第74話
そんな約束をした、すぐ後だ。
辺りがひらけて、村の駅に出た。近くの大人に事情を話せば、村人伝いに報せが回って、すぐに家族が迎えに来た。駆け寄ってきた父は謝りながら俺を抱きしめてくれて、俺の手は「ふざけて、ごめんなさい」と泣きじゃくる由良の頭を撫でていた。その後は家族全員で、その子に何度も感謝して別れを告げた。
「お兄ちゃんが生きててよかった! あんな高いところから落っこちちゃったから…」
「あぁ。あの子が居て良かったな」
「………ぁ」
そこで、あの子に名前を聞くのを忘れていたと思い出したが、もう、その子はどこにもいなかった。
来る日も来る日も、村中を駆け回ったが見つからず、探そうにも口下手な俺では見た目、それと迷子になっていたところ助けてくれた子であることしか伝えられず、探しようがなかった。
村を出る前夜、俺は父と由良が眠ったのを見計らって民宿を出た。
なんとなく、会える予感がしたのだ。
その時の俺は、どうしても渡したいものがあった。手に握りしめていたのは…由良に教えてもらった手編みの髪留め、あの怪物を倒せるようになるまで、仮の御礼として渡したかった。
火事が起こった。
村全体を焼き払うような炎が村中で燃え上がった。ただの火災ではなく、大人…松木家が住民たちを閉じ込めて放火したり、逃げ惑う村人たちを捕まえたり、とにかく異様な光景だった。辺り一面が黒煙と炎で包まれ、俺は草むらの中を走って、捕まえようとしてくる大人を撒きながら移動した。父と由良の安否も気がかりで、急いで民宿へ戻ろうと、草むらの中を駆け抜けた先…。
「たす、けて…」
地獄を見た。
途切れぬ悲鳴、理不尽に対する怒号、終わらぬ苦痛が空間を支配していた。阿鼻叫喚が続く世界…村人たちは生きることを許されず、松木家によって地獄へと放り込まれる。それでも、燃え上がる人間の塊が井戸から出てこようとしていた。
そこに、あの子がいた。
地獄の炎に巻かれて苦しむ、あの子が…
「あぁ…」
…なんて……なんて! 綺麗なんだ!
今まで見た何よりも美しい光景に俺は目を奪われた。脳を焼かれ、魅了されたと言っても過言ではない。昂揚した心臓がバクバクと高鳴り、爪先まで脈打って、脳が沸騰していると思うほどだった。
半ば放心状態で魅入っていると、どこからともなく父が現れて俺を抱え上げた。
何故、こんなことが起こっているのか。
何故、村が襲撃されたのか。
当時の俺には疑問がたくさんあったが、その時ばかりは目の前の光景にモノも考えられなくなっていた。
それほどの衝撃と感動だったのだ。
―――あぁ、壱衛門、壱衛門、壱衛門。
こんなにも興奮したのは、いつぶりか。
何の因果か、俺と父は火災に巻き込まれた。熱風で身体が焼け焦げ、煙に息は荒くとも、父は最期まで俺を守ってくれた。
「秀一、由良を守ってくれ。…秀一は強く、良い子なのだから、きっと出来る」
血の気の失せた父は俺を抱きしめたまま、消え入りそうな声で…そう言い遺した。
人は、俺を…善い人だと言う。
実際、俺は誰であろうと相手の気持ちを考え、寄り添えるように心がけている。とても大事なことだ。人間とはそういうものだからこそ、常に従った。由良のために、社会で生きるために…
違う。
相手を殺すためだ。
正確に仕留めるために、相手をよく知ることは大切だ。分け隔てなく、眼前に立つ者全ての気持ちを考えるのは、いつでも目の前の相手を殺せるようにするため…寄り添う行為は仕留められる距離まで間合いを詰めているだけだ。
それを、父は「良い子」と見た。
そう、俺の心までは理解に至れなかった。
この内に潜む、悪性に満ちた異常を、この昂る殺意を…
だというのに!
壱衛門、壱衛門、壱衛門、壱衛門、壱衛門、壱衛門っ!
誰も、妹も、実の父でさえも、俺の本心に気づかなかったというのに、壱衛門!
お前は俺の本質を見抜いてみせた!
…あぁ、なんと嬉しきことか、壱衛門!
「立ち塞がる者、悉く殺そう! 行く手を阻むのならば、全て屠ろう!」
無数の死骸を踏みしめ、俺は己の道を切り拓く。
俺は戦い続ける…
俺は勝ち続ける…
そのために生きている。
「俺を殺すのだろう、壱衛門?」
さぁ、次はどのようにして俺を殺そうとするんだ。
みせてくれ、その殺意を!
―――――――――逃げた……?




