第66話
私は頼人を愛してる。
もちろん、異性として。頼人を前にしたら、どんな男も霞む。たとえ、頼人より優れていたとしても…。
双子なのに、おかしい?
アルコール中毒のクソ親父、ギャンブル依存のクソババア…そんな二人から生まれた双子だよ?
そりゃあ、普通じゃないよね。おかしい私は、物心つく前から頼人が好きだった。でも、双子の頼人は普通を装おうとした、無理なくせに。
あぁ、家族の事なんて思い出すから、あのことも思い出しちゃった。
最悪で最高な思い出…二度と思い出したくないけど、何度も思い出したい記憶…。
あれは…夏の日のことだった。
あの日はクソ親父と二人で家にいた。私はオシャレして、頼人のデートを邪魔する予定だった、そうしなきゃいけないから。蝉の声に文句を言いながら、準備してたら…
「良い女になったなぁ」
クソ親父が瓶ビール片手に話しかけてきた。臭いも見た目もキモかったから無視したら、腕を掴まれて布団に押し倒された。死ね、離せとか叫んだけど、クソ親父は止まらなかった。
…怖かった。怖くて、怖くて泣くことしかできなかった。
でもね、最悪なのは、ここまで。
「玲奈!」
頼人の声が聞こえたと思ったら、私を見下ろすクソ親父の頭が大きく揺れて…。
「俺の玲奈に触ってんじゃねぇよ!」
頼人がクソ親父の頭をビール瓶で殴ったんだって分かった。
私を助けに来てくれたの!
クソ親父を私から引き離して、何度も何度もビール瓶が割れても、頼人はクソ親父を殴って殴って……殺しちゃった!
「頼人!」
肩で息をついて、顔についた血を拭う頼人に呼びかけたら、ぐいっと胸倉を掴まれて顔を覗き込まれた。
「なんで、いつもみたいに邪魔しに来なかった! こんな奴を好きになったわけじゃないよな!」
「当たり前じゃん! こいつに押し倒されたの、すごく怖かったんだから」
ありえない答えを導き出してキレる頼人を、どつく勢いで抱きしめる。そこで、やっと胸を撫で下ろしたのか、粉々になった瓶を離して私を抱きしめてくれた。
見栄っ張りな頼人。
あくまで私の我儘に付き合って、巻き込まれた体で生きたいんでしょ。私は分かってるよ、私がデートの邪魔をしなかったら、彼女だろうが放置して、今日みたいに私を探しに来てくれる。なんで、俺を探しに来なかったんだ! ってキレながら…。普通じゃない癖に、普通になれると思ってる。
こんなにも、私が好きなのに!
「あなたたち、何して」
…なんで、こういう時に限って帰ってくるのかな、クソババア。
「ひっ、人殺し」
家に帰ってきたのは頼人だけじゃなかった。数日ぶりに帰ってきたクソババアはヒステリックな悲鳴を上げて、化け物を見るような目で私たちを見る。私のピンチを助けに、あるいはクソ親父の不貞を察して来てくれたわけじゃない。自分の稼ぎだけじゃ足りなくなったギャンブルの資金を私たちの生活費から貪り取るためだ。
死ねばいいのに…。
「母さん。父さんが玲奈を襲おうとしたんだ」
「け、警察」
なんで、いつも私たちの話を聞いてくれないの。死ね。料理も、物も、愛もくれないくせに! 金だけ握りしめて出て行く母親のくせに!
「…だから、頼人を玲奈の側に居させるのは嫌だったのよ。なんで、こんな子に…」
死ね! 被害者面しないでよ、いつも帰ってこないくせに。
「…は? どういうこと……?」
「私、離婚して再婚する予定だったのよ! あなたを連れていくはずだったのに! なのに、なのに、こんなことをしでかすなんて…どうすればいいの…!」
「再婚? 母さん…何言ってんだよ? 落ち着けって」
「落ち着け? 無理よ! もぅ…玲奈と一緒に居るから、あなたの頭もおかしくなるのよ……!」
は? なにそれ、全部私のせいってワケ?
死ね! 私たち、そっちのけで男を作ってる方が頭おかしいじゃん!
「玲奈! 頼人に構ってほしくて、あの馬鹿を誘惑したんでしょ!」
「違う! 何でもかんでも私のせいにしないでよ! 私、絶対に頼人と離れないから!」
「…いっつも、いっつも、頼人、頼人、頼人、そればっかり。頼人にべったりとくっついて、本当に―――気持ち悪い」
…………………あー、ムカつく! 本当に死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
『死ね』
酷い言葉は人を傷つけるナイフになるから言っちゃいけません。
前に、誰かに言われたことを思い出す。心の底から「死ね」と言った瞬間、口から黒い泡が飛び出した。頼人にもクソババアにも見えていない泡は、真っ直ぐクソババアに飛んでいくと杭のような形になって、その胸に突き刺さった。クソババアは何が起こったのか分からない顔をしたまま、穴の開いた胸を抑えて倒れたと思ったら…動かなくなった。
私が初めて言霊を使った日。
何度も言えば願いは叶う、人だって殺せちゃうって分かった日。
「し、死んだ。お前、今…。ど、どうする、警察に、いや、でも…」
「このままじゃ、警察に捕まるのは頼人だけだね」
言霊ってすごい。頼人は証拠のオンパレード、私には殺した証拠が一つもない。だって、私は「死ね」って言っただけだもん。状況だけ見れば、犯人は頼人しかいない。
「っ…」
床に転がる頭の割れたクソ親父、胸を抑えて目をひん剥いたまま死んでるクソババア、部屋の惨状を見つめたまま、頼人は返り血をぽたぽたと床に垂らす。頭真っ白で思考をグルグル廻す頼人に、私は身を寄せて囁いた。
「頼人、ずっと一緒だよね」
なら、どうすればいいか、もう分かるよね。
「……玲奈」
「なぁに?」
「手伝え」
もちろん。にっこり笑顔で頷く。やっと、頼人が「ずっと一緒だよ」って言ってくれたんだもん。
それから、私たちは子供ながらに考えた。
乱心したクソババアがクソ親父を殺そうとして相打ちになったかのように見せかけたり、クソ親父に嫌々抱き着いて、たくさんの血を被ったり、動かなくなった両親に縋る子供のフリをしようってね。ヤバそうな指紋は拭いて、自分達から警察に電話した。普通のフリが得意な頼人が涙ながらに説明して、私は警察に『信じて』もらえるように、いっぱい言霊を飛ばした。
…まぁ。結局、普通じゃない私たちは社会から追われる身になった。
気に入らない奴、気に入らないこと、全部、思い通りにしたからかな?




