁を手繰り寄せ、その場所へと繋ぎ結んでくださるのです。簡単に言えば、その人が行くべき場所へと導いてくれます」
「…願いを叶えるために必要なモノとやらを、本人が知らなかったとしても、か?」
「えぇ。お話を聞く限りですが、以前エレベーターに乗った際は皆様の「この事件を終わらせたい、解決したい」という願いに応え、「まつのきのかごにわ」は鎌槍が収められた部屋へと繋いだのではないでしょうか。そして、鎌槍を持つにふさわしい人間かどうかを確かめるために試したのでしょう」
宴会場というのは不思議ですが…と潔子は僅かに首を傾げる。
「(それで死んだら元も子もないだろ…)この事件を解決する術があるなら、それでいい」
「はい、その理解で大丈夫です」
会話の終わりを待っていたかのようにエレベーターは下降を止め、ゆっくりと扉を開ける。扉の先は、以前見た旅館のような宴会場の景色ではなく、鏡で囲まれた部屋…贄の間へと繋がっていた。




