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袖振りて 縁結ばれし 宵の月  作者: 水城


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68/100

第68話

 浮いている。

 村の上空に浮かぶは星々ではなく、人工の明かりで満たされた大地。現世の連中は頭上に異界の大地があるなんて露とも知らずに、変わらない毎日を過ごしているのだろう。


 手を合わせる、無念の死を遂げた魂たちがせめて天国へ導かれるように。

 手を合わせる、決して怪異になることがないように。

 手を合わせる、復讐を終えることを誓うために。


 再び、村に天災が訪れた。

 しかし、村人はもういない。

 封印の贄になることも、異形の糧になることもない。

 もう、奪われることはない。

 もう、苦しむ必要はない。


 壱衛門は天災を前にしても手製の墓地で、いつものように祈りを捧げていた。手を合わせる度、過ぎ去った過去が目蓋の裏に浮かび上がる。

 母との二人暮らしの生活は、壱衛門にとって忙しくも楽しい日々だった。村と町の境に住んでいた壱衛門と母は、自給自足で生活する村人のために移動販売を行っていた。

 朝から、親子で髪を結い合い、野草や山菜を山で採集したり、町で肉や魚、雑貨を仕入れたり、母と育てた花も一緒に軽トラに詰め込んだりして、村の人たちに物を売っていた。

 櫛で梳いてくれた母の温もり、ちょっと怖い山、緑豊かな村と物が溢れる町、笑顔の母と鮮やかな花々…そんな日常が走馬灯のように過ぎていき、最後はあの夜を思い出す。

 全てを奪い尽くされた、あの夜を…。

 母が連れ去られ、村のあちこちで火の手が上がり、生きることさえ許されず、燃える井戸に落とされた記憶が壱衛門を焼く。灼熱、苦悶、絶望の末に死を覚悟したが、地獄の釜と化した井戸の中で壱衛門は生き延びた。

 最後に井戸に閉じ込められたからか、村人たちの伸ばした手が壱衛門を持ち上げ続けた結果か、井戸の中の火が消え、その蓋が壊れた時、壱衛門は満身創痍で井戸から這い出た。

 壱衛門は分からなかった。

 何故、母が連れ去られたのか、村が燃やされたのか、村の人たちが殺されたのか…

 何故、何故、何故……

 何故、このような仕打ちをされなければならなかったのか。

 

 ………何故、俺は生きている? 


 何故、俺だけが生き残った?

 あの火と油で満たされた井戸に放り込まれて、何故、自分だけが生き残った?

 それは、村の皆が押し上げてくれたから……?

 本当に? 

 ………燃える井戸の底から逃げようとする皆の…邪魔をしていたんじゃないか?

 無我夢中で、皆を足蹴にして生き延びたんじゃないか? 

 村の皆を犠牲にして生き延びたんじゃないか?

 分からない

 分からない

 分からない……

 井戸から這い出た壱衛門の視線の先には村を燃やした奴ら、松木家が持っていた龍笛が落ちていた。焼けた身体を引きずり、それを拾い上げた壱衛門は復讐を誓ったのだ。

 それ以外に、彼に残されたものはなかったのだから。


 松木家の権力か、その血筋の力か、はたまた異界になったからか、村は名を忘れられ、事件にもならず、存在するのに存在しない場所となった。壱衛門は焼け焦げた記憶に苦しみながらも、そんな悲しみに満ちた村の安息を祈っていた。そんな中、地響きと共に松木家以外の復讐相手の顕現を感じ取った。

 松木家が生贄を用いてまで封印した神…。いや、違う。神だと懼れたが故に神性なんてものが宿った化け物だ。あれは山や川の淀みから生まれた怪異だ。長い年月をかけて膨れ上がった怪異。だが、腐っても崇められ、畏れられる存在には神秘が帯びる。生半可な得物では太刀打ち出来まい。だが、この弓矢なら届くだろう。

 それに…

「やはり、来たか」

 壱衛門は手を合わせるのをやめて、弓に手をかけながら振り返る。

「…庵 秀一」

 振り返った先には、庵の姿があった。この異変の中でも、平然とした様子で佇む松木家の男。

「壱衛門、俺は争いたいわけではない」

 庵は弓を携えた壱衛門に、敵意はないと述べる。だが、その目が捉えるのは壱衛門ではなく、その足元に置かれた鎌槍。天災と称された神秘を纏う怪異に挑むならば、同等あるいはそれ以上の神秘を帯びた得物が必要だった。

「壱衛門、異変を感じているだろう。此度の事件を引き起こした元凶の封印が解かれた」

 初めて「まつのきのかごにわ」で鎌槍を手にした時から、庵は宿る力に気がついていた。庵自身の力だけでなく、槍そのものに怪異を祓う神性が秘められていた。そして、なにより庵の力に耐えうる強度があった。

 この槍ならば…

「……随分と楽しそうだな」

「…?」

「正義を成しているつもりか? テメェは善人気取りの悪人だろう」

「酷い言い様だな」

「はっははは。見りゃ分かるんだよ、テメェは怪異と大差ねぇ」

「すまないが、今は問答している暇はない。魑魅を倒すためにも、その槍が必っ!」

 庵は咄嗟に横へと飛び退いた。壱衛門が突然、矢先を向けたからだ。予想外の行動に庵は間合いを詰め、凶行を止めようと手を掴む。それでも、壱衛門は庵の胴に蹴りを入れ、その手を振り払うと、再び庵に向けて矢をつがえた。

「どういうつもりだ」

「…奇襲に決まってんだろ。言ったはずだ、『次、この村に来れば、命はない』と!」

「壱衛門、今は争っている場合ではない。分かっているだろう」

「はっ、テメェに言われる筋合いはねぇ!」

 壱衛門の啖呵と共に放たれた矢を、庵は土煙を上げながら滑り込んで躱す。その勢いのまま、地面に置かれた槍を拾い上げて身を起こした庵は争いを避け、この場を立ち去ろうと走り出した。だが、その背に壱衛門は弓を構える。庵は壱衛門を一瞥しながら、強く地面を踏み込んで、体の向きを変えながら一気に後退して矢を避けた。

 逃がしはしない。

 そんな意思を感じ取った庵は飛び退いた勢いを殺しながら後退し、槍を構えて壱衛門に視線を向ける。そして、僅かに目を細め、この場からの逃走を諦めた。

 二人は見合い、庵が手に力を込めると、先に壱衛門が矢を放った。次々と矢継ぎ早に放たれる矢の雨は先程より精度が下がっていたものの、どれも避けなければ身体に命中する。一撃で仕留める質ではなく、連撃による数での攻め手に切り替えた壱衛門の殺意に応え、庵は蛇行するように地を蹴って壱衛門に詰め寄る。矢が掠めた部分の服は破れ、亀裂を作りながらも庵は足を止めることなく、壱衛門の眼前に迫った。

 接近し合った二人は互いに間合いを読む間もなく、鎌槍と弓がぶつかり合い、互いに相手の得物を受け流そうと鍔競り合う。

「チッ! 化け物が!」

「……」

 両者互いに、決して引くことはない。

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