第79話
「邪視…その目を見ただけで死ぬ、か。言霊は音を介して呪いを発していたが、邪視は視線を介して呪いを放っているという考え方で合っているか」
潔子は志貴や間下のもとに行く前に由良の体を通して、庵、壱衛門、和泉との合流を果たしていた。当初は由良の許可をとったとはいえ、突然、憑依された由良を見た三人には警戒された。当然のことだ。しかし、冷静な方々ということもあって事情を説明すると、協力を惜しまない姿勢を示してくれた。
「はい。魑魅の邪視を受けた場合、本人の意思に関わらず、死にたいという耐え難い衝動に見舞われ、自ら命を断つほどの精神汚染に侵されます」
魑魅は神霊・怪異の両側面を持ち合わせる存在故に顕現するだけで、空間は異常をきたし、周囲の生物の体や精神に影響を及ぼす。なにより、魑魅の目からは視線を交わした生命を直ちに自死させる呪い「邪視」が常に放たれている。
「…ふむ、それは厄介だな」
「現代の日本において、魑魅の神秘を貫くのは容易ではありません。それだけでも、手強い相手だというのに邪視も兼ね備えている。とてもではありませんが、魑魅を倒すことは不可能だと諦めておりました。ですが、庵秀一様、花染壱衛門様が御力を貸していただけるのであれば、魑魅を倒すことが出来るかもしれません」
庵の手には「まつのきのかごにわ」で手に入れた鎌槍、壱衛門の手には村の神社に祀られていた弓…どちらも魑魅以上の神性を秘めている。
「…勝ち筋はあるのか」
庵の問いに潔子は難しい顔をしたまま、「狭き門ですが…」と頷いた。
「お二人に魑魅の対処をお任せすることになるため、戦うことの無理強いは出来ません。私の方で魑魅を一時的に拘束いたしますが、その身動きを完全に封じることもできないため、死ぬ可能性は十二分にあります。ムリとなれば、別の方法を…」
「承知した。俺が魑魅を仕留めよう。俺も封印に欠陥があるのならば、元凶である魑魅を倒すしかないと考えていた」
事もなげに引き受けた庵の様子に、潔子は瞬くも、次には沈痛な面持ちへと変わる。責任の重大さを理解しているからこそ、それを背負わせてしまったことが心苦しかったのだ。さらに庵は由良の体を案じ、どうか由良だけは安全な場所に避難させてほしいと潔子に頼むと、視線を壱衛門へと向けた。
「壱衛門、足の具合が悪いだろう。動くことが難しいのならば、俺が魑魅の相手を引き受けよう」
足の具合を心配して庵は声をかけたのだが、壱衛門は不満げに睨み返したかと思うと、ニタァっと笑みを浮かべた。
「ここで引く馬鹿がどこにいる。そもそも、奴も俺の獲物だ。俺が殺すと決めた怪異だ。それを譲るつもりはねぇ。俺の復讐に、テメェらを利用させてもらうだけだ。俺は松木家の捨て駒になるつもりはないんでな」
言葉の端々から強い憎悪が滲み出ているが、言外にどのような策で挑むつもりなのかと尋ねる壱衛門に潔子は口を開いた。
「私の方で魑魅の動きを止めますので、その隙に最大出力でお二人には神器を放っていただきます。一人目が邪視を潰し、二人目が神核…心臓を砕くことで、魑魅を祓えます」
供養を専門とする潔子は、神器を用いて怪異を祓う方法について詳しくはない。ただ、容易では無いことは分かっていた。故に、戦闘経験のある二人に、どちらが邪視、神核を砕く役割を担うかの判断を任せた。
話し合うために席を外した壱衛門と庵の背を見つつ、潔子は庵が持つ鎌槍へと目を留める。
あのような神器が松木家の私有地に隠されていたことに驚きを隠せないが、その神器を扱える使い手まで、今ここに勢揃いしていること事態に運命のようなものを感じたのだ。魑魅の封印が解けている以上、この奇跡に賭けるしかない。
そう決意した瞬間でもあった。




