第80話
「元々、封印の維持が難しい状況…魑魅を倒せる可能性がある今、攻勢に出る機会だと判断いたしました」
志貴は「そうか…」と頷き、皆の無事に胸を撫で下ろす。だが、同時に危険な役目を若者たちに任せてしまったと、己の不甲斐なさに奥歯を噛みしめていた。
「で、俺たちは何をすればいい」
「天災封神祭の儀式を利用して、魑魅を一時的に拘束いたします。抑えなければ、邪視に狙いを定めることも、まして神核を打ち砕くこともできないでしょう。なので、お兄様は、ここで儀式の準備を、私と間下様は」
「…え、儀式は当主がやるんだろう…?」
間下と潔子の話を聞いていた志貴は、分担された役割に慌てて口を挟む。
「はい、そうですね」
その返答に困惑する志貴を潔子は静かに見守っていた。
潔子が知っている兄「松木忠輔」と新たな人格 「志貴」は同じようで…全く違う。
ちょっとした仕草や態度は兄らしいが、考え方や性格は別人のようで…なにより、記憶が戻った志貴は自分を妹だと思ってくれているが、潔子からすれば、どこか距離を感じた。だが、まごつく姿は若き頃の兄を彷彿とさせる。やはり、根の部分は変わっていないのかもしれない…と潔子は微笑み、不安げな表情をした兄の手を優しく取る。
「松木家当主・松木潔子は、ここに宣言する。
松木潔子の死に伴い、松木家本家長男・松木忠輔を、次代の松木家当主に定める」
淀みなく発せられた流麗な宣言が、儀式場に重々しく響く。このような結末になると、潔子は分かっていた。既に命が果てた身である潔子は当主の座を兄に返上し、最後の責を果たすために駒を進める。
「…き、潔子。俺では…霊力が足りない。よく知っているだろう」
天災封神祭は簡単に言えば、三人の贄から得た力を取り込むことで当主の霊力を倍増させるものだ。霊力の多い人間でなければ、いくら倍増したところでたかが知れている。松木家の恥部とまで言われた自分では儀式の起動すらも出来ないだろう。責任が圧し掛かるからこそ、志貴は妹の無謀な一手に声を上げるが、潔子は首を横に振る。
「お兄様。お兄様は気づいていないのかもしれませんが、この数日で松木家の力が増しています。元々、眠っていただけで、お兄様は当主の器なのです」
本家だというのに才がない、松木家の恥だと言われた兄だったが、それは過小評価だ。潔子からすれば、兄に宿る霊力は膨大であり、自分と兄との違いがあるとすれば、その力を上手く表に出せるかどうかだけ。兄は内に宿る霊力を認知しておらず、説明しても力を出すコツを掴めなかった。けれど、この事件をきっかけに眠っている力が覚醒したのか、今では怪異が見えるようになり、過去視という異能すらも扱えている。
「私の最期のお願いを聞いてください」
…やっぱり、お兄様だ。
志貴は無茶なお願いをされた時の兄と同じように腕を組んで唸り始め、やがて決意したように目を開ける。
「……松木潔子の命により、この時を以って松木家当主の座を継ぐ。
重ねて、誓おう。
此度の厄災…魑魅の調伏を必ずや成し遂げる。それが、松木家当主に選ばれた者、与えられた任と責を背負う者の役目……潔子、全身全霊を尽くす。だから、教えてくれ」
松木忠輔は迷いながらも宣言した。
志貴は震えながらも口にした。
魑魅を「天災様」と称して、崇め奉ることをやめると。
大いなる犠牲のもと、眠りにつかせることをやめると。
魑魅を「厄災」として打倒することを誓ったのだ。
これより先は、天災封神祭にあらず―――魑魅調伏戦である。




