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袖振りて 縁結ばれし 宵の月  作者: 水城


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第8話

「…向かいに、コンビニがあったか」

 志貴の話を聞いていた間下は、ある光景が浮かび上がり口をはさむ。

「…あった」

 無抵抗の間下を追って屋上から身を乗り出した時、コマ送りにポール看板、コンビニ、そして駐車場を見下ろした。

「間下の知っている場所なのか」

「よく行っている床屋が入っているビルだからな」

 偶然か、必然か、志貴が夢で見た場所は間下が二か月に一度くらいの頻度で通うビルの屋上だった。そのビルの一階には、自宅に近い、他店舗と比べて安い、早いのに悪くない出来栄えという三拍子がそろった床屋が入っており、時間に追われているというのに清潔感を求められる職業の間下にとって有難い存在だった。

「それにしても、屋上か」

 含みのある言い方をする間下に志貴は引っかかる。

「昨日の昼間、その屋上に行っている」

「どうして、屋上に」

 間下は少しばかり思案した後、夕方までの暇つぶしに屋上へ行くまでの経緯を語った。


 一昨日、床屋に行った時の事だ。

「警察にわざわざ相談しにいく程の事じゃないんですけどね」

 店員が世間話に織り交ぜて相談を持ち掛けてきたのだ。

「五日前、あんなことがあったじゃないですか…。それから、店の前に何か落ちてくるんですよ」

「間下、あんなことってなんだ」

「飛び降りだ」

 間下の補足に志貴はぞっとする。夢の光景が再び浮上してきたからだ。

 その飛び降りた男は、間下と同じ床屋に通っていたサラリーマンだった。名前は知らないが、顔は覚えている程度の関係…散髪中、店員に会社での出来事を愚痴っては、死んでやると言って自殺の仕方を語っていたので、間下の印象に残っていた。

「そんな痛い感じで死ぬんだと思うと、怖くて出来ませんけどね、えへへ」

 そんなことを言っていた男がビルで自殺を図ってから、床屋の店員曰く「あのお客さんがビルから飛び降りた時刻になると、店の前に何か硬いものが落ちてきた音がするんですよ。それで、何事かと思って表に出ても、何もなくて…。正直言って、気味が悪くて仕方がないんです。だって、今は何も見えてないですけど、音の正体が、その、飛び降りたお客さんのもので、もし見えちゃったら、怖いじゃないですか」

 そう早口に述べた店員に「幽霊なんてオカルトなもんより、営業妨害を目的とした嫌がらせの線が高いだろう」と諭した間下だったが、せめて一緒に屋上を確認してほしいと店員に頼みこまれてしまった。割引券を押し付けられたこともあって、散髪が終わると店員に連れられ、屋上へと間下は足を踏み入れた。

「それで…?」

「何もなかった。強いて言えば、鳩の集合住宅だったな」

 屋上に怪異は居なかった。居たのは、吸い殻入れとベンチ、人慣れした鳩たちだ。

「その時は、気にならなかったが」

 怪異の存在を認知した今、志貴の夢に出てきたことを考えても、店員の言う話が生きている人間の仕業と決めつけられなくなってしまった。

「行ってみるか」

「…行くのか」

「ただ待つというのは性に合わん」

 一人でも構わないといった間下の態度に、志貴は重い腰を上げる。身支度をして、アパートの扉を開けると、暖かな日の光が出迎えてくれたが、やはり人の気配はない。朝だというのに、散歩する人や犬の姿、僅かに聞こえるはずの物音、朝ごはんの匂いも漂ってこない…ただ、それだけだというのに、人を不安にさせる。独りだったならば、かなり精神的に堪えただろう。

「やる」

 間下は見慣れた道を歩きながらジャケットのポケットに手を突っ込み、手に触れたものを取り出す。それは店員に押し付けられた床屋の割引券だった。それを今度は志貴へと押し付ける。

「いいのか? 常連なんだろう」

「月末には引っ越す予定だからな。滅多に行かなくなる」

「月末…来週か?」

「それまでにアンタの身元をはっきりさせないとな」

「頼むから、見捨てないでくれよ」

 記憶を失った自分にとって、頼れる知人は間下しかいない。

 そうこうしているうちに、右側にコンビニが見え、左手のビルを反射的に見上げた志貴は息を呑んだ。夢で間下を突き落とした場所そのものだったからだ。

「どうした」

 先を行く間下が立ち止まって、こちらを見ている。

 その場所は、夢で間下が…

「な、んでもない」

 ぱっと視線を間下から外し、志貴は言葉を絞り出す。

 見透かされている。こちらに向いている間下の視線がそう物語っていたが、情けない顔をしていたせいか追及されることはなかった。

「怪異は…いないな」

 赤青白のサインポールはいつものように営業中だと大々的にアピールしているが、外から見る限り、床屋内に店員や客の姿はない。二階の匂京歯科クリニック、三階の「我が家」という居酒屋も同様に人の気がない。間下は奥の様子を確認しようと扉を押したが、ガチャンと音をたてて扉が二人を拒む。

「鍵がかかっているのか」

「…突き破るか」

「やめてくれ」

「冗談だ。令状があればやったがな」

「冗談じゃないってことじゃないか。…それで、その、屋上にも行くのか…?」

「当たり前だ。こっちのエレベーターか…」


「はなし きいてくださーい」


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