第69話
玲奈、由良、和泉は息を潜めて、洞穴の外を見ていた。
肉が引き攣れるような音を出しながら徘徊する頼人は怪異そのものであり、玲奈はギリリッと歯噛みする。その後ろで震えながらも身構える由良と和泉は玲奈の様子を心配しながらも機を窺っていた。
頼人が出入り口から離れたタイミングで、覚悟を決めた玲奈が外へと飛び出す。しかし、洞穴から這いずって出る音に気がついたのか、すぐさま頼人はぐるりと振り返って音の主を探した。やがて探していた獲物を発見した頼人は唸り声を上げて走り出す。迫りくる頼人に玲奈は呼びかけながら、洞穴から離すように誘い出した。
「止まって!」
頼人の注意が玲奈に向くと和泉は外に這い出て、発炎筒の先を着火した。激しく火花を散らす発炎筒を手に、和泉は狙いを定めて…頼人の背中に投げつける。見事に命中した衝撃で白煙が一気に立ち上り、眩い光が辺りを照らした。
頼人は動きを止めたが、すぐさま怒り狂ったように唸り声をあげて、発炎筒を投げつけた和泉へと襲い掛かった。
「頼人、こっちを『見て』」
「ひぅううぅっ!」
玲奈の言霊もきかず、頼人は獣のような唸り声を上げながら、和泉を追いかける。勢いの止まらない頼人に狙われた和泉は荷物を投げ捨て、全力で駆け出した。だが、その差は徐々に縮まりつつある。
「こ、こっち!」
最後に洞穴から這い出た由良は状況を見るなり、燃え上がる発炎筒を拾い上げた。そして躊躇した末に、もう片方の手にヘアスプレーを構えて、和泉に呼びかける。
「アツっ、っ、火気厳禁…だもん、いける、はず……」
和泉は返事する暇もなく、泣きそうになりながら急旋回して由良の元に走った。そのすぐ後ろには、木の根を槍の如く地面に突き刺し抉りながら移動する頼人が迫っていた。
「お願いっ!」
由良は発炎筒を頼人に向け、和泉が自分の横を通り過ぎた瞬間、ヘアスプレーを発炎筒に向けて噴射した。発射された可燃性の霧が炎に触れると一気に燃え移り、まるで火炎放射器のように怪異と化した頼人の体を焼いていく。
「がぁあ゛あ゛ぁぁああ゛っ!」
「もういい! 由良、『やめて』!」
玲奈が言霊を飛ばすと、由良の手は止まる。突然のことに困惑する由良をよそに、頼人は炎を振り払うように暴れて大地を踏み鳴らした。頼人の身体に生える草木が燃える音、周囲を焦げた空気が支配し、炎に包まれた怪異の絶叫が響く。
「頼人…約束、覚えてる?」
玲奈は目の前の惨状を前にしても震えることなく、頼人に話しかける。自分の言葉に想いを込めて、頼人に語りかける。
「『ずっと一緒』って言ったよね」
頼人に言葉が届くように、玲奈は言霊を紡いだ。その言葉に頼人の目が由良でも、和泉でもなく、玲奈を捉える。
「頼人、『聞いて』」
「頼人、『元に戻って』」
「頼人、『話を聞いて』」
「頼人、『私を独りにしないで』」
頼人、頼人、頼人……私たち、ずっと一緒でしょ。
「…玲奈」
暴れていた怪異は言霊を聞くたび、痙攣を繰り返す。やがて、動きを止めて、代わりに目を閉じていた頼人の顔が目蓋を上げる。玲奈は目を見開き、最愛の双子の名を叫んだ。
「頼人!」
「殺してくれ!」
返ってきた答えは玲奈が望んでいたものではなかった。玲奈の想いを知ってか知らずか、玲奈を見据えた頼人は「殺してくれ」と叫んだ。覚醒と同時に自分はもう手遅れであることに気がついたからだ。数秒前まで鮮明だった自我も次第に薄れ、思考も感情すらも失われていくのを感じていた。




