第70話
死ぬ。
自分が死ぬ。
そう感じた頼人は声を上げていた。
「殺してくれ、玲奈」
玲奈の言霊ならできる。
俺自身が死んでもいいって思える。
俺は人間のまま死ねる。
未練がない…と言えば、嘘になるが…。それでも、自我のない怪異として生きるくらいなら、頼人は玲奈に殺してほしかった。不幸中の幸いか、すぐ後ろには、地面に走った大きな亀裂がある。皆が吹き飛ばされた衝撃で出来たであろう裂け目は、地獄まで続いてるのではないかと思うほど…深い。落ちれば、跡形も残らないだろう。たとえ、この体でも…。そこまで考えて、頼人は自嘲気味に笑う。
結局、どんなに逃げたところで、罪人の行き着く先は地獄だったってわけだ。
―――俺は、一体どこで道を間違えたんだろう。
綾子さんを信用した時?
警察に追われる羽目になった時?
玲奈の力に胡坐をかいて、好き勝手に生きた時?
クソ両親を殺した時?
それとも…
クソ、意識が……
頼人の意志を呑みこむように、獲物に牙剥く体は目の前の玲奈に舌舐めずりしている。
いつまで、呆けてんだよ、玲奈
頼人は舌打ちする。理性がすり減る前に一言『落ちろ』と玲奈の言霊で後押しをしてほしかった。死ぬのは怖くない…これは自殺じゃない、いつものように玲奈の駄々で自滅するのだと思いたかった。
「嘘つき」
黙っていた玲奈の口から出た言葉に、頼人は目を見開く。残った人間の片目で捉えたのは泣き出しそうな玲奈が、ぎゃんぎゃん喚きながら走り寄ってくるところだった。
「な、にして」
「殺してくれ? 本当は死にたくない癖に! また、私のせいにして、私から逃げるつもり!」
玲奈の叫びに反応した身体は、頼人の意志に反して力を振りかざす。腕から生える木の根が生き物のように動き出し、玲奈を串刺しにしようと襲い掛かった。
『外して』
放たれた言霊に頼人の身体が狂い、玲奈を狙った不可避の一撃が僅かに乱れる。その僅かな隙間を縫うように玲奈は飛び込み、攻撃を避けて、避けて、身体に掠っても立ち止まらず、まっすぐ頼人の元へと走った。
「自分が死んで、ハイ解決? ふざけないでよ! それで、私を守ってるつもり? 嘘つき! 本当は独りが嫌な癖に!」
私、知っているんだからね。
頼人も私が好きだって!
いくら彼女を作っても、最後には私のところに帰ってくる! 私が他の奴と居たら、特に用もないくせに私を迎えに来る! なのに、いまさら、双子の枠に収まろうとしてる!
あの日、私たちは双子を超えたの!
「だから…」
言霊を使っても避けきれず、傷だらけになった身体で玲奈は微笑み、力強く足を踏みこむ。
「だから、『一緒に死んで』」
玲奈は思いっきり地面を踏みしめて、勢いよく頼人へと抱き着いた。あまりの勢いに頼人は大きくバランスを崩し、背後にある地獄の大穴へ落ちる。その寸前で、生きた木の根が頼人の身体を支えるように、地面へと突き刺さった。そして、双子の仲を裂くように接近してきた玲奈の身体を木の根で貫いた。頼人の顔半分を侵蝕した猪の頭が狂い笑うように唸り声を上げ、さらに木の根で玲奈の身体を貫く。
「れい、な…」
本当は、ただ…玲奈と、静かに暮らしたかったんだ。
分かってたよ、綾子が血迷っていたことぐらい。それでも、俺たち狂人の面倒をみてくれた。どんなに怪しくても、普通の暮らしができない俺たちが不自由なく暮らせる場所を提供してくれた。
綾子の庇護のもとなら、もう警察に追われることも、過度に人の目を気にすることも、衣食住に悩まされることもない、安定した二人暮らしが出来る…。
…強欲だ。
こんな結末を、どこか受け入れている自分がいる。罰から逃げ回り、身の程知らずの欲を搔いた者の末路だ。あの日、玲奈を選んだのに、玲奈の忠告を聞かずに綾子を信じた罰なのだから。
それでも、俺は、玲奈と…
「ずっと一緒にいたかったんだ!」
「ずっと一緒って、約束したじゃん!」
声が重なり合った瞬間、頼人の体から生える木の根がたちまち腐り落ち、二人は支えを失った。
ふわり…と地獄の大穴へ身を投げる二人は声高らかに笑い、谷底へと落ちて行く。崖上では玲奈の友人たちが手を伸ばし、悲鳴を上げていた。だが、幸せな彼らにとって、そんな周囲の嘆きは単なる雑音でしかない。
双子なのに、どんな女性よりも玲奈が好きだった。
双子なのに、心中するくらい頼人が好きだった。
お互いが好き過ぎて、同じ腹から生まれてきた馬鹿で愚かな二人。
お互いの思いが通じ合って死ぬまで、数秒もなかった。




